第10話 円満な契約結婚
素直な気持ちを伝えられてから、私はイグルとウェレナと過ごす時間を増やしていた。
幸いにも、正式な結婚まではまだ時間がある。それまでの間、私は双子や両親との交流をこれまで以上に深めておくつもりだ。
そうやって思い出を積み重ねておくことで、別れに備えることができる。そう思うようになったからだ。
「別れ、ですか……」
「ええ、そうなんです。思っていた以上に、二人は辛かったみたいで……」
「……なるほど、そうですよね。まだ二人は、幼い訳ですし」
「でも、分別がわからない年という訳でもないので、ため込んでしまったのでしょうね……」
私はそれらのことを、ラルード様に伝えていた。
彼に言わない方がいいかとも思ったが、イグルとウェレナがラルード様に鋭い視線を向けていたのを見て、事情を伝えておくべきだと結論付けた。
その判断は、恐らく間違っていないだろう。ラルード様も、納得してくれているようだ。
「その、ラルード様は二人からかなり厳しい視線を向けられていると思いますが……」
「構いませんよ。二人から見れば、僕はあなたを奪う悪者だ」
「二人だって本当はわかっているはずなんです。これはラルード様の問題ではないと……」
「大丈夫です。別に怒ったりしませんよ。むしろ、二人のことを好ましく思います」
「好ましく?」
ラルード様の言葉に、私は少し驚いた。
勝手な恨みを向けられているというのに、それを好ましく思うとは意外だ。反骨の精神が、豹かできるとかなのだろうか。
「お二人が、それだけあなたのことを大切に思っているということでしょう?」
「それは……まあ、そうですね」
「家族を思う気持ちというのは、素晴らしいものだと僕は思っています。二人はきっと、良き大人になりますよ」
ラルード様は、かなり余裕を持っていた。そんな彼こそが、正に良き大人といえるだろう。
そういう人の元に嫁げるという幸福を、私は改めて感じていた。お父様やお母様も言っていたが、この婚約は本当に幸運だったとしか言いようがない。
「ラルード様が、寛大な方で本当に良かったと思います」
「大袈裟ですよ。これで怒る方がおかしいと僕は思います」
「そう思えることが、寛大なのですよ」
貴族というものは、寛大であるべきだとつくづく思う。
高い地位を持っているからこそ、余裕を持つべきなのだ。地位に溺れて高慢でいると、きっといつか痛い目を見る。
貴族であるからこそ、謙虚に生きよう。私は密かにそう誓うのだった。
◇◇◇
「ラルード様はかっこいい人ですね、お姉様」
「え? ええ、そうね。かっこいい人だと私も思っているわ」
「そうなんですね。でも、ちょっと抜けている所もあると思うんです」
「まあ、そうかもしれないわね……」
夜、私の部屋を訪ねてきたイグルとウェレナの二人は、ラルード様について述べてきた。
まだ割り切れている訳ではないのか、二人はラルード様に対して少し辛辣である。もっとも、本人の前では柔らかい態度を取っていたので、特に咎める必要はないだろう。
「でも、色々と総合して、私は良き婚約者に巡り会えたと思っているわ」
「……それは確かにそうですね」
「ええ、それに関しては私もそう思います」
「あら……」
そこで私は、少し驚くことになった。
二人が私の言葉に、やけに容易く同意したからである。
今まで反発していたのに、一体どういう風の吹き回しだろうか。それがわからなくて、私は少し困惑してしまう。
「だって、お姉様の前の相手はどう考えたっていい人ではありませんでしたから」
「前の人……ああ、ガラルト様のことね」
「今になって思い返しみると、あの人は嫌な人でした。決して、お姉様を渡したくありません」
「そう……そんな風に思ってくれたのね」
どうやら、二人はラルード様を通してガラルト様への評価を改めたようだ。
元婚約者には悪いが、それは正しい認識である。正直言って、ガラルト様は少々難がある人だ。それをこの双子が認識してくれたのは、正直嬉しい。
彼が駄目だとわかっていたら、二人は彼のようにはならないだろう。それは私にとって、とても安心できることだった。
「その点、ラルード様ならお姉様のことを任せられます。彼は紳士ですから」
「ええ……イグルも見習わないとね? あなたは何れ、この家を継ぐのだから」
「え? えっと……」
そこでイグルは、驚いたような顔をしていた。
自分の将来のことを言われて、面食らってしまったのだろうか。彼はすっかり固まってしまった。
それは、ウェレナも同じである。二人にとって、家を継ぐだとかそういう未来の話は、あまり楽しいものではないらしい。
「……さて、そろそろ寝ましょうか。夜更かしはよくないものね」
「え? あ、そうですね」
「二人とも、今日もここで寝るの?」
「お姉様さえよければ、そうしたいと思っています」
「私に断る理由はないわね」
私の言葉に二人は笑顔を浮かべてくれた。強引にでも話を切り上げる判断は、どうやら正しかったようである。
こうして私達は、三人で一緒に寝るのだった。
◇◇◇
結果だけ考えると、私とラルード様との間に交わされた契約は、それ程意味がないものだったような気がする。
私達は、仲が良い夫婦になった。そんな私達の間に、離婚する際の取り決めなどは、必要ないものだったのである。もちろん、それは結果論でしかないのだが。
「まあ、こういうものは保険のようなものですからね。使わないくらいで丁度いいのでしょう」
「ええ、私もそう思います……それにしても、不思議なものですね。浮気されて婚約破棄された私達は、こんなに幸せに暮らしているというのに……」
「ええ、これに関しては僕も驚いています」
ある日、私とラルード様の元へある知らせが届いてきた。
それは、ガラルト様とロナメア嬢の破局の知らせである。何があったかはわからないが、二人は上手くいなかったらしい。
「あまり耳に入れたいとも思っていませんでしたから、二人のことはよく調べていませんでしたが、なんだか色々とあったみたいですよ」
「色々?」
ラルード様は、私の前で苦笑いを浮かべていた。
その表情だけで、二人があまりいい末路を歩んだ訳ではないことがわかる。
「ええ、駆け落ちしたり色々とあったそうで……ああ、ちなみにザルパード子爵家は、ガラルトの弟であるギルバートが継ぐみたいですよ」
「ギルバート……ああ、確か妾との間にできた子の……」
「ガラルトの方は……今は何をしているのか、定かではありませんね。子爵家からは、出ていったようですが……ロナメア嬢も、どうやらセントラス伯爵家を追放されたようですね……これからは、修道女として生きるとか」
「なるほど、二人も色々とあったんですね……」
ラルード様の説明に、私は驚いていた。
なんというか、数奇なものだ。あの二人は、私達と婚約破棄してまで結ばれたというのに、何故か結局悲惨な結果に落ち着いてしまったようである。
「まあもっとも、二人がどうなると最早私達には関係がないことですからね……」
「ええ、まあそれはそうですね」
私の言葉に、ラルード様は深く頷いた。
あの二人とは、色々とあった訳ではあるが、正直彼らが今どうしているかなど私達にとってはそれ程重要なことではない。もう私達と彼らは、関係がないからだ。
「僕達には僕達の生活がある訳ですからね……これからも、幸せな生活を続けましょう。この契約書の名の元に」
「ええ、もちろんです。私達はあくまでも円満な契約結婚ですから」
そこで私とラルード様は、笑い合った。
これからも私達は、二人で穏やかな生活を続けていくだろう。婚約破棄された者同士、円満な結婚生活を続けていくのだ。
END
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