【閑話】後日談。
──拝啓 春暖のみぎり、貴方はいかがお過ごしでしょうか。季節の変わり目は体調を崩し易いといいます。貴方のような馬鹿であっても、気付かぬとは言え風邪自体は引くのだと聞きました。少し、ほんの少しだけ、かなり少しだけ心配です。
さて、2週間前にも手紙を出させて頂いたわけですが、未だに返事が来ません。手紙の中継を頼んでいる者からは少し重いのが原因と言われましたので、稽古時間を増やし、更に身体を引き締めてみた所存です。
これで貴方からの手紙が届くのでしょうか?私は待つのが嫌いです。実は最近この国の法律に、手紙の無視は死刑というものが加わるという噂をご存知ですか?ある公爵家のご令嬢様に立案されたようです。怖いですよね。ぜひ貴方も気をつけて下さい。
p.s 婚約者がいなくなってしまったことで、私は春休みに予定が空いてしまいました。そこで友人の家に遊びに行くか、逆に我が家へ友人を招きたいと思っています。どこかに私と過ごしてくれる方はいないでしょうか。
俺は最後までを読んではぁっとため息を吐く。
この手紙は当然オリヴィアが俺に宛てたものだ。
セレナと、オリヴィア専属料理人を中継として、2週間に1度、この手紙が届く。
無駄に綺麗な字で綴られた脅迫文を花の香りがする封筒に仕舞うと、俺もさっそく返事を書く準備を始める。
後回しにした結果、また前回みたいに返事を忘れてしまっても困る。寮生活をしてるオリヴィアにとっては数少ない楽しみらしいし、努力家の彼女のささやかな息抜きになってくれれば幸いだ。
えーっと出だしは〜
春がやってきました。どうやら私は花々からモテるようで、毎日のように迫られています。
こんな感じでいいか?
内容は〜
お返事書けず、申し訳ありません。がっつり忘れていました。貴女が努力家なのは知っています。しかし、重いというのは、物理ではなく精神の方です。話題にでてきた公爵令嬢様も少し重いですね。オリヴィアさんはその公爵令嬢様のように変な法律を作ってはいけませんよ?むしろ、お返事が来なくなります。
p.s リーシャが暇してます。
よし、こんな感じかな。
「セレナ〜これ、オリヴィア宛の手紙〜」
俺は少し離れたところにいるセレナに声を掛けるが、その手紙は別の人物にひったくられる。
「まーた、ひどいこと書いてる。書き直しなさい」
「えええ?なんでー?」
「私の義妹だぞ。もっと大事にしなさい!」
「だーかーらー!元、だろ?レナードにはがっつり婚約破棄
されてたから」
「あいつはどうか知らないけど私との縁は切れてないの!」
「……んむぅ。けどシレーナが添削すると、めちゃくちゃ女々しい文になる上、ほとんどシレーナが書きたいことばっかになるだろ?」
「それはそうかも!鋭い指摘をありがとう」
「今回は控えてくれる?」
「任せなって!」
「ん」
俺は新しい紙を用意して手紙を書く。
シレーナの指示に従って丁寧な挨拶から始まったその手紙は数枚に渡り──できた。
「うん。これなら彼女も満足するでしょう」
そうか。ならよかった。
俺は今度こそ手紙を封に入れてセレナに届けた。
──〇〇〇〇──
オリヴィアはショータから届いた手紙を丁寧に開封すると、ゆっくり目を通す。丁寧に綴られたその1文字1文字が彼女の心を弾ませる。
p.s リーシャが暇してます。
「……………………」
オリヴィアは唯一翔太が修正しなかったその文を見て固まる。そういう事じゃないだろう、と。もっと別の意味があるのに気づけ、と。オリヴィアは強く悶える。
リーシャもまた、オリヴィアにとっては大事な友と言える存在だ。休みの期間に会えるのなら、それは喜ばしいことである。
けれど、オリヴィアが今回の手紙に込めたのはそういった種の話ではない。是非ショータに来て欲しいと、暗に込めたつもりだったのだ。
「私の書き方が悪いのかしら?」
あんなにも真っ直ぐ、オリヴィアの内面を見てくれたのは翔太が初めてかもしれない。今思えば、周りの人間は努力ではなく結果だけを見て、彼女は天才だから、と一線を引いていた。
そんな中、やっと彼女を認めてくれた人。
なのに、気づくのが遅すぎた。その後、たったの一日でお別れだったのだから。
「もう1回留学に来る気はないかしら?」
そんな事を呟いては、即否定する。あのレナードが許すはずもない、か。
彼も彼で色々と思う事があったようで、数日後、オリヴィアの元に謝罪の手紙が届いた。
クラスが違うこともあり、関わりは一切途切れてはいるものの、オリヴィアも彼については多少気にかけてはいるのだ。
「それはそうとして春休み、もう一度話したいわ」
翔太が学園を去った日──
「理沙、帰るぞ。全部荷物を纏めて、学園を出る準備だ」
そう言って去って行く翔太をオリヴィアは追いかけた。
どうしても聞きたいことがあったから。
「ねぇ、最後に教えてほしいんだけど。私の良いところってどこなのかしら?」
──レナード様に放った、あの時の言葉。もし本当にこんな私にも良いところがあると良いのなら、それを自信に変えていつか、いつか──
「そうだな。まずひとつ、努力家なところが好きだ。自分に厳しく、己を律する。そんな所に、俺は惹かれた」
「……っ」
正面をきってそんな事を言われては、オリヴィアも赤面せざるを得ない。無意識のうちに加速する鼓動をどうにか抑え、翔太に目を向ける。
「つ、次は?」
「ふたつ目は他人の為に行動出来るところ。厳しさの裏にある優しさに、みんな救われてるはずだ」
「そ、そう。それで?最後は?」
居た堪れなくなったオリヴィアはさっさと全部聞いてしまおうと、翔太に次を促す。でなければきっと、この場でニヤけてしまうだろう。そう思った。
「みっつ目はおっぱいだな。程よい質感で、さらにサイズもなかなか。ベッドに入った時、少し触れちゃったんだけど、いいね。オリヴィアは割と細身だけど、胸にはしっかりと重量感があって、いい感じにハリもある。特に今日の勝負下着。赤っていいよな。戦う女って感じがする。ただ、まぁ男子の意見としてはこういう時には上下で揃えて貰えると更に眼福といいますかね──」
「……貴方、やっぱり馬鹿だわ!オチなんて別に要らないわよ!」
「ははっ。冗談だって。みっつ目はそうやって時々見せる女の子らしい一面だよ。普段凛々しい分、余計に可愛く見える」
「だから、そういう事じゃなくてっ……ふにぅぅん」
翔太に頭を撫でられた事で、オリヴィアは言葉に勢いをなくし、されるがまま、黙り込む。
そんな翔太とオリヴィアのイチャイチャをリーシャこと理沙は冷えきった目で見つめていた。
「それじゃ、俺はもう行くから。元気でな」
去って行く翔太。その背中にオリヴィアは声を掛ける。
「手紙!手紙、書くから。ちゃんと、返事書きなさいよ!」
「ああ。待ってる」
こうして、オリヴィアと翔太の文通が始まったのだ。
──〇〇〇〇──
「よく考えてみたら、あの男は馬鹿だったわ」
回想を経て、オリヴィアは翔太のおつむでは、深読みができないのではないか?そう結論を出した。
「単純で、空気が読めなくて、馬鹿で、タラシで……あいつ、とんでもなくどうしようもない男ね」
思い出せば思い出すほど、彼は頭の悪そうな男だった。
──ああいった馬鹿には直接伝えるしかないのかしら。
オリヴィアは筆を持つとサラサラと紙に記す。
丁寧な挨拶も、気取った文も要らない。
その手紙には本当に大事な言葉を一言。
貴方に会いたいです。
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皆様のメッセージや評価に励まされ、ついに悪役令嬢編も完結いたしました!
もう一話だけ、閑話を挟んで、次章に移ります。
これからもよろしくお願いします。




