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夜這いされても(まだ)うれしくない

 タイトルのわりには色気も何も無い内容です。


 お知らせいただいた誤字や記述した知識の訂正、文中での説明不足の所の加筆をしていくので、更新が滞るかもしれません。


 誤字はいくら気をつけてもあるようなので、ご指摘いただくとありがたいです。



 夜更けに目を覚ますと、オレの上に跨ったニーナがいた。


「………すみません。降りてください」

「冷たいわね」



 ニーナことナターリエはここリヒター王国より西に三つ先にあるハーロルト王国で祀られる女神様だ。


 しかしこの女神様、旅行中の観光で神殿に参拝しに行ったオレをいたく気に入り、寵愛を下さった。


 …オレには神様がいたってのに…


 ニーナから寵愛を授けられる身になってからというもの、神様とはほんの時折頭の中で会話する程度になってしまった。

 やはり時空を超えて異空間で生きるオレを見守るのはきつかったらしい。


 本当、ごめん。そしてありがとう。



 どうにかどいていただき、ベッドから降りる。


 さて。急な訪問といえど、客は客だ。茶の一杯でも出して持て成さないといけない。

 しかし、わざわざダニエラを起こすのも忍びない。


 オレ達生徒の住まう寮と使用人の住まう寮は建物が違う。

 それでも主従の部屋には固定式の伝達魔石があり、連絡手段には困らない。そもそもケータイ(携帯式伝達魔石)もあるしね。


 だから貴族の坊ちゃん・嬢ちゃんは何かあると朝も晩も無く遠慮なく自分の世話役を呼び出す。

 貴族専用の(ここ)まで歩いて数分かかるってのに、お手軽感覚だ。


 いかに学校の寮だからと、他の貴族の坊ちゃんのように身支度や身の回りの事もダニエラにやってもらっているとはいえ、そうつまらない事で呼び出したくはない。


 それでも、持て成す相手が女神様とあってはそうもいかない。


 仕方ないと固定式伝達魔石で呼び出そうと思っていると、控えめなノックの音が聞こえてきた。


 …まさか…


 ノックの後に入って来たのは茶器をのせた盆を持ったダニエラだった。


 …ダニエラ…お前、テレパシーまで使えるの?


 最近何かに目覚めてか、着々と魔法(の理論)を習得しているメイドに愕然とした。


「ああ。ダニエラ。ご苦労」


 しかし、そうダニエラを労ったのは、主人(オレ)じゃなくて客人(ニーナ)


 二度目のまさかだ。


「…ニーナ…オレの部屋に来る前にダニエラの所に行ったの?」

「ええ。ダニエラのお茶とお菓子が食べたかったから」


 …ということはオレの部屋に常備の菓子じゃ物足りず、何か作らせたな?

 こんな夜更けに!!それもこのこだわりようからして、随分前に起こしてたな!?


 色々と物申したい事はあるが、額に手をやって色々と諦めた。


 …うん。この大概自由な女神様には何を言っても無駄だ


 そう思い切ると、ニーナに先に席をすすめてからテーブルに着いた。

 ダニエラが茶器とクッキーをのせた皿をテーブルに置くと、ニーナは「待ってました」とはしゃぐ。


 …うん。実はニーナ、ダニエラの茶と菓子がいたくお気に入りなんだよね。

 だから、オレの事抜きでダニエラにだけ会いに来ることもしばしばある。



 そんだけ気に入っているのに〝ニーナ〟とは呼ばせず、ダニエラは〝ナターリエ様〟と呼んでいる。


 どうしてかってニーナに聞くと、膨れっ面になって唇を尖らせ『だってアレクとずっと一緒にいて羨ましいんだもの』、とのことだった。


 つくづく神様はわからない。



 本日、というか、今宵の茶は温かいミルクティーにクッキー。

 鼻をくすぐるのはシナモンの芳しい香り。


 西の国々では香辛料をふんだんに使った茶や菓子が主流だから、それに合わせたのかね。


 今世のオレはまだ食べた事の無い〝大人の味〟だが、さて、どんなもんか。


 そう思いティーカップに口を付け、一口茶を含む。


 …思わず吐き出そうかと思った。


 それでもそんな不作法は出来ないと一気に飲み下すと、喉が焼けた。茶の熱さのせいじゃなくて、別の要因でだ。


 口直しをしようとクッキーを手に取って一口齧ると、口の中に広がったシナモン独特の風味と、別の材料由来のピリッとした辛さと香り。


 ……オレ、ダニエラの出す茶と菓子は何でも好きなんだけど、今日のは無理だ。


 ダニエラが出したのはシナモンと生姜を入れたチャイと、シナモンジンジャークッキーだ。


 オレ、前世の時から生姜が苦手なんだよね。

 いや、生姜自体はそう嫌いじゃないんだ。生姜醤油も豚の生姜焼きも好きだった。


 ただ、生姜丸ごととか、こうして飲み物や菓子に使われると無理だ。

 自分でも何でかわからないけど。


 あと、シナモンもシナモンロールは好きなんだが、どうしてかこのクッキーは無理だ。

 好きなはずのシナモンの風味が受け付けない。


 オレは口元を押さえて涙目でダニエラを見上げる。


「ごめん、ダニエラ。オレこれ無理」

「おやおや。アレク様のお子さま舌は思った以上にございますね。これは将来が心配です」

「オレの舌を作ったのはお前だ」



 そう。あの家では朝晩の食事こそ家族一緒だったが、昼は各々摂る事になっていた。

 つまりオレの昼飯とおやつはダニエラ特製だ。


 シェフより料理が上手いメイドってどうよ。


 茶の時間を一緒してダニエラの茶と菓子の美味さを知った兄貴が、以来同席するようになったし。

 しかも母上様に絶賛したらしく、茶の席には母上様も同席するようになったし。



 ダニエラの腕には何ら問題は無くて、問題があるのはオレの味覚と好みだ。

 だからダニエラにお仕置きしようとしないでニーナ。


 話題を変える為にもニーナに顔を向ける。


「で。ニーナ。何の用?」

 そう聞くと「用が無いと私に会いたくも無いの?」とご機嫌斜めだが、用も無いのにこんな深夜に突撃訪問したってんなら、流石に怒るぞ?


 やはり用があったのか口の中のクッキーを飲み込んでチャイを飲み干すと、キリッとした顔になる。


「ねぇ。アッカルド帝国を知ってる?」




 アッカルド帝国は北にある大国だ。

 ここリヒター王国と違い、英語圏だったはずだ。

 元々北の海を支配し、絶大な権力を振るっていたが、ここ数年でその版図は大きく広がった。


 その理由は数年前に王位に就いた国王の辣腕と鍛え上げられた軍隊。


 そして何より国王が強大な魔力の持ち主で、かつ大魔術の使い手だからだ。


 国王は国と各地の戦場を身一つで〝瞬間移動〟の魔法を駆使して移動して回り、膠着した戦況を魔法にて打破する。


 それだけなら有能で頼もしい王様だ。


 だが、問題は魔法の使い方だ。

 その王様は、諸国は固より、自国民からもこう呼ばれ、畏怖されている。


 王様の通称は〝殺戮王〟。


 無慈悲に、無残に大量の兵士を屠る事から付けられた名だ。


 しかも、その王様はまだ十四歳の少年だ。



「…その歴史とそれに見合った強大さ、そして王様の悪名じみた評判なら」


 ダニエラが淹れ直してくれたミルクティーを飲みながらそう答える。


 そういや、リヒター王国よりも、ニーナのハーロルト王国の方がアッカルド帝国に近かったな。


 そう思っていると、とんでもないお願いをされた。


「お願い。あの男をどうにかして」

「……どうにかって……そもそも何でまたそんなことを?」


「だってあの男、私に自分の守護神になれって要求してきて、聞かなかったら国を滅ぼして私の信仰を失くさせるって言うのよ!?」


 神様にとって信仰の有無は死活問題だ。

 神様は信仰されることで力を持ち、存在している。


 しかしここで疑問が頭をもたげる。


 …でもニーナって富と繁栄、美と芸術の神様じゃなかった?


 そう内心首を捻っていると、身を屈めたダニエラがそっと教えてくれた。


「ナターリエ様は戦と勝利の女神ともされているのです」


 そうだったんだ。寵愛されて四年目にして初めて知った新事実。


 これを言うと更に臍を曲げそうだから黙っておこう。


 そう決めて茶を啜る。


「けどさ。いくら強いったって、ただの人間だろ?

 神様の力でどうにか出来ないの?」


 するとニーナは首を振る。


「無理よ。あの男、アレクと同じ位の魔力の持ち主よ。

 それこそ、そこらの神には太刀打ち出来ないわ」


 周辺諸国の信仰を一身に集めておいて、自分を〝そこらの神〟の括りに入れるなよ、と思ったが、もっと聞き逃せない事があった。


「えぇ!?その王様、オレ並の魔力で好き勝手してるの!?」


 オレはその昔(三歳時)お試しで四割五分の魔力を使って、屋敷の裏手の山の消失(文字通りの意味。更地の焦土になった)、即座の復活をしたことがあるぞ?


 魔力の四割で脅威と言われて、学校側から封じ込められてますが?


 オレもウチの神様の過保護で生まれ持った魔力の膨大さをつくづく理解しているから、普段は二割弱にセーブしてるってのに、全力解放?


 そらビビられるわけだよ。

 戦場が阿鼻叫喚どころか地獄絵図だよ。


 うわ~。お近づきになりたくない…


 生まれて初めて会う〝同類(バケモノ)〟だけど、仲良くなりたくないし、理解したくも無い。


 だってのにウチの女神様は退かず、泣き落としさえ使って来る。


 それでも「ええ~」としか思わなかったが、ダニエラからも「女性を泣かせてどうするんですか」、や「ここまで言わせておいて…」みたいな目で見られたら引き受けないわけにいかない。


 仕方なしに「わかったよ。どうにかする」と言ったら、打って変わって満面の笑みで「流石私の〝愛し子〟!!」と喜ばれたが、心中は複雑だよ。



 …とりあえず、どう授業をサボろうか考えようか


 そう前向きのような後ろ向きのような考えにふけるオレの前で、ニーナは楽しいお茶会を再開した。


 本当に気楽なもんだよ。



 とはいえ、そう悪い気もしない。

 たまには守ってくれてる神様に頼られるのもうれしいもんだよ。


 …ただ、それがオレの日常を脅かさない程度ならね…



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