【閑話】華麗なる家令のカレー
翔太達がダンジョンから帰ってきてしばらくたった日の事である。
「家令を決めましょう!」
誰かがそんな事を言い出した。
家令と言えば、その家に仕える使用人の中でのトップ。
つまり翔太、リシア、ペトラの3人を除いた中では最上位の存在になる。
貴族や王女など元々身分の高かった者も何人かいるため、実質平等ではないものの、この家の階級としてはヒラである。
「なら私ですかねー。この中じゃ私が1番の古株ですし、監督向きだと思うんですよねー」
ガヤガヤと話し合う奴隷達の前で自ら名乗を上げたのは人族の少女、キノだ。
が、当然その宣言を拒む者も現れる。紫髪のエルフ、エレナだ。
「キノさんは知力のステータスが低いからダメです。それを言うのならわたくしだって同じ時期から務めてるのですから家令に相応しいのはわたくしになります」
「ち、知力は関係ないですよー!」
早くも言い負かされたキノ。
そこに新たな立候補者が現れる。
赤髪の夢魔、ムムだ。
「あの、お言葉ですが、私が1番の適任かと?」
「その心は?」
「私が1番胸が大きいです」
「「「関係ないわ!!!!」」
多方面からのツッコミにあわあわし始めるムム。
その後も立候補する者が何人か現れるがなかなか決まらない。
「私があるじに直接聞いてくるから待ってくださいー!」
話し合いでは埒が明かないと悟ったキノは翔太のいる1階へと意見を聞きに部屋を出た。
「恋かぁ」
「恋だなぁ」
「恋だねぇ」
奴隷たちの間では有名な話である。
自覚していないのは本人だけだろうが、同性の彼女らからしたらこれ程わかりやすい女もいない。
しばらくして少し気を落としたキノが部屋の扉を開けた。
「振られたかぁ」
「振られたなぁ」
「振られたねぇ」
「それで主はなんと申されたのですか?」
誰かがしたその問いかけに何人かの息を飲む音が聞こえた。
「あるじは、『うちは貴族じゃねぇし、家令とかは別に考えてねぇけど、どうせならご飯が美味しい奴がいいなぁ』って……」
その言葉を聞いた女奴隷たちは一瞬で視線をキノからある人物へとスライドさせる。
視線の先にいたのはリリムだ。
この家の料理は基本翔太とリリムを中心に作られている。
料理術のスキルレベルも高いため翔太の条件を呑むのなら間違いなく彼女になるだろう。
「じ、辞退します!辞退するから!私は家令はいいから!」
鋭く突き刺さるような視線に耐えかねたリリムは顔の前で手をフルフルと振る。
「だ、そうよ?」
「まぁ、リリムちゃんにそんな地位はいらないよね。だって翔太様とは同衾する仲だもん」
「「あぁ〜」」
その事実を知るものが何人か同意する。
一方初耳の女性陣からは再び鋭い眼差し。
「あ、あれは!あれは新しい武器を作る際にですね……」
「その話詳しく聞きたいなぁ」
何故か満面の笑みを浮かべるキノがリリムの前に立ちはだかると襟首を掴んで上の階へと登って行った。
「修羅場かぁ」
「修羅場だなぁ」
「修羅場だねぇ」
「まあ、あの二人は除外として、立候補者で料理をするのはどうでしょう?」
エレナはそう話を進行させていくが、普通に考えるのならこの時点で家令はエレナのようなものである。
本来家令はその他の従者を纏める役も担うのだ。
普通は家令を料理の腕なんかで決めてしまえば破綻するだろう。
ただ、繰り返すようだがこの家はただの平民の一家。元貴族や王族はいても貴族の家ではない。
「なるほどー!それならいいかも!」
「賛成〜」
故に料理で家令を決めるという意見に反対意見はでない。
「で?何を作るの?」
「当然カレーです!」
「うっわ寒ーい」
「床暖が効かなーい」
……エレナに足りないものを強いて挙げるとするならばリーダーとしてのユーモアのセンスだろう……。
「ちょっと待ってください!」
大分話の纏まったエレナの進行に待ったをかけた人物が一人。最年長エルフのアンジーだ。
「どうしたのですか?」
「エレナさんの話は概ね理解しました。けれど、特権的地位を得ているのはあなたもではありませんか?」
「キリッと全員の視線がエレナの方に向く」
「どういうことですか?エレナさん。説明してください」
その質問に対し、エレナ自身も初めは分かっていなかったようだがしばらくして何かに思い至ったのだろう。
みるみると顔を赤面させていく。
「おおおおおお!ななななにがあったんですかーー!」
姦しく騒ぎ出す一同。普段冷静沈着なエレナがこれ程までに表情の変化を起こすことは珍しい。
「実はエレナさんは──」
ガチャり。
扉を開けて入ってきたのは満足そうな笑顔を浮かべるキノと半べそのリリム。
「主様に抱き締められて昼間からコタツで耳を齧られてました」
「……」
その言葉を聞いたキノはその笑みをすっと消すとエレナの襟首を掴んで再び部屋の2階へと消えていった。
「嫉妬かぁ」
「嫉妬だなぁ」
「嫉妬だねぇ」
「まぁ、いいんじゃない?とりあえずこのメンバーでお料理対決をしましょうか。カレーでいいんだっけ?」
このタイミングで口を開いたのは今までが我関せずと沈黙を貫いていたシレーナ王女だった。
「さっさと始めましょうか!」
彼女は読んでいた本を閉じるともう話すことは何も無いとばかりに階段を登って行った。
──〇〇〇〇──
はっきりと言おう。
カレーの食べ比べなんて俺にはできん。
味音痴って程ではないが、そこまで鋭くもない。
だから15種類のカレーが出てきたところで俺には何が違うんだかさっぱりだ。
結局、俺は一際目立つ紫色のカレー、ではなくその隣のカレーを選んだ。
生ゴミみたいな味の紫色のカレーを食べた後だったというのもあってか1番美味しく感じたからだ。
どうやったら紫色のカレーができるんだよ。
どうやったら涙目のサバが刺さったカレーができるんだよ。
「で、この、一番美味しいカレーを作ったのは誰だったの?」
「えっと……それはミリィちゃんの作ったやつですね……」
「「あぁー」」
何故か浮かない顔をする子達を前にして俺はありがとうなと一応のお礼を告げてから全てを完食するために尽力したのだった。
「お約束のキャラはお前だったのか……」
台所……その場に立たせてはならない。
付属効果:料理術のLv-10
シレーナのこの称号を見つけたのは、それからしばらくあとの事である。
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次の章は誘拐犯、黒の方舟としての日常編になります!




