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婚約破棄された者同士、円満に契約結婚いたしましょう。  作者: 木山楽斗


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第4話 燃え上がらない心(モブside)

 ガラルトもロナメアも、お互いに愛し合っていた。

 燃え上がる想いは、止められない。そう思って、二人は婚約破棄を選んだのである。


「ガラルト様、お慕いしています」

「ああ、僕もだよ。ロナメア……」


 二人は、お互いに愛を囁き合った。

 それがガラルトとロナメアにとって、何よりも至福の時間であったのだ。

 そうしてやがて、二人は口づけを交わす。いつも通りであるならば、そのはずだった。


「これから、私達は幸せな未来へと進んでいくのですね?」

「ああ、その通りだとも。父上も納得している」

「お父様も、特に反対はしていません。ふふ、なんだか上手く行き過ぎて怖いくらいですね」

「まあ、僕に任せておけばこのくらいどうということはないさ。僕は優秀だからね」


 しかしガラルトもロナメアも、どちらも動かなかった。

 いつもなら必要なかったはずの会話を、自然と差し込んでいたのだ。

 この瞬間、ある意味において二人の気持ちは繋がっていた。どちらも思っていたのだ。いまいち乗り切れないと。


「このまま、全て上手くいくのでしょうか? その点に関して、私は少しだけ不安に思ってしまいますけれど……」

「上手くいとも。上手くいかせてみせるさ。僕の力でね?」

「頼りにしています、ガラルト様」

「ああ……」


 いつも通りなら、勝手に心が盛り上がってくれる。その衝動に身を任せれば、後は何も考える必要がなかった。

 そのはずなのに、心の温度が上がらない。二人はそのことに、違和感を覚えていた。

 全ては上手くいっているはずだ。心配事もなく、ただ前へと向かって行けばいいだけ。安寧を得たというのに、二人はひどく不安を感じていた。


「……ああそういえば、あの二人はどうなったのでしょうね?」

「二人? ああ、アノテラとラルードのことか?」

「ええ、申し訳ないことをしてしまいましたからね。少しだけ心配です」


 そこでロナメアは、心にもない罪悪感から言葉を発した。

 本当は、二人のことなんてどうでもよかった。ただ今は、そういう雰囲気になるかもしれない話題を出したかったのだ。

 かつての婚約者を肴に盛り上がれる。ロナメアは、何故かそんなことを思っていた。


「まあ、アノテラはああ見えて我が強い女だからな。新しい婚約者探しには苦労しているんじゃないか?」

「それは、ラルード様も同じですよ。彼はちょっと抜けていますからね」

「そう考えると、哀れではあるな。いやしかし、これも仕方ないことだろう。僕と君が結ばれるためには、こうするしかなかったんだ」

「ええ、そうですね」


 ガラルトとロナメアは、心の奥底からふつふつと湧き上がってくるものを感じていた。

 その衝動に、二人は身を任せる。ゆっくりと口づけを交わして、お互いの顔を見る。


「まあ、あの二人にも何か幸運が訪れるといいですね?」

「ああ、そうだな……」


 自分達の選択は正しいものだった。そこで二人は、それを改めて認識する。

 しかしながら、二人はまだ知らなかった。その婚約に、既に亀裂が入っているということに。




◇◇◇




 アノテラとの婚約破棄は、ザルパード子爵家にとっても予想外のものだった。

 これまでラーカンス子爵家と築いてきた信頼関係は一瞬で崩れ去った。ザルパード子爵家は、味方を一つ失ったのだ。

 しかしながら、それでも希望はあった。息子であるガラルトが新たに婚約を結んだのは、伯爵家の令嬢であったからだ。


「今回の婚約は、色々とイレギュラーがありました。しかしながら、私はそちらと良き関係を築いていきたいと思っています」


 ザルパード子爵は、目の前にいるセントラス伯爵に早口でそう言った。

 自分よりも地位が上の相手に、無礼があってはならない。故にザルパード子爵は、慎重に言葉を選んでいた。


「良き関係ですか? ザルパード子爵、それは具体的にどういうものなのでしょうか?」

「どういうもの?」

「ギブアンドテイクということです。こちらがそちらに利益をもたらし、そちらもこちらに利益をもたらす。それが良き関係というものでしょう? あなた方は、こちらにどのような利益をもたらしてくれるのですか?」

「そ、それは……」


 セントラス伯爵の質問に、ザルパード子爵は咄嗟に答えることができなかった。

 彼は必死に考えて、答えを出そうとしていた。目の前にいる伯爵が何を持って満足するか、それを考えていたのだ。


「答えらないでしょう? なぜなら、あなたは子爵家の人間だからだ」

「え? いや、それは……」

「しかしそれで結構、こちらも文句を言うつもりはない。こちらが望んでいることは、ただ一つだ。私に逆らわないで欲しい」

「な、何を……」


 セントラス伯爵は、ゆっくりと立ち上がった。

 彼はそのまま、窓際に行く。外の景色を眺める彼の表情が、ザルパード子爵からは窺うことができなかった。


「上下関係をはっきりさせておきましょう。私は伯爵家の人間だ。あなたよりも地位が上……それは、理解できていますかな?」

「も、もちろんです」

「それならあなた方は、こちらに従うのが道理というものでしょう?」

「そ、そんな馬鹿なことが……」


 ザルパード子爵は、そこで初めて理解した。

 セントラス伯爵が、娘を使って子爵家を傀儡にしようとしているということに。

 明確に地位が上であるため、舐められている。そう思ったザルパード子爵は、下手に出るのが得策ではないと考えた。


「婚約というものは、そういうものではないでしょう?」

「婚約か……しかし、今回の件はイレギュラーだ。あなたのご子息は、私の大切な娘を傷物にした。その責任を取っていただかなければならない」

「傷物? そちらのお嬢さんが、たぶらかしたの間違いではありませんか?」


 一度思考が切り替わると、ぽつぽつと言葉が出てきていた。

 ザルパード子爵も、心のどこかでは思っていたのだ。今回の婚約が、まったくもって不愉快なものであると。

 故に、二人はぶつかることになった。二つの家に、不和が生まれてしまったのだ。




◇◇◇




 父親であるザルパード子爵に呼び出されたガラルトは、不機嫌そうな顔をしていた。

 その表情の理由は、父親から言われたことにある。ザルパード子爵は、ガラルトとロナメアの婚約を破談にしたいと言ってきたのだ。


「父上、僕はあなたが何を考えているのかがまったくもって理解できません。何故、ロナメアとの婚約を破談にするのです。彼女は、セントラス伯爵家の令嬢ですよ。これは父上にとっても、いい話ではありませんか」


 ガラルトは、自らの行動がザルパード子爵家の利益にも繋がると思っていた。

 自分より地位が上の貴族との婚約、それをもたらしたことに感謝されると思い込んでいた彼にとって、父親の言葉は信じられないものだったのだ。


「ガラルトよ。セントラス伯爵は曲者だ。あの男が、このザルパード子爵家に入り込めば、この家が取り込まれかねない」

「……どういうことですか?」

「傀儡にされると言っているのだ。あの男は、我々に利益をもたらしてはくれない。吸い取るだけ吸い取って、いらなくなったら切り捨てるつもりだ」


 ザルパード子爵は、セントラス伯爵をかなり警戒していた。

 この婚約が成立したら、自分の地位が失われるとさえ、子爵は思っていた。彼は心のどこかで、伯爵に勝てないと感じていたのだ。

 しかし、それはガラルトにとっては理解できないことだった。傀儡にされる。自信なさげにそういう父に、彼は失望さえ感じていた。


「父上、情けないことを言わないでください。僕はロナメアのことを愛していますが、このザルパード子爵家の次期当主です。それは弁えている。セントラス伯爵家の好きにさせるつもりはありません。あくまで、ギブアンドテイクの関係にしてみせますよ」

「お前如きに、そんなことができる訳がなかろう。言っておくが、お前は既に一つの婚約を駄目にしたのだぞ? 我々にとって重要な信頼を失わせたのだ。それがどれだけ愚かな行為であるかもわかっていないくせに、知ったような口を聞くんじゃない!」

「なんと……」


 父親からの叱責に、ガラルトは露骨に機嫌を悪くしていた。

 情けなく弱い父親、彼の中でザルパード子爵の評価は一気に落ちていった。

 これからは、やはり自分がザルパード子爵家を引っ張っていかなければならない。ガラルトの中では、そのような結論が出ていた。


「父上、知ったような口を聞いているのはあなたの方です。僕はこれでも、自分は優秀であると自負しています。この婚約で、ザルパード子爵家に多大な利益をもたらしてみせますよ」

「ま、待て……」


 父親からの制止も聞かず、ガラルトは部屋から出て行った。

 彼は、本当に信じていたのだ。この婚約は、ザルパード子爵家にとっても素晴らしいものであると。

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