不吉な予感
「そ、それはつまり我が軍に加勢してくれると言うことでしょうか?」
パパが通してくれた来賓用の小部屋で俺とパパは一対一で話し合いをしている。今後の戦争における男と男の大事な会議だ。
アンジーさんはマッマの方に挨拶へ行ったのでここにはいない。
アンジーさんのパパはアンボルト・ペアーというらしい。ここら一帯の領主さんで、昔は自ら戦場に立つような人だったとか。娘が産まれて丸くなったが昔はかなり厳しい人間だったらしい。
まぁ、自分が自分で言っていた事なので本当かどうかはわかんないけどな。
「そういう事です。けど、ひとつだけハッキリしておきたい事があります」
「それは?」
「俺たちはエルフの味方ではない」
その発言に対し、アンボルトさんは静かに息を飲むのがわかった。ただ、そんな目で見なくてもいい。味方でない以前に敵でもないのだから。
「俺は家族を守るために来ました。アンジーさん以外にも何人かエルフの家族もいます。彼女達が無事ならば当然戦争の勝ち負けなどどうでもいい。それにうちの家族の命が何よりも最優先です。当然誰も死なせるつもりもないですし、無理もさせません。あくまで大事なのは家族。別に貴方たちの命にこだわるつもりはないという事です」
「なるほど。つまり、共通の敵を持つだけで、決して仲間になる訳ではないが敢えて敵対する気もないという事ですね?」
「そうなりますね。それで?此度の戦争への参加は可能でしょうか?」
時間が惜しい。
俺は少し急かすような形でアンボルトさんの意見を求める。ただ、自軍の危険にもなりうる存在、ましてや初めて会った人族を信用するかどうかは個人の判断のようでいて、エルフという種族の判断でもある。
そう易々と引き受けられないというのも、俺だって重々承知である。
「貴方が断わるのならエルフもドワーフもまとめて敵に回します。それでもきっと、俺たちの方が強いでしょうね」
身バレ防止のため、できる限りペトラの力は使わせたくない。
けれど、島国をひとつ消しされるほどの力を持った彼女に一掃してもらうなら、むしろエルフも敵に回してしまった方が目撃者を全消しできるので、こちらとしては好都合である。
半ば脅しのようにはなってしまったのは俺が内心で焦りを覚えているから。
「……わかりました。軍には黒服の精鋭が40人ほど戦場へ向かう事を伝えましょう」
よし!渋々といった感じではあるが、どうにか呑んでくれた。
「ありがとうございます。では、そのように」
俺は後ろに控えていたメイドさんにアンジーさんに戻って来るようにと言伝を頼むと、何故か無言で気まずい雰囲気をアンボルトさんと2人味わった。次会う時には雑談も出来る関係になりたいな。
──〇〇〇〇──
翔太が帰って行った後、部屋に一人取り残されたアンボルトはふっと息を吐いた。
ティーカップに口を付けようとするが、食器がカタカタと音を鳴らし、上手く運べない。
そう、未だに全身の震えが止まらないのだ。
元々エルフというのは精霊と密接な関係のある種族である。特に、世界樹の傍であるこの地ではその加護を受けるもの者も多くアンボルトもまた、そのうちの1人である。
まさか、たった数ヶ月会わないうちに……
彼は確かに恐怖したのだ。実の娘に。
娘に抱き締められた時、アンボルトは自らの心臓が萎縮したのを感じた。
「これでは父親失格ではないか……」
アンジーはまだ100歳を超えたばかり。
エルフからしたらやっと成人といった年齢だ。世間知らずなところもあったが、よく笑ういい子だった。
そして、今も変わらない。
だが──あの内に秘めた力はなんだ?
アンボルトも昔は剣一本で戦場を駆け抜けてきた男だ。
それなりの実力もあると自負している。
それでも、あの男は愚か、娘にさえ、傷1つ付けられる気がしない。元より愛娘に傷一つ付けるつもりなど微塵もないがそれでも、力量差を考えれば手も足も出ないだろう。
「~~~~~~~~」
「はっ。馬鹿を言え。愛の力だけでどうにかなるような話ではない」
アンボルトはいたずらに囁く精霊の言葉を鼻で笑う。
「~~~~~~~~」
「何?アンちゃんがあの男に好意を寄せているだと?それこそ戯言よ。ついこの前までアンちゃんはパパと結婚すると、そう言っておったのだぞ?お前だって知っておろう?」
「~~~~~~~~」
「ふっ。何を言うかと思えば。もう100年?たった100年だ。アンちゃんは今でも純真な私の天使なのだよ」
子離れ出来ないパパはそんな事を言う。
「それに──」
それに、人族が他種族と婚姻を結ぶなど、かつて1度としてなかった。結婚というのは奴隷と主人の主従関係ではなく、対等な関係の者同士が結ばれるものを指す。
確かに、今日見た娘は奴隷というにはあまりにも大事にされ過ぎている。身だしなみもしっかり整えられているし、食事もしっかり摂っているようだ。そして、あの目──黒い青年を見るあの目は確かに信頼の情を写していた。
だから自分の娘が信じた男をアンボルトもまた、信じてみようと思ったのだ。
どちらにせよ、愛娘が幸せと言うのなら、自らは見守るまでの事だが。
それでもあの男が娘を泣かすような事があれば──
「パパが責任持ってアンちゃんと結婚する」
「~~~~~~~」
「ん?……無理だ。確かに『黙れ小僧!娘はやらん!』というセリフとシチュエーションはずっと温めてきた。しかし、卓袱台をひっくり返したとして、あの男には勝てっこないさ。拳1つ当たらんよ」
精霊からの言葉に、アンボルトは自嘲気味に笑った。
それに賢いアンジーの事だ。どんな世界であってもきっと上手く生きていくだろう、とそんなことを思う。
──パキンッ
突如、手元のティーカップにヒビが入った。
「はぁ。アンちゃんに何事もなければいいのだが……」
アンボルトは今日何度目か分からないため息を吐き、ソファーに沈んだ。
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