恋の話
「それじゃ、今日は存分に恋バナをしましょうか!」
シレーナの提案に、反応はまちまち。
オリヴィアにとって、恋話はレナードの自慢だった。
婚約相手を持ち上げる機会を真面目なオリヴィアが逃すはずなかったのだ。つまるところ政治やイメージ戦略のうちであり、楽しむものではなかった。
だから今の彼女にとって、恋バナとは何をすべき事なのか、全く持って見当がつかない。
「……それ、誰が得するんですか?話してる側も聞いてる側も地獄じゃないですか?」
「…………」
今まで黙っていたカロリーヌの急な横槍。
オリヴィアは絶句したまま固まってしまった。
「はいはい。カロリーヌも大した恋愛経験ないんだからそういうこと言わない!」
そうなのだ。カロリーヌはカロリーヌで容易に恋愛が出来る生い立ちではなかった。
きのこ派一の美女と呼ばれた彼女が傾国の美女と呼ばれるのは誇張でも何でもない。純然たる事実である。
故にきのこ派の中でも彼女を巡った戦争が各地で起きた。
そこでカロリーヌの父が出した結論は彼女を永久に美の象徴とし続けるということ。
つまり、生涯結婚を許さないというものだった。
政治で婚約する人間がいる一方で、誰のものにもならないというのもまた政治。
「生涯独り身である事を命じられたカロリーヌは人との恋を諦め、犬との幸せを見つける為に変化の術を獲得するに至ったの」
「変な脚色しないでください。恋なんてしなくても人は幸せになれます」
カロリーヌはその美し過ぎる顔を少し赤くしてぷくっと頬を膨らませる。
「理沙ちゃんはどうなの?好きな人とかいないの?」
「いえ、私はこっちに来てまだ日が浅いですから。それに元の世界では好きな人がいたりすると周りからかわれるので、そういうのは疎いんです……」
理沙は元の世界では中学2年生。
まだ子供から大人への階段を登りきらない彼女らの年齢では恋愛経験がないのも頷ける。
「……違う!私のしたかった恋バナはこんなんじゃない!!」
「急に大声を出さないでください!びっくりしてベーコンが落ちてしまいました!」
「いや、カロリーヌ。貴女が1番声でかいから……」
シレーナは露骨に嫌そうな顔でため息を吐く。
「仕方ない、まぁ、まずは私の恋について聞きなさいな」
「やめましょう。シレーナさんの痛い性癖なんて、誰も興味ないですよ!」
以前にもこういった話をシレーナから聞いた事のあるカロリーヌはひどく必死な顔で止めに入る。
「何が痛い性癖なの!?いいじゃん!年下の男の子!みんなはどう?」
「私は同い年か年上の方が好きですね」
「私も同じですわ」
理沙に便乗する形でオリヴィアが声を上げる。
「えぇ〜そうなの?けど、カロリーヌは私と一緒で年下派だもんね」
「それは、年上か年下で選ぶなら年下派ではありますけど……貴女と一緒にはしないで欲しいですね」
「なんで?酷くない!?」
「あの、どうしてカロリーヌ様はそんなに嫌がるんです?」
「……シレーナさんは、年齢一桁の少年が好きなんです……」
「……」
「……」
「……」
「おい、お前ら!なんとか言えー」
「とととととととととてもユニークですわ!おほほ〜」
「いいいいいと思います!ちっちゃい子、可愛いですよね!」
人は自分の義姉がショタコンと知った時、果たしてどのような反応をするのが正解なのだろうか。
オリヴィアは深い闇の渦に呑まれる。
「これって全然、恋バナできてないですよね……?」
理沙は少しげっそりとした顔で呟いた。
「……そもそも恋って何なのでしょうか。恋とは生存本能から発露するものであり、つまりは生殖行動を行う為の建前として──」
「カロリーヌは黙ってて。貴女が話すといつも訳分からんくなる」
シレーナはカロリーヌの口を塞ぐと小さくなにかを唱えた。
「~~~~~~~~~~。義妹ちゃんは恋ってなんだと思う?」
「……恋を言葉にするのは、難しいと思いますわ。感じ方は人それぞれ違うとも思いますし、定義するのは難しいと思います」
「それではオリヴィアさんは恋をどういうものと捉えているのですか?」
「それは……ちょっと私にも難しいですわ。けれど、会えない時間がもどかしく感じたり、ちょっと身体が触れただけで胸が高鳴ったり……物憂げな顔をしてる時は優しく抱き締めて差し上げたくなったりするものですわ……」
突然語りに入ったオリヴィア。
シレーナはニヤニヤ、カロリーヌは少し顔を赤く染め、理沙は興味深そうに聞き入っている。
「続けて!義妹ちゃん!」
「初めは嫌な奴だと思うこともあるかもしれませんわ。相手を特別に感じるが故に、鼻につくこともあると思いますの。けれど、ふとした切っ掛けでそれが裏返る事もありますわ」
「シレーナさん、これ多分翔太先輩のことです……」
理沙はそっと耳打ちでシレーナに声を掛けると、納得したようにうんうんと頷き、ニヤニヤする。
「よし、この調子でもう少し聞き出そう!」
ぐっと親指を突き出したシレーナに理沙はゆっくりと頷く。が、
「オリヴィアさん、それって翔太さんの事ですよね?」
空気を読まないことでは右に出るものがないと呼ばれたカロリーヌ。あっさりとオリヴィア本人に聞いてしまう。
「それは当然──って、あれ?」
「あ、やべ、酔いが覚めた!」
先程急にオリヴィアが恋について語り始めたのはカロリーヌが魔力操作で、強制的にオリヴィアを魔力酔いにさせたが故の事象であった。
「義姉様、なんてことしてくれてるんですか!」
さすがに怒られるシレーナ。
「いやいや、なるほど。本当に翔太が好きだったとはね〜」
「だ、だからそんなんじゃありませんわ!」
オリヴィアは必死に否定するが、その赤い顔を見た3人を誤魔化すのは最早不可能と言っていいだろう。
「オリヴィアさんは素直になった方がいいと思います。意地張ってると翔太さんは手に入らないですよ?」
「どういう……事ですか?」
「私が攫われた時、翔太さんを見て、自ら奴隷になりたいと志願する者がいました。他にも彼に思いを寄せる者を知っています」
「そうねー、翔太は割とモテるから義妹ちゃんも行動しなくちゃ、すぐ誰かに取られちゃうかもね〜」
「いえ、私はそんなんじゃ……。仮に私が彼を好きだったとしても、彼と私では身分の話もありますし、報われるようなものではありませんわ」
「でも、好きなんでしょ?」
シレーナの顔は先程までの茶化しではなく、真剣そのものだった。そんな様子を見て、オリヴィアは息をひとつ呑む。
「……はい」
そしてこくりと頷く。
「初めは気の迷いかとも思いましたわ。ただ彼が学園を去ってから会えない時間が続く度、彼を愛おしく思うようになったんですの。理沙さんに嫉妬したりもしましたわ。どうして私を連れて行ってくれなかったの?と」
「恋だァァァァ」
「はい。多分、恋ですわ……。意味もなく何度も彼から貰った手紙を読み返したり……。レナード様に婚約破棄されて、悔しかった記憶でさえ、今となってはショータに支えてもらえたいい思い出に置き換わってしまっているのですから……我ながら重症ですわ……」
「甘酸っぺぇ〜」
「シレーナさん静かにして下さい」
「で?次は?もっと義姉さんに聞かせてえ〜」
照れながらも翔太との思い出を語るオリヴィア。
恋バナは続く。
シレーナ達は時に笑い、時に顔を赤らめ、オリヴィアの話を聞くのだった。
評価ありがとうございます!!!
ついに総合ポイント300点いきました!
これからもコツコツ頑張るので、ぜひお読みいただけると嬉しいです!




