何でもかんでも他人の所為にして攻撃して
人間ってさ、自分に都合の悪いことがあると、ついつい他人の所為にしたくなる生き物じゃん?
もちろん、自分の所為にばかりしすぎて追い詰められるのもマズいけど、だからって何でもかんでも他人の所為にして攻撃して、それで何が解決すんの?
自分の作品にやたらと口出ししてくる読者の所為にして、読者が変わってくれるとでも思ってるの?
『自分は客だ!』ってキレられるだけだと思うけど?
編集や出版社の所為にして、編集や出版社が変わってくれるとでも思ってるの?
よっぽどの売れっ子でもない限り、切り捨てられるだけだと思うけど?
だからさ、<他人の所為>にしてても何も解決しないんだよ。自分が選んでそうなったものじゃない場合は、確かに<自分の所為>と考えようにも限度があるけど、『創作者になる』と決めたのは、やっぱ、自分じゃん? 自分のその選択に責任も持てなくて『何が大人?』って話だと思うんだよ。
だけど同時に、受け取り側も、発表される創作物がすべて自分の好みに合わせるべきだというのは、<子供の発想>だよ。先にも言ったように雛鳥よろしく提供されるものを口を開けてただ待ってるだけなんて、<自立してる人間>のすることじゃない。
無数の創作物の中から、自分の好みに合うものを自分で探すんだよ。それをするためには、好みに合わないものに構ってる暇なんてないはずだよ? 好みに合わない作品に粘着して叩くなんてのは、要するに、
『創作物を楽しみたい』
んじゃなくて、
『自分の気に入らない創作物を叩いて憂さ晴らししたい』
っての自体が目的ってことじゃん。そんなの、<お客>ですらない。ただのクレーマーだよ。
私はそんなことをしてる時間も惜しいから、他の創作者さんの作品についてあれこれ言わないってのもある。
何より、
『文句があるなら自分で作る』
だしさ。
そして自分で作ってみるとその難しさも分かる。
かつて、<漫画の神様>って言われた漫画家さんは、他の人の作品に対抗心剥き出しだったりしたらしいけど、そこで、
『自分の方が面白い漫画が描ける!!』
って言って挑戦してみたっていうのがすごいと思う。批評家気取りであれこれ言うだけじゃなくてさ。
そもそも、<批評家>自体、
『他人の褌で相撲を取ってる』
てやつだよね。だって、他人の作品あってのものだし。
別に、批評家って仕事を馬鹿にしたいんじゃないよ。あくまで、
『個人の主観として述べる』
ってのをわきまえてるなら、
『なるほどそういう見方もあるのか』
とは思えるし。
だけど、
『こうした方が面白くなる!!』
とか言い出すと、
『じゃあ、どうしてあなたはその通りに作らないんですか?』
って話になるんだよね。
ほら、私がもし、他の人の作品を挙げて、
『こうした方が面白くなる!!』
って言ったら、
『じゃあ、お前がその通りに作ってみせろよ!!』
って話になるじゃん。
結局、そういうことなんだよ。




