第二の人生の初入学
今回から乙女ゲー世界が本格的に始まります。
七歳を迎えてオレが通うことになったのは小学校だ。
正式名称は〝魔法小学校〟。通称は〝小学校〟だ。日本仕様にも程があるぞメーカー。
そう。ここは前世の妹のはまっていた乙女ゲーの世界。
この場所はその下地になる。
何しろゲームがスタートするのは高等部からだからだ。
原作に関与するつもりはないが、何にせよここで攻略対象者の性格や人間関係が決定すると思うと疎かにはできない。
さて、小学校に入学するオレだが、その背後にはダニエラの姿がある。
というのも完全寄宿制だから、身の回りの世話をする使用人を一人連れて来ることが許される。
とはいえ主人に従って学校にやって来る使用人も大変だ。
主人の位によっては坊ちゃん・嬢ちゃんだけでなく、高位の貴族に仕える使用人にすら逆らえない。
公・侯・伯は他の子・男とは歴然とした違いがある。
それでいくとウチは伯爵だからそうそう舐めた真似されることはないが、いかんせん上の二つの位の方々には逆らえない。
…まぁ、ダニエラならどんなのが相手でも上手く捌きそうだけど。
だからその点は心配してないんだ。
問題はオレ。
いかに伯爵家といえど、オレは今の所継承権の無い次男。
そうなると色々と面倒で、その上母上様達が昔(親父は今も続行中)育児放棄やらかしてたって知れ渡ってっから、尚更面倒臭い。
……しかもオレ、チビなんだ……
この年頃じゃ背は一種のアドバンテージだからな。
どうにか一メートルはあるが、たまに五歳児と間違われる。四月生まれだからもう七歳なのに。
ダニエラは何かと食生活を気にかけてくれてたから、一歳までの環境の悪さが響いたか、もしくは成長が遅いのか。
両親ともに高身長だから十年もすれば伸びるんだろうが、この年代の数年は長い。
そんなこんなで先行きが不安ですよ。
だってのに足は勝手に入学式を行う講堂に向かっている。
ただ気もそぞろなのか、妙な物を見つける。
右手の建物の影に蹲っている男子生徒がいる。
その群青色の髪が目を引いた。
え……~っと……どっかで見た事あるんだよな……
オレが額に手をやって呻いていると、ダニエラが身を屈めてオレの耳元に尋ねる。
「いかがされました?」
「ああ。あそこで蹲ってる奴、どっかで見たことあんだよな……」
オレは祖父さんの屋敷に預けられている間、何度か祖父さんに連れられて社交界に出ることがあった。
本当は成人してなくて、それも嫡男でもないオレが出るような所じゃないんだが、他に祖父さんと出る相手がいないんだよ。
パートナーになるべき祖母ちゃんはとっくに死んでるし、祖父さんはあの通りな人だ。
だからいくらか顔馴染みはいるんだが、あいつの名前が思い出せない。
「……あの方は公爵令息のカールハインツ・ユルゲン・バッハシュタイン様ですが、坊ちゃまとお会いしたことはございません」
オレはダニエラを振り返った。
「…何でオレと会ったことの無い奴の名前を把握してるの?」
改めてオレのメイドさんのハイスペックさに愕然とした。
とはいえ、やっとスッキリした。
そうそう思い出した。あいつ攻略対象者だ。
けど、怒涛の勢いで押し寄せる(前世の)妹の黄色い声での情報過多な記憶に頭がどうかしそうだ。
こらこら妹。兄ちゃんの頭がどうかしそうだから落ち着きなさい。ちゃんと聞いてやるから。
…こら、目の前の攻略対象者への対応と、頭の中の妹への対処でどっちつかずになりそうだ。
機会を見て紙に書き記してまとめとくか。
それにしたって十歳にもなっていないせいか、攻略対象者の判別がしにくい。
そうなるとお近づきになるも、ご遠慮するも判断する前に気づけそうにない。
ふう、と息を吐いて周囲を見回すともう一人見つけた。
そうそう、アイツ位わかりやすいのがいい。
燃えるような赤い髪に、猛禽類を思わせる鋭い金の瞳。
〝謀略王子〟ことディートハルト・ハインツ・アーベルだ。
〝謀略王子〟というのはその傍若無人な俺様ぶりからファンが付けた異名で、実際は侯爵令息だったかな。
もっともイケイケの俺様キャラは妹はあまり好きではなくて、アルフレートやヴォルフガングの気弱組を攻にした話を展開していた。
止めて。マジ止めて。考えるのは勝手だけど、それを兄に熱演しないで。
けどまぁ、あいつは無いな。あまりの上から目線に思わず殴りつけそうだ。
オレの中の友人予定のチェック名簿に×を付ける。
…それに、できれば関わり合いになりたくないのは今日から会う他人だけでない。
むしろ身内の方が上手く距離を取れず、面倒でより厄介だ。
「アレク!!」
……これは、懐かしの兄上様の声だ。……ということはもれなくその該当者も付いて来るなぁ…
ゲンナリするオレに「心中察します」という顔でダニエラが頷いて見せた。
ああ、そうか。むしろあの面倒臭い奴に否応なく従うしかないのダニエラだったね。
オレ達は深々とため息をつきたい気分で兄貴達の元へ向かう。
そうしなくとも兄貴がオレ達の元へ駆けて来るんだろうが、こうして一応ポーズを取らないとうるさいんだそいつが。
春季休暇以来オレに会えて輝かんばかりの満面の笑みの兄貴と、その後ろで嘲るように鼻で笑っているメイド。
いかに兄貴を溺愛していた母上様といえど、兄貴と四六時中一緒ってわけにいかないし、手ずから身の回りの世話をするわけにいかない。
そこで兄貴に付けられた何人かのメイドがいる。
こいつはその一人で、年が一番若かったのと、気が利いていると母上様が気に入り、学校での兄貴のメイドに指名した。
名前はマーサだったかマリーだったか。とにかく興味は無い。
オレの存在ガン無視の奴の名前なんか覚えるか。
こいつは兄貴付きになってから、いや、ウチに雇われた当初からオレを空気のように扱う。
廊下ですれ違っても会釈もせずに通り過ぎるし、見かけても挨拶もしない。
いかにオレが屋敷でほぼ無視されているとはいえ、普通そんなにあからさまにするかねぇ。
どうせ母上様に取り入ってるし、あの屋敷内じゃ安泰と思ってるんだろうが、甘い。就活できずに結婚に走ろうとする女より甘い。
そんな有能さとか技能とかじゃなくて、媚び諂って得た地位は脆い。
それこそ兄貴に何かあったらどうする?母上様の機嫌を損ねたら?
よしんば兄貴が成人して当主になってからも息が続いていたとしても、兄貴の嫁と反りが合わなかったら?
ダニエラなんかオレに何があろうと、ウチに何があろうとどうにかしてみせる才覚があるぞ。
前にオレが一生面倒看るって言ったけど、オレの助けも無く次の就職先を見つけるぞ。
…あれ?何か悲しくなってきた。頼もしくて安心感があるってのに
兄貴は嬉しさに身を任せ、オレの手を引く。
走り去っていくオレ達の後ろでダニエラがその……ええい!もう面倒だ。マーサ(仮)にしよう。
ダニエラはマーサ(仮)に軽く頭を下げているが、マーサ(仮)はふんぞり返っている。
………そらね、ダニエラは次男付きのメイドですよ。元は平民出身ですよ。
そんでアンタは長男付きのメイドですよ。元は男爵だか子爵だかの令嬢ですよ。
それでもてめぇの数百倍ダニエラの方が有能だから!!
顔面偏差値も三十は上だから!!
フツフツと滾る怒りを押し殺しながらオレは兄貴に引かれるままに入学式会場に向かう。
どの道使用人の席は無いからここで別れることになってる。
ダニエラぁ!!主人が許す!!いてこましたれぇ!!
テレパシーの魔法を使わずともオレの思いは伝わる。
幻想でなく実際そうだったようで、「承知いたしました」という返事が聞こえた。
……ところで、本当は魔法適性持っていたりしないよね?ダニエラならある時あっさりと魔法を披露しそうなんだけど?
一抹の疑念を抱きながらオレは入学式に参加すべく行動に足を踏み入れた。
とりあえずオレは入学式で寝ないように気をつけようか。




