勝利の女神達
リシアは戦場へと向かっていく翔太の背を見送る。
「あの、リシア様?この状況で仲間割れはよくないんじゃないですか……?それに放火だなんて嘘をついたのも……」
恐る恐る、といった感じでエレナはリシアに声をかける。
「仲間割れなんかしてないよ。あれが私たちのコミュニケーションだからエレナが心配することじゃない。それに、暴れたのは本当だしね」
「──すみません。私のせいで」
「貴女の為に、ね」
放火をしただなんて嘘をついたのは、翔太を感情的にさせる為だ。彼はあまりにも落ち着いていた。
リシアは翔太の感情が普通の人に比べて抑圧されがちである事を知っている。そして唯一、彼の感情の全てを解放できるのは怒りであることも。
戦いにおいて、冷静な判断が大事だと言われる事はよくある。だが、リシアはそうは思わない。
意思だ。生きる意思。飢え。渇望。
戦場で生き残るのに必要なのはそれだけだ。
翔太を含め、技術を高めた人ほど感情を排他しようとする。だがそれは間違いだ。ルールのないあの場で最後まで立ち続けるなら、絶対に捨ててはいけないものだ。
先程の翔太からはそれを感じる事はなかった。
油断している訳では無い。けれど、必死さが彼には欠けているように見えたのだ。
しかし、今の翔太ならば平気だろう。
──仲間割れなんてとんでもないよね。翔太は私の言いたいこと、全部受け取ってくれた。
翔太は家族の前では決して弱さを見せない。
けれど私とペトラちゃんは知っている。
彼の臆病さも、優しさも全て。
だからこそ、エレナ達にはわからずとも、翔太とリシアの間には繋がる想いがあった。
「エレナさん。心配しなくてもだいじょーぶだよ。しょーたはちゃんとわかってるから」
ペトラは少し落ち込んだような顔をするエレナを慰めるように微笑みかけるとくぅっと伸びをする。
「そうですね。誰よりも付き合いの長い二人がそう言うのでしたら、そうなのでしょう」
エレナはペトラの言葉に納得するようにして、そのまま列に引き下がった。
それと入れ違うように前に出てきたペトラがリシアと共に家族と向き合うようにして立つと、リシアは口を開いた。
「これより我等は世界樹防衛戦を決行する。お前たちも覚悟は出来ているな?」
「「「主の為ならば」」」
「仲間の為に命を差し出す覚悟は出来ているか?」
「「「家族の為ならば」」」
「ならば。私が許可しよう。存分に力を振るえ」
「【常夜の祝福を】」
ペトラは加護を授ける。
小さく鳴るベルの音に耳をすませば、更なる深淵に手が届く。
正義を捨てた者だけが受け取ることのできるこの力を手に入れる為、彼女達は日々の訓練に励んでいた。
残念なことに、翔太だけは未だに正義の心を捨てきれず授かる事はできないが、ミリィや理沙を含め、この場にいる者は誰もが受け取ることのできる強力な力だ。
「「「我等、契りに従い敵を屠る事をここに誓う」」」
その言葉に同調するように彼女等の体に夜でも可視できるほどの暗い魔力が纏う。
契りとは黒の方舟を創設した時の13のルールである。
現メンバーで立案されたものを誓いとし、家族の為に戦うという覚悟の表れである。
一、主に仕えることを矜恃とせよ
〜主は絶対であり、それに仕える己もまた偉大である
二、平等を持って正義を制す
〜平等と正義は相反するものである
三、個のプライドを捨て、組織の一員としての誇りを持て
〜その命は主の前にて平等であり、等しく価値のないものと知れ
四、たとえ死ぬことがあっても負けてはならない
〜組織である以上個の責任は全員の責任となる事を自覚しろ
五、主のために生きよ
〜主の喜びが己の喜びである
六、隣人のために死ね
〜その命は友のために散らすことこそが美しい
七、主の許可なしに死ぬことを禁ず
〜1人でも欠ければそれは主の求めた組織に在らず。己の勝手で組織を壊すことは決して許されない
八、敵は殺せ
〜罪に大小はなく、お前の手は既に穢れている
九、裏切り者を歓迎せよ
〜主の意に背く者に祝福を
十、隣人を愛せ
〜その手は家族と繋ぐために
十一、主を愛せ
〜我らの人生も命運も全ては主に委ねられた
十二、世界は我らの手に
〜世界は我らの手に
十三、以上の掟に従うものを同胞として迎え入れる
〜我らは黒の方舟。世界を覆う罪人の衆である
以上がその契りの内容。毎度の事ながら、翔太は知らない。翔太がこれを知った時何を言い出すか、全員が悟っていたからである。そう、彼の知らぬ場で勝手に誓われているのだ。
しかし、リシアの経験上このようにルールが決まっていたほうが、軍として動きやすいというのも事実であり、採用することになっている。
図り知らぬ事ではあったが、宗教が根強いこの世界では実に良い案と言える。特に、契りの内容を考える際、カロリーヌがやけに積極的だったのが事実としてある。
「全員散開せよ。害虫駆除の時間だ」
──今宵、強者達の宴が幕を開ける。
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