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邂逅



「──じゃあ、好き?」


 自分ではない自分が想い人に問う。

 素直になれない私では絶対に問えないだろう質問だ。


 体温が向上するのが分かる。

 心臓が痛いくらい強く打ち付けていることも。


 久しく感じていなかったこれは多分緊張だ。


「俺は──」


 私は翔太が次に紡ぐ言葉に覚悟して──


 その時、もう一人の私と目が合った。


 彼女()は薄く笑うと再び翔太の胸に顔を埋める。


「待って!」


 だから私は飛び出した。

 翔太にその先の答えを言わせない為に。


 答えなんて、聞かずとも分かりきっている。

 私に好かれる要素なんて、ひとつも無いのだ。

 散々きつく当たって、迷惑掛けて、家まで押し掛けて。

 嫌われていないのが奇跡と言っていいわ。


 それに、その問いは私自身がしなくてはならないもの。

 人任せにしていいものではないもの。


 だから翔太にはその先を言わせない。

 いつか、自分の手で惚れされてみせる。

 その時まで、その問いはお預け。


「ねぇ、貴女九尾でしたわよね?確か──クハクさんでしたっけ?」


 私が問うと、隠そうともせず、そのまま変化を解いた。


「嗚呼、バレてしまいました。残念でございます」


 そして現れたのは先程見た白銀の髪と切れ長の目を持つ美しい女性。彼女は翔太から離れようともせずサラサラと翔太の髪を梳く。


「どうして私の振りなんてしているのですか?誘惑が目的なら今の姿の方がよっぽど効果的と思いますわよ?」


 これは嫌味でもなければお世辞でもない、純然たる事実。


 悔しいけれど、この人の方が比べ物にならないほど美しいもの。


魔女っ子(ヘタレ)メイド(無自覚)もワタクシの敵ではありませぬ。ただ、貴女様だけは脅威になり得ると考えましたゆえ、早めに摘んでおこうと思った次第でこざいます」


 つまりこの女狐はライバルを蹴落とす為にわざと振られようとしていたというわけだ。

 油断も隙もあったものじゃないわね。


 ただ、微かに灯る喜びの感情もあった。

 私は彼女の敵になり得たのだから。


「え……?ごめん、全然よくわかんないんだけど、なに?どういう事?」


 1人だけ状況に追いつけていない翔太の目線がキョロキョロと私と女狐の方を往復する。


 相変わらずの馬鹿で、しかもグズで。

 こんな奴に振り回されているのかと思うとイライラしてくるわ。


 もう少しシャキッとしなさいよ。

 そうすれば翔太は十分かっこ……かっ、かっ、かっこ……


「主様、先にお休みなさってくださいまし」


 女狐が翔太の額にそっと口付けをすると、糸の切れたマリオネットのようにその場に崩れた。

 そんな翔太の頭をそっと床に下ろすとこちらに向き直る。


「相変わらず馬鹿げた強さですわ……」


 さすがは火を司る聖獣だ。

 彼女は火という概念の化身のような存在で、更には幻術にも精通している。

 恐らく今の瞬間催眠のようなものは幻術の類だろう。


「努力、してますゆえ」


「そんなの私だって……」


「嗚呼、やめてくださいまし。貴女様程度の努力を誇るなど、()()()ではワタクシ達に対する侮辱と言っていい行いです」


 いつの間にか背後に移動していた女狐は私の頬に手を添えて耳元でそう囁いた。


 膝が震える。

 今にも崩れ落ちそうな体を逃がすまいと女狐か強く掴み、支えた。


「ずっと不思議だったのです。主様が貴女様程度の事を褒めた理由が未だに分かりませぬ。ワタクシの方が貴女様よりも努力しているのですから」


 そして、聖獣である九尾はその胸の内を嫉妬という言葉で表した。


「貴女様がそばに居ると、美しいワタクシの炎も濁ってしま

うのでございます」


 女狐が灯した炎は黒く、あの日のレナード様と同じく負の感情によって燃やされている。


「だったら、私は……私だって貴女に嫉妬していますわ」


 そんな事を言ったら、こっちだってそうだ。

 いつもベタベタして、一緒に寝て、頭を撫でてもらって、抱き締めてもらって……ぺろぺろしてて、ずるいと思う。


 女狐はいつの間にか再び正面に立つと、幻術で作っただろう蝶を弄びながら口を開いた。


「ワタクシは主様を独り占めしたい訳ではございませぬ。魅力的な殿方に雌が集うのは自然の理ゆえ、そのような事は思いませぬ。ただ、嫉妬はします。ワタクシは主様にとって特別でありたいのです。これから集うその他多数に溺れぬ為に」


 言い終わると同時に、散霧させた蝶が淡く溶けていく。


「貴女様とワタクシはどうやら()()()()()()()()()ようでございます」


 確か、その言葉は宇宙人の言葉で、似た人間2人を指して使う言葉だ。一体どこが被っているというのだろうか。

 こんなおっかない女狐と一緒にしないで欲しい。


「ですが、貴女様はマゾなのでしょう?」


「へ?」


 私が……マゾ?そんなことあるわけがない。

 そもそも、私はこれまで他者から見下されないように生きてきた。人の前に立ち、上に立ち、務めてきた。

 そんな私が他者から与えられた苦痛に快感を得る人間だというの?馬鹿馬鹿しいわ。

 

 それに、今の会話の雰囲気だと、女狐自身もまるでマゾあると言いたげだ。そんな訳ないわ。

 平気で人を見下し、自分の主以外ゴミにしか見えていない人間が、マゾな訳あってたまるか。


「嗚呼、そう言えば先日、狂化した主様に首を締められた事がありました」


 女狐はゆっくりと距離を詰めて、私の首に両手を添える。

 その手はただ添えただけ、別に痛くもないが、少し高い位置から覗き込むその目と甘い吐息に少しずつ感覚が麻痺していくのがわかった。


「主様はそのままワタクシの首を絞め上げ、耳元でこう囁きました。『俺のプリンを返せ』」



 ──ドクン。


 耳元で囁かれた言葉に、胎動する体。

 気が付くと女狐は翔太へと変化していた。

 これが幻術である事はわかる。


 しかし、分かっていても、身体は反応する。


 翔太が、堪らなく愛おしいのだ。


 思わず翔太に見える女狐を抱きしめようとして──


「こういう事でございます」


 女狐はすっと距離をとると、微笑みをひとつ残してその場を去った。


「あっ……」


 どうしよう。私、マゾだったわ。




──〇〇〇〇──



 明け方、俺は右腕の痺れで目を覚ました。

 大体は毎日ミリィを腕枕しているので、よくあること。


 俺は目を開くことも無く、その頭を腕から二の腕の方へと引き寄せた。


 胸にかかる吐息。起こしちゃったかな?


 俺は再び寝かし付ける為に頭をサラサラと撫でながら再び意識を落とす。


 もしこの時、胸に抱いた少女がミリィではなくオリヴィアだと気づいていたのなら、キノに布団叩きでボコボコにされるという最悪な目覚めにならなかっただろう。


 俺は痛いのが嫌いだ。

 

「そう考えるとマゾって怖いな」


 俺はフラフラと洗面所に向かった。

 


評価、ブックマークありがとうございます!

とっても嬉しいです!やったぁ٩( ᐖ )۶٩( ᐖ )۶


彼女達がMっ子になるのは翔太に対してのみです。

誰にでも、という訳ではありません。


オリヴィアさんはまだまだ滞在しますが次のお話からは主人公が代わります。

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