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婚約破棄された者同士、円満に契約結婚いたしましょう。  作者: 木山楽斗


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第3話 婚約者の家族

「いや、まさかこんな美人さんとはねぇ……」

「あらあら、あなた、そんなことを言われたら、少し妬いてしまいますわ」

「おっと、すまない。しかし、彼女は美人さんだろう」

「まあ、確かにそうですねぇ。女の私でも、見惚れてしまいます」


 目の前で繰り広げるゆっくりとした会話に、私は思わず苦笑いを浮かべていた。

 そこにいるのは、エンティリア伯爵とその夫人――つまりはラルード様のご両親である。

 その二人は、私を見てにこにこしている。なんというか、とても柔らかい雰囲気の人達だ。


「すみません、アノテラさん。父と母は、いつもこんな感じで……」

「えっと……大らかなご両親なのですね?」


 ラルード様に対して、私はある程度言葉を選んだ。

 彼の両親の雰囲気が、私は嫌いではない。

 ただ、何も考えずに言葉を発すると批判と取られてしまうような気がする。しかし、大らかというのが褒め言葉と取られるかどうかは、少々不安な所だ。


「褒めても何も出ませんよ? いやはや、気遣いもできるということですか……」

「すごいですね。あの年の私なんて、晩ご飯は何かくらいしか考えていませんでしたけど……」

「おやおや、僕のことは考えていなかったのかい? あのくらいの年の頃には、もう婚約していただろう」

「それは秘密です。乙女の秘密です」


 二人の会話を聞いていると、なんだか平和だなぁと思えてくる。

 貴族の夫婦は、冷え切っている夫婦も多いと聞いたことがあるが、家もエンティリア伯爵家もそれには当てはまらないようだ。

 できることなら、私もそうなりたいと思っている。ラルード様と、仲が良い夫婦でいたいものだ。


「ああ、そうでした。そういえば、アノテラさんは契約結婚したいのでしたね? なんでも、契約書を作りたいとか?」

「あ、えっと……はい」

「賢い方ですねぇ。私なんて、そんなことはまったく思いつきませんでしたよ。でも、確かに大切なことです。私達はお互いに……約束を反故にされて被害を被っている訳ですから」


 そこで私は、思わず固まってしまった。

 エンティリア伯爵の視線が、非常に鋭いものになったからだ。

 それは恐らく、私に向けられたものではない。彼の言葉の仲には、約束を破ったロナメア及びセントラス伯爵家への批判が込められている。


 ただ、それでもやっぱり少し怖かった。

 あの大らかな伯爵も、やっぱり貴族の家の当主なのだ。私は、それを改めて認識することになった。

 しかしそれは、安心できることでもある。そのような人達が身内になってくれるというなら、非常に心強いからだ。


「ラガンド様、そろそろあの子達を呼んでもいいのではないでしょうか?」

「ああ、そうでした。アノテラさんには実はまだ紹介したい人達がいるのです」

「あ、はい」

「二人とも、出ておいで」


 話が一区切りついてから、エンティリア伯爵は部屋の奥の方へと呼びかけた。

 するとそこから、少年と少女が出てくる。その二人は恐らく、ラルード様の弟と妹なのだろう。


「リーン・エンティリアです」

「ルメティア・エンティリアです」

「ご丁寧にどうも。私は、アノテラ・ラーカンスと申します」


 少年と少女は、私に対して丁寧な動作で挨拶をしてきた。

 それに対して、私も挨拶を返す。ラルード様の家族に対して、しっかりと礼節を弁えていると示さなければならない。


「まあ、これがエンティリア伯爵家の面々です。アノテラさん、どうかこれからよろしくお願いしますね?」

「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 エンティリア伯爵は、にこにこしながら私を見てきた。

 リーンとルメティアも、同じような顔をしている。そういう笑顔は、エンティリア伯爵家の共通のものであるらしい。


「……リーン兄様、アノテラさんってすごく美人だと思わない?」

「え? あ、えっと……まあ、そうだね?」

「お兄様、もしかして一目惚れしたのかしら?」

「どうだろう?」


 そこで二人は、こっそりとそのような会話をしていた。

 それを聞き、私は少し照れてしまう。なんというか、先程から褒められっぱなしだ。

 別に私は、そこまで容姿端麗という訳ではないはずである。それなのにここまで褒められるということは、やはりお世辞なのだろうか。


「確かに、ラルード好みの顔かもしれないわねぇ……」

「あ、お母様もそう思いますか?」

「ええ、なんとなくだけれど、あの子が好きそうな感じがするわ」

「わあ、なんだかロマンチックですね……」


 兄妹の会話に、伯爵夫人まで乗り始めた。

 それを見ながら、私は苦笑いを浮かべる。どうやら、エンティリア伯爵家は家族円満であるらしい。


「さて、アノテラさん。挨拶はこのくらいでいいでしょう。そろそろ、客室に移りませんか?」

「あ、はい。そうですね。それなら、これで失礼させていただきます」


 三人の会話を聞いていたからかどうかはわからないが、ラルード様は挨拶の終わりを提案してきた。

 断る理由も特になかったため、私はそれに乗ることにした。伯爵達もそれでいいのか、皆笑顔を返してくれる。

 こうして私は、ラルード様の家族と会ったのだった。




◇◇◇




「既にお聞きしていましたが、ラルード様も下に兄弟がいたのですね」

「ええ、そうなんですよ」


 客室に来た私は、ラルード様とお茶していた。

 議題になったのは、弟と妹のことである。私もラルード様も、下に兄弟がいるという共通点があるのだ。


「アノテラさんの弟さんと妹さんは、双子でしたよね?」

「はい、そうなんです。私とは随分と年が離れていますけど……」

「確かにそうですね。結構、年齢差があるみたいで……」

「私から長らく子宝に恵まれなかったんです。父と母にとっては、念願の後継ぎでもありましたし、二人が生まれた時はそれはもうすごい喜びようでした。玉のように可愛がっていますよ」


 私の弟であるイグルと妹のウェレナは、父と母にとってやっとの思いで生まれた子達だった。

 そのため、二人はかなり愛されている。跡継ぎのイグルはもちろん、ウェレナも両親にとっては同じくらい愛おしい存在であるらしい。

 もちろん、私にとっても可愛い弟と妹である。少し生意気な所もあるけれど、そういう所も含めて愛おしい存在だ。


「……もしかして、アノテラさんとしては少々複雑ですか? 疎外感などを覚えたりとか……」

「え? ああ、いえ、そういうことは全然ないんです。まあ、年が離れているからか、特に不和もなかったんでしょうね?」


 可愛がられる下の子に嫉妬するという話は、よくあるものだ。

 しかし、私はそんなことは思わなかった。既に両親に構ってもらいたいと思うような年では、なかったことがその要因なのかもしれない。


「そうですか……いや、実は家は色々とありましてね」

「あ、そうなんですか?」

「ええ、妹ができた時に……初めての女の子だったからなのか、父がそれはもう入れ込んで。僕も弟も……特に弟の方が」

「なるほど、まあ、ラルード様の方は年が近いですからね……」


 ラルード様は、昔を懐かしむような目をしていた。

 先程見たからわかっているが、エンティリア伯爵家には不和はない。つまり、それらの色々と乗り越えてきたということなのだろう。

 その家族の仲に、私はこれから入ることになる。上手くやっているかが、少々心配だ。


「まあ、僕にとっては二人とも大切な弟と妹です……きっと、アノテラさんも二人とは仲良くなれると思いますよ」

「そ、そうでしょうか?」

「ええ、雰囲気の話ですから、曖昧になってしまいますがきっと大丈夫です」


 私の心の憂いを見抜いたのか、ラルード様はそのような言葉をかけてくれた。

 そのおかげで、少し安心できた。本当にラルード様は、優しい人だ。


「……おや」

「あら? 雨、ですね……」


 ラルード様と話していた私は、雨音を聞いて外を見た。

 先程から少し暗くなっているとは思っていたが、どうやら本格的に降り始めてしまったらしい。

 雨の勢いは、徐々に増していっている。これは帰り道が、少し心配だ。


「かなり降っていますね……」

「そうですね……帰るまでに止んでくれるといいんですけれど」

「……残念ですが、この勢いだとそれは難しいでしょうね」

「ええ」

「もしよろしかったら、こちらに泊まっていきませんか?」

「え?」


 私が不安そうな顔をしていたからか、ラルード様は少し大胆な提案をしてきた。

 もちろん、雨の中を移動するのはかなり辛いのでその提案自体はとてもありがたい。ただ、いきなり婚約者の家に泊まるというのは、少々気が引けてしまうのだ。

 しかしながら、私は窓の外を見て確信する。この雨が今日中に止むことはないと。それなら、泊めてもらった方が賢明である気もする。


「その、本当にいいんですか?」

「ええ、もちろんです。父も母も反対しませんよ」

「すみません。それなら、お世話になります」


 私はラルード様に、深く頭を下げた。

 すると彼は、困惑したように首を振る。


「そんなにかしこまらないでください。僕は当然の提案をしたまでです」

「当然の提案……」

「ええ、女性が――それも婚約者が困っているというのに助けないなんて、そんなのは紳士の行動ではありませんから」

「紳士、ですか……」


 ラルード様は少し遠慮がちに、それでも誇りを持って言葉を発していた。

 紳士、彼はそれを目指して立ち振る舞っているのだろう。それはなんというか、とても立派なことであるように思える。


「お気遣い、感謝します。ラルード様」

「アノテラさん……いえ」


 私は、彼に対して再度頭を下げた。

 しかしそれはあくまで、感謝の礼だ。申し訳なさではなく、彼の気遣いへの感謝を表明するのが、この場では正しい立ち振る舞いであるような気がする。

 彼が紳士であるならば、私は淑女であるべきだ。そう思って、私は自分の行動を改めた。


「……美しいですね」

「え?」

「すみません。でも、今のアノテラさんの表情は、とても美しかった。そう思ったんです……ああ、アノテラさんは、いつも美しいですけれど、ね?」


 そこでラルード様は、少し頬を赤くしながらそんなことを言ってきた。

 私は、彼からゆっくりと目をそらす。正直言って、すごく恥ずかしかったのだ。

 ただもちろん、嬉しいとも思っていた。彼からの称賛の言葉に、私は密かに喜ぶのだった。

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