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第二の人生でも女は怖い

 前半はアレクの前世の倉持くらもち敬大けいたの回想になります。


 その中の〝爽介そうすけ〟と〝佑也ゆうや〟は敬大と一緒に樹海で死んだ悪友二人です。


 考え直して実名表記にしました。



 前世の時のことだ。

 確かオレが小学三年生の時だったと思う。


 オレは見えるし祓えるしの人間だったが、そうした力をひけらかしたことは無い。


 だが、一度だけ公衆の面前で力を使ったことがある。



 その日、休み時間の教室で事件は起きた。


 机に座ってノートに書き取りをしていると、けたたましい悲鳴が聞こえてきて、何事かとその方向に目を向けた。



 見慣れぬ女子がガクガクと震えながら、口々に恨み言を叫んでいた。



 それだけならまぁ、喧嘩の末にブチ切れて箍が外れた、って見ることも出来るけど、その子は生霊に憑かれていた。


 生霊と悪霊の違いは明確じゃなくて、オレも何となくで判別しているが、その子のは生霊だとはっきりわかった。

 だって悪霊の抱える怨念のようにどす黒いもん抱えてるくせに、自殺願望溢れてんだもん。


 普通、死者は『もっと生きたかった』、『生きているお前らが憎たらしい』、って思考回路になる。

 

 だからやたら死にたがるのは生者の傲慢だ。




 椅子に座ったまま様子見をしていると、悪友二人もオレの席にやって来て一緒にその様子を眺める。


「なぁ、敬大(けいた)。あれ、どうにかできないのか?」


 悪友の一人の爽介そうすけがそう言って来るが、オレは頬杖をついて「ん~?」と気の無い返事をする。


 すると爽介と同じく小学校に入ってからの付き合いだが、いくらかオレの考えを飲み込んでくれている佑也ゆうやが言ってくれた。


「馬~鹿。こんなとこで大っぴらにやったら、勘違いした奴が後々敬大に色々言って来るだろうが」


 御名答。


 二人はオレがそういう特殊な力を持っていると知っているし、実際目の当たりにしている。(成り行きで駆り出された肝試しとかでの不可抗力だ)

 それでも普段はオレに力を振るうよう求めて来ないし、誰彼言い触らすことも無い。


 だが、中にはそうした力があると知って「もしかして自分も…」と勘違いしたり、オレの力を(勝手に)見込んで無茶言って来たりする奴もいる。


 実際神社ウチにも駆け込んで来て、そういう頼みをする奴もいる。


 だからオレは何もする気は無い。

 …いや。する気は無かったんだが。


 風向きがおかしくなっては、見て見ぬ振りしているわけにもいかなくなった。


 憑りつかれた女の子を盗み見てはクラスの女子がひそひそと囁いているのは、穏やかじゃない事だった。


 こうなったらこのまま放置、というわけにいかない。

 無実なその子のこれからの学校生活の為に。


 それに、知らない相手じゃないしな。


 …その子んトコの縁結びの神様も、ウチの神様を通じて「何とかしろ」って言って来てるし。

 ……これで断ったらオレの縁が根こそぎ断ち切られかねない。

 流石次期巫女。寵愛も一入(ひとしお)だ。



 ため息一つ吐くと、ノートの端に鉛筆で文言を書き、念のためにマジックで隣にもう一つ同じ物を書く。


 本当は墨が良いんだが、生憎持ち合わせていない。


 ハサミで切り取って二枚の札にすると、それを持って女の子の元へ行く。


 教室中がオレの動向を見守る中、女の子の額に鉛筆書きの札を押しつける。


 バチン、と弾かれたような音の直後、札の字は消え去った。


 やっぱりね


 そうなる気がしていたので落胆も動揺もせずに、マジックで書いた方を同じように貼っ付ける。

 すると今度は糊でくっつけたみたいに額から剥がれず、そいつは必死になって剥がそうとする。


「やめやめ。剥がれないって」


 さて。これで動きは封じた。

 後は追い出すだけだ。


 …一応、起爆剤提供するか。


 あえて腕組みをし、片目をすがめて呆れ切ったような顔をしてみせた。


「なぁ、姉さん。その子、あんたがお参りした神社の娘さんだろ。

 何で取り憑いてんだ?」



 そう。生霊に取り憑かれた子は、この近辺にある、日本でも有数の神社の娘さんだ。

 ……まぁ、こう聞いた所で、その子の家が祀っている神様から考えるとわかるんだけどね。



「お賽銭も弾んだし、お守りも買ったのに、これっぽっちも効かなかった!!

 そんなインチキ神社にはこうしてやる!!」


「ほうほう。それはまたご愁傷様です。


 けどさ、あんたが意中の相手に振られたのはその性格のせいだと思うぜ?


 いくら日本最強の縁結びの神様でも、縁を取り持てない相手もいるって」


 そう。その生霊は、ご利益が無かったんで逆恨みしたんだ。


 それに、その子は神社の名物看板娘と言われているだけあって、目を惹きつける美少女だから、妬みもあったんだろう。


 その子の家って、代々美男美女が生まれる家系で有名なんだよね。


 人は見た目じゃないって嘘だろ。

 縁結びの神様が自ら、自分を祀る一族がそうなるようにしてんだから。



 狐につままれたようになっている空気を変える為にパァン!と勢いよく手を打つ。



 こういうのは場の勢いで有耶無耶にするに限る。

 そして奇妙な連帯感の伴った記憶にすれば、その子に起こった不幸も殊更広めはしない。

 ある意味その子も運命共同体になるからだ。



「はい、女子ぃ!!あいつをメッタメタに言い負かせぇい!!」


 …オレがそう焚き付けたのが悪かったのか、それからはもう、耳を塞ぎたくなるくらいの罵詈雑言の嵐。


 それで心が折れた生霊さんは退散したけど、オレと男子一同は「ご愁傷様です」、と手を合わせた。



 ………いくらその子が後々謂れのない中傷を受けないように、わかりやすく退治しないと、って思ったからって、やっていい事と悪い事があった。



 だからオレは女の怖さを知っている。


 今世ではまだ知らないが、いずれ知るんだろうな、そう思っていた。


 ……ただ今、現在進行形で思い知っています。




 生徒会室で会長の戯言(たわごと)を軽くあしらうと、会長は不服そうにしながらも、オレ達への処分を下した。


 カールの置かれていた事情を鑑みて無罪放免。

 むしろ、いじめっ子どもを制裁してくれるそうだ。


 話のわかる人で良かった。


 それだけに、敬意を表した対応が出来なくてすみません。

 でも、会長の跡を継いだら面倒な事になると、勘が囁くんです。




 そう内心で詫びながら、オレは待たせていたダニエラと合流すべく、決めていた待ち合わせ場所に向かった。


 …で、校舎裏で兄貴のメイドのマーサ(仮)とダニエラが向き合っていた。


 ……この時点で嫌な予感がしたんだよな。


 兄貴が血相を変えて生徒会室に駆け込んだってことは、もれなくマーサ(仮)も今回の一件を知ってるってことなんだから。


 どうしようかと思ったが、様子見をすることにした。

 何かあったらいつでも割って入れるよう、心積もりはしておく。


 案の定いつもの如く、馬鹿にしきった態度でダニエラに色々と言っている。

 しかしダニエラは全く堪えず、むしろマーサ(仮)をやりこめていた。


 お見事。格が違うね。


 そう評していると、マーサ(仮)は怯んでから意地悪く口元を歪め、切り口を変えてきた。


「しっかし、アンタもついてないね」

「何がでしょうか?」


 格下(おまえ)に絡まれていることか?だったらオレも同意するが。


 しかし、マーサ(仮)の次の言葉に、オレもダニエラもわずかに目を見開く。(オレ達は二人とも無表情だから気づきはしなかったろうが)


「次男のメイドとか将来性ないね。それも、あんな…」


 と、長男(あにき)のメイドに嘲笑われてもダニエラは優雅に言い放つ。




「あら。私は自ら望んでアレク様にお仕えしているのです。

 お仕えし、忠誠を捧げるに相応しき方と見込んでの事です」




 それを聞いて、物陰でビックリした。


 え?そうだったの?


 驚いたのはマーサ(仮)もだったようで、しばらく口をパクパクさせていたが、そう間を置くことなく、すごすごと退散した。


 オレもポカンとしていたが、退散するマーサ(仮)を見て気を取り直す。


 …いや。これは知られちゃいかんだろう。


 このダニエラの決意は主人オレに知られないからこそ、崇高さを増す。

 だってのに、直接聞かされたならともかく、こんな物陰でこっそり聞き耳を立てていて知ったとか、台無しにも程がある。


 そう思ってそそくさと立ち去ろうとすると、オレの隠れていた校舎の陰に向かって来るダニエラの気配。


 …オレがここにいるって、わかっておいででしたか…


淑女(レディ)の話を盗み聞きするとは、殿方失格ですよ」


 …うあっちゃ~…


 這いつくばった格好のまま振り返ると、楚々と立つダニエラが背後にいた。

 ダニエラはオレを立たせると、手と膝に付いた土埃を払って綺麗にする。


 オレが身綺麗になった所でダニエラは尋ねる。


「で。どこまでお聞きになられました?」


 この様子だと、最初っから聞いてた事に気づいてんだろうな。


 それなのにこうして聞くってことは、オレがどこまで聞かなかったことにするのか、確かめるつもりなんだろう。


「…なぁ。オレの世話、押し付けられたんじゃなかったのか?」


 一瞬目を見開いてから心外だ、というように眉を寄せる。


「…私が嫌々お仕えしているように見えましたか?」

「いや。でも、ダニエラならたとえそう思っていても、仕える相手(こっち)に覚らせないだろ?」


 そう率直な意見を言うとダニエラは額に手をやり、沈痛な面持ちになる。


「…そうした方面では信頼されているのですね…」


 ダニエラは何か決意した様な顔をしたと思うと、オレの前に膝を付く。

「ダニ…」

 止めようと伸ばした手を取り、首を垂れる。




(わたくし)、ダニエラ・ラッツェルはアレクシス様にこれより先も変わらぬ忠誠を誓います。


 アレクシス様におかれましては、私めを末永くご愛顧下されば、これ以上ない幸福にございます」




「………いいのか?次男(オレ)よりも、長男(アニキ)の側仕えの方が先は明るいぞ?」


「たとえそうでも、私がお仕えしたい、お支えしたいと願ったのはアレクシス様にございます」



 ふう、と息を吐く。



 ここまで思い決めたなら、止めても聞きはしない。


 あの日取り憑いていた生霊から助けた彼女のように。



 脳裏にチラつきかけたその面影を切り捨てると、オレはダニエラを立たせ、見上げる。


「わかった。これからも頼むよ」


 ダニエラはオレを見上げ、微笑む。


「はい」



 どうやらオレ達主従は六年経ってやっと、必要な意思の交換を果たしたようだ。





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