表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された者同士、円満に契約結婚いたしましょう。  作者: 木山楽斗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/10

第6話 止まない雨

「今日も雨が降り止みませんね……」

「ええ、困ってしまいます」


 エンティリア伯爵家で一夜を明かした私は、空を見上げながら悩んでいた。

 昨日から降り続いている雨は、一向に止む気配がない。今日の朝にはこちらを出発したかったのだが、悩んだ結果延期にした。

 いくらなんでも、雨の勢いが強すぎるのだ。この雨の中を進むことは、非常に困難である。事故などの可能性が、恐らく跳ね上がるだろう。


「まあ、こちらとしては何日泊まっていただいても構いませんから、とにかく安全になるまで待った方が賢明です」

「そうさせてもらえると、ありがたいですけれど……」

「本当に気にしないでください。父上や母上も、リーンもルメティアも、あなたを歓迎していますから」

「……ありがとうございます」


 エンティリア伯爵家の人々は、私を温かく迎え入れてくれている。それは、これまで接してきてわかっていることだ。

 しかし、それでも申し訳なかった。本来であれば、もう家に帰っているはずの客人がずっと居座り続けるのは、彼らにとってそれ程心地よいことではないだろう。


「……アノテラさん、言っておきますが、僕はあなたが行くと言っても止めますよ。縋りついてでも、行かせるつもりはありません」

「ラルード様……」

「雨というものは、非常に危険なものです。それをあなたにもわかっていただきたい。迷惑だとかそういう問題ではありません。これは命に関わることなのです」


 ラルード様は、とても真剣な表情をしていた。

 私はそれに、少し驚いてしまう。彼の言葉が、非常に強いものだったからだ。


「ラルード様、失礼ながら過去に何かあったのですか? 雨にまつわる何かが……」

「ええ、ありました。それは別に隠しておくべきことではありません。そうですね。丁度いい機会ですし、お話ししましょうか」


 そこでラルード様は、私に座るように促してきた。

 彼の話に興味があったので、私はすぐに椅子に腰かける。

 するとラルード様は、その対面に座り、人差し指をそっと突き立てた。


「これはある種の教訓の一つです。僕はかつて父とともに、ライナック山という山に登りました。登山というもので自らを高める。それはエンティリア伯爵家に伝わる伝統のようなものでした」

「山、ですか?」

「ええ、そこで僕は雨の恐ろしさを体験しました。いいえ、これは自然の恐ろしさといってもいいかもしれません」


 ラルード様は、沈痛な面持ちをしていた。

 それだけ彼にとって、その体験は恐ろしいものだったのだろう。

 それがわかったため、私は少し姿勢を整える。これは、心して聞くべきことだと思ったからだ。


「ライナック山は、それ程高い山ではありません。しかしながら、気軽に登れる山でもありませんでした。しかし、当時の父も僕も気楽に考えていたのです。伝統的な登山で、問題があったとは聞いたことがありませんでしたから」


 ラルード様は、天を仰ぎながらそっと話を始めた。

 当時のことを思い出しているのだろう。その口調はゆっくりだ。


「登山は途中までは順調でした。天気のいい日に出発して、もちろん斜面を登っていくという辛さはありましたが、僕達は山頂について素晴らしい景色を楽しめると信じて疑っていなかったのです」

「……そうはならなかったのですか?」

「ええ、突然の雨に見舞われたのです」


 ラルード様は、そこで外の景色を見た。

 降り続いている雨に、彼は少し怯えているような気がする。まだ何かあったかはわからないが、当時の恐怖を思い出しているということなのだろう。


「愚かなことに、僕達はその雨を最初あまり気にしなかったのです。その程度の雨なら、進んでいけると高を括って、登山を続行したのです。しかしながら、それは大きな過ちでした。伝統的に山に登っているというのに、僕達は雨の恐ろしさをわかっていなかった」

「……何が起こったのですか?」

「雨はどんどんと勢いを増していきました。そこで僕達はやっと、その雨が只事ではないと思ったのです。故に引き返す選択をしました。ただ、雨によって辺りはとても暗かった。そのため僕達は、下山の正規ルートから外れてしまった」

「それは……」


 山に登って、何かあったと聞いた時から、ある程度は予測していた。

 しかしながら、実際にその事実を聞かされると身が震えてしまう。

 要するに、ラルード様達は遭難してしまったのだ。山での遭難、体験したことはないが、知識として知っているため、私は恐怖してしまう。


「しばらく歩いてから、僕達は正規のルートから外れていることに気付きました。雨は勢いを増していて、どこに行けばいいかわからない。状況は最悪でした。僕達は動かないことが賢明だと判断して、とにかく雨が止むのを願いました。身を寄せ合って、じっとしていたのです」

「……雨の中、ですか?」

「ええ、あの時はとにかく寒かったということをよく覚えています。どんどんと体温を失っていって、もしかしたら死ぬのかもしれないと、心が折れそうになりました」


 ラルード様の話を聞いた私は、自分がとても愚かな選択をしようとしていたことを理解した。

 この雨の中で動こうなんて、もうまったく思わない。エンティリア伯爵家の人達には悪いが、ここで雨宿りさせてもらうことにしよう。


「えっと、それでラルード様はどうなったのですか? 無事、助かったのですよね?」

「ええ、幸いにも雨が止んでくれたんです。僕達は震える体をなんとか動かして、正規のルートに戻りました。そして、一目散に下山したのです。かなり運が良かったといえるでしょうね。偶然が重なって、僕達は助かったのです」


 ラルード様は、そこで苦笑いしていた。

 一歩間違えれば、命を落としていたかもしれない。それは苦い経験所の話ではないが、それでも彼は笑みを浮かべていた。


「……ラルード様、お陰様で雨の恐ろしさというものがよくわかりました。この中を進むというのは、非常に危険で困難な道なのですね?」

「ええ、山でなくとも危険なことに変わりはありません」

「私は、命を投げ出そうとは思いません。だから、いつまでになるかはわかりませんが、このエンティリア伯爵家にお世話になります。どうかよろしくお願いします」

「ええ、もちろんです。こちらは大歓迎ですよ」


 私は、ラルード様にゆっくりと頭を下げた。

 彼の話のおかげで、私は命拾いしたといえるかもしれない。とにかく今度は、雨を舐めないようにしよう。そう思った。


「……それにしても、山というのは恐ろしい場所なのですね? 私は登山をしたことがありませんが、判断を間違えるととても危うい場所だと感じました」

「その通りですね。当時の僕達は、それをまったくわかっていませんでした。雨が降り始めた時から、判断ミスの連続です。あれから登山はしていませんが、もしも今後山に登ることがあったら、僕はあらゆる状況に対応できるように備えをします。道具と知識が必要だと思いますから」

「伝統は、これからも続けていくのですか?」

「どうでしょうね……それはまだわかりません。父上も、特に何も言っていませんし、それは僕の判断ということになるのかもしれませんね」


 登山によって自らが高められるのは、恐らく間違いないのだろう。

 ラルード様は色々と失敗した訳ではあるが、それでもそこから様々な教訓を学んでいる。当初の目的は、一応果たせているのだ。

 ただ、それが危険なことであることは間違いない。その辺りをどう判断するかは、次期当主である彼ということなのだろう。


「まあとにかく、人間というものは自然には敵いませんね……こうやって家の中で暮らしていると忘れてしまいそうになりますが、僕達はひどく無力です。きっとそれは、胸に刻みつけておかなければならないことなのでしょうね」

「ええ、そうですね……」


 ラルード様の言葉に、私はゆっくりと頷いた。

 人間は自然には勝てない。それは確実なことだ。私もそれを忘れないようにしよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ