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無責任を嫌う責任



 地を焼き尽くす業火はあっという間にオリヴィアを呑み込んだ。


 あんな魔力の技、俺でもタダでは済まない。

 

「主様。あれは少々マズいかもしれませぬ」


 同じ事を考えていただろうクハクが耳元に顔を寄せ小さく呟く。


「そうだな……あれは普通の人間が耐えられるような技じゃない」


 アーティファクトで展開した結界だって、どれほどの効果があるのか分からないのだ。


「いえ主様。少し違います。あの炎の色をご覧下さいまし」


「真っ黒だな」


「はい。あれは憎しみの業火でございます。故にあの男の憎しみが続く限り炎は燃え続け、憎しみが強まれば炎もまた強まる。そういうものです」


 それはつまり、結界の強度が0になった後も、オリヴィアを燃やし続けると言うこと。じゃあ──


「どうにかしなければ、彼女は間違いなく死にます」


 それは従魔としての言葉ではない。世界の火を司る聖獣としての宣告。


 ──やがて、業火の中から一人の少女が姿を表す。

 

 全身に火傷を覆い、今もまだ漆黒の炎に焼かれている。

 それでも、彼女は立っていた。


 オリヴィアは剣を握り、ふらつく足でレナードとの距離を詰める。


 肉の焼けた臭いが、選手用の観客席にいる俺の元に届いてくる。


初めてこの世界に来た(あの)時と同じ臭いだ……」


 静まり返った観客席はただその2人の行く末を見つめる。

 勝敗なんて、火を見るよりも明らかだ。

 それでも皆が目を離せないのは、その光景に、勝敗よりも、大事なものを見出しているから──



 レナードはふらふらと距離を詰めてくるオリヴィアに、流れるように杖を一閃する。


 オリヴィアはただでさえ、全身を焼かれている。

 もはや避けるような力は残っていない。

 レナードの放つ攻撃で、オリヴィアはいとも簡単に倒れ伏した。


 それでも、レナードに一撃入れようと伸ばす手を──レナードが踏み付けることで、オリヴィアの結界強度は0になる。勝負あり。正式にこの試合でのオリヴィアの負けが決まった。


「クハク、オリヴィアの炎を消せるか?」


「はい」


「理沙、怪我の回復の準備を」


「はい」


 俺は他に人のいない場では理沙、人前ではリーシャと呼ぶようにしているのだが──今はそんな事どうでもいい。


 オリヴィアはアーティファクトのお陰もあり、今はHPが減っていない。けれど、現在進行形で黒い炎に包まれるという状態異常のせいで、時間が経つほどに体力がどんどん減っていくだろう。素早い処置が必要だ。


 クハクが闘技場の真ん中で倒れ伏すオリヴィアにふっと一息かけると、黒い炎は瞬く間に消えていく。

 そのままボロボロになった制服の端を咥えてリーシャの元へと運ぶ。


『やっぱりリーシャさんはあの聖獣を従えていたのか』なんて会話を聞き流しながらリーシャは治癒を行う。


 元々戦闘系の魔法使いだったリーシャにとって、回復魔法は馴染みのないものだ。故にスキルレベルも低いはずなのだが、さすが聖女様。

 見る見るうちにオリヴィアの怪我が引いていく。



 保健の先生がここに来る頃には、オリヴィアの怪我は完治し、いつも通りになっていた。


「リーシャさんありがとうございますわ。──ショータも、私の心配なんてしてないで、次の試合の心配をした方がいいわ。レナード様は見ての通り、とっても強いもの」


「わかった。優勝の祝杯準備でもしておいてくれ」


 因みに、リーシャが回復魔法をかける際、はだけさせた制服の下──今日の戦いに臨んだオリヴィアの勝負下着は赤だった。



──〇〇〇〇──


 

 そして始まる決勝戦。

 俺とレナードの一騎討ちだ。

 できることなら、レナードにはオリヴィアに勝ってほしかった。けれど、直接こいつと対面できることを喜ぶ自分がいるのもまた事実だ。


「どうした?顔が腫れているぞ。キミが無理やりリーシャを手篭めにしようとするからフラれたのだろう」


 な訳あるか。俺の邪な思考を察したオリヴィアにビンタされただけだ。

 

「オリヴィアのせいで、全部台無しだ……。何故あいつはあんなにも堂々としていられる?盗賊如きに負け、大勢の前で婚約破棄され、友にも裏切られた。なのに……なのに何故、あいつの隣にはお前もリーシャも……」


「人徳」


「……っ!ふざけるな……」


「いや、俺は本気でそう思ってるけどな。それが他人の為に高みを目指して努力する人間と、自分の為に周りを蹴落として高みから見下ろす人間の差だ」


「クソがっ……!俺の周りは使えない奴らばかりだ。戦争で負けたあのクソ兵士共も、あの盗賊共も、オリヴィアも、リーシャもどいつもこいつも、どいつもこいつも、どいつもこいつもどいつもこいつも──全員死ねばいい。お前もだ!」


 俺たちは闘技場のど真ん中、観客席に声が届いていないだろうとは言え、何やら揉めているのは多分他の生徒にも伝わっているのだろう。ザワザワとし始めた会場を見た審判が試合の準備を始める。


「魔術大会決勝戦!ショータ・コン・ルーザス対レナード・ターブン王子!」


 戦いが始まる。

 これ以上無駄口を叩くつもりも、手加減をするつもりは微塵もない。さっさと倒してしまえばいい。


「始め!!」


 合図と同時に俺は真っ直ぐレナードとの距離を詰め、拳を振りかぶる。


 それに対し、レナードは魔法を展開しようとするが──


「間に合うわけがねぇだろ」


 その拳はそのままレナードの腹部に吸い込まれるようにして突き刺さると、レナードは呻き声を上げながら蹲る。


「うっ……クソ、ふざけんなよ……」


「ふざけてるのはお前だ」


 さっきから似たようなことばかりいいやがって。


 更に俺はそのまま彼の顔面に蹴りを入れると、レナードはそのまま倒れる。これまで手加減してきたものとは比べ物にならない、正真正銘、本気の一撃だ。



「立てよ」


 ついさっきレナードがオリヴィアに対してかけた言葉を俺はそのままレナードに返す。


 レナードは腹を抱えるようにして蹲るが、俺は胸ぐらを掴みあげ、無理やり立たせる。


 ──泣いてやがる。たった2回殴られただけで。


「泣くんじゃねぇ、クソ王子!」


 お前が捨てた女は俺の憧れた女は、これしきの事じゃ折れなかったぞ。


 俺はあの日、級友のため命を燃やす英雄(ヒーロー)の背中を見た。


 気高く、泥にまみれてもなお美しく彼女は立っていた。


 お前みたいなクズが嗤っていいような女じゃない。


 あいつは誰よりも努力家で、その努力が身を結んできた。

 故に、努力しない奴の考えてがわからないし、結果が出ない奴の気持ちがわからない。


 当然人当たりも強くなって、疎まれることもあっただろう。事実、俺だって あの女が嫌いだった。今でも全てを許容はできない。


 だけど、尊敬はしてる。憧れている。


 その女は立ち上がったから。



 それにお前がクソだと言ったあの兵士達だって、命を掛けて戦った英雄達だ。お前に何がわかるって言うんだ。


 見たことあるか?

 戦場にゴミ山の如く積み上げられた死体を。


 嗅いだことあるか?

 焼けた肉と血の匂いを。


 聴いたことあるか?

 苦痛を喘ぐ叫びと泣き声を。


 あるわけないよな、お前は守られる側の人間なんだから。決してお前がその舞台に立つことはない。


 ……あの戦士達が、国のために剣を取った勇敢な騎士たちが、こんなクズの()()()命を落としたのかと思うと、怒りで頭がおかしくなりそうだ。


「なのに、なんでお前が泣いてんだよ……」


──〇〇〇〇──


 今から半年ほど前、きのこ派とたけのこ派による大戦が、この国の南方で勃発した。

 そう。翔太がリシアとペトラと出会うきっかけとなったあの戦争だ。


 その戦争のきのこ派を軍師として指揮していたのが、シレーナだった。かつて、シレーナは王女でありながら、優れた軍師でもあったのだ。

 彼女の采配は瞬く間に戦況を変え、あの星砕きの魔王の力でさえ、抑え込むほどの腕を見せた。


 しかし──そこに現れたのは第三勢力、万能神ゼーベスト。得体の知れない存在が現れたという現場からの報告に、シレーナは全軍撤退を命令するも、レナードがそれを拒んだ。


 撤退命令を出した姉に代わり、王子であるレナードが指揮を取り国を勝利へ導いた。

 私利私欲に目が眩んだレナードはそんなシナリオを描いていたのだ。


 その結果、生還者0名、更には光の勇者リシアをも失う大戦犯となる。生き残りがいないのだから、魔王の生存も確認できない。国の信頼はどん底にまで堕ちた。

 

 そして、民からの不満、軍の信頼、様々な亀裂を生んだ国がとった行動は責任者の処刑──つまり、シレーナ王女の公開処刑だった。


 完全な濡れ衣。レナードはシレーナに全てを押し付け、事実を闇に葬ろうとしたのだ。



「お前に何がわかる!俺の邪魔ばかりしやがって」


「もういい……わかった。──黙ってろ……」


 お前に期待なんてしないから。



 アイネクライネナハトムジーク第十八金剛烈空丸・華叉。その刀身は闇のように美しく、纏う桃色の魔力によってまるで、夜桜のようにも見える。


「な、なんだその刀は……」


 翔太の身の丈ほどあるその刀は重く、鋭くそして鮮やかにただ視線を集める。


 若干1名、その刀よりも翔太が手に持った魔法袋(白ブリーフ)に目を奪われているものもいるが。


 風の聖剣を改造して作られたこの刀は、持つ者の魔力に応じ、魔法の力を顕現させる。


 主な能力は3つ


 吸魔:周囲の魔力を吸い取る。


 空間断裂:敵との間合いを全て無効化する。


 覇の一撃:吸い取った魔力を刀に相乗させる。


「魔法が発動できない……だと?」


 当然だ。一度この刀を抜いてしまえば、余程の力がない限り、魔法は発動できない。

 辺りに魔法使い系の職業の人間が多いだけあって、相当な量の魔力がこの刀に集まる。


「軽々しく死を語るお前に本物の死を教えてやる」


 覇の一撃。これを食らってしまえば、いくらアーティファクトの結界があったとしても無事ではいられないだろう。確実に死ぬ。


 刀に収束する桃色の魔力はやがて膨張し、弾け、満開に咲き誇る。


 翔太は刀を振りかぶり──


「【死ね】」


 ────


 「「待って!!!」」


 そのタイミングでリーシャとオリヴィアが割って入る。


「ねぇ、翔太先輩!これは試合ですよ!戦争でも喧嘩でもないって、さっき言いましたよね!」


「そうよ。それだけの魔力を放ったりなんかしたら、他の生徒まで巻き込むことになるわ」


 翔太は半ば狂気に呑まれていた。

 が、寸での所で2人が間に入ることで、何とか翔太も冷静を取り戻す。


「ごめん、悪かった」


 翔太は2人に謝ると、すっとレナードの方へと視線を向ける。


「なぁ、お前なんでオリヴィアと婚約破棄したんだ?」


 それはずっと翔太が抱いてきた疑問である。


「相応しくないからだ」


 レナードは額に張り付いた金色の髪を退かしてそう答えた。その目はただ地を見据えていて、翔太とは合わせもしない。


「確かに相応しくないな」


 翔太はレナードの言葉を肯定する。


 オリヴィアは普段の強気な態度とは裏腹にしゅんと身体を縮こませ、翔太を見た。


「違うぞ。お前は誇っていいんだ。オリヴィア」


 翔太は少し照れた様子で、オリヴィアにそう告げると再びレナードに向き合う。


「お前如き(ごとき)にオリヴィアは相応しくない。けれど、それでも、オリヴィアはお前を受け入れたんだ。お前は何も見えちゃいない」


「お前は、こいつが俺より価値のある人間だと言うのか?」


「それに気づけないのは罪じゃない。罰だ。お前がその程度だっただけだ。だが謝罪は必要だ」


「冗談言うなよ」


「冗談?お前はこの場において本気で俺が冗談を言っているように思っているのか?」


 レナードは答えない。


「なぁ、教えてくれ。お前はこいつのどこが相応しくないないと感じたんだ?」


「痛っ」

 オリヴィアが小さく呻く。

 翔太は無意識にオリヴィアの肩を抱いていたようで、どうやらその手に力が入ってしまったらしい。


「全てに決まっているだろう」


 ──出たよ。俺の嫌いな言葉。どこかと言う問に対しての「すべて」という答え。嘘をつくなと言いたくなる。


「全てだな?ならその全てを今言え。ひとつ残らず羅列しろ。俺は少なくともこいつの嫌いなところは20個言える。お前には何個言えるんだ?」


「……」


「逆に好きなところなんて3つぐらいしか浮かばない。お前はこいつのどこに惚れたんだ?」


「……」


「そうかよ。黙りか。──もういい、理沙、帰るぞ。全部荷物を纏めて、学園を出る準備だ」

 

「え?いいんですか?」


「ああ。もういい。あんまりだ」


 翔太は湧き上がる黒い感情を抑え込みながら、教室の方へと姿を消した。


ブックマーク、評価、いつもありがとうございます!!

これからもよろしくお願いします!


悪役令嬢編の本編はおしまいですが、閑話として続きは書きます。

((((こんな終わり方じゃ作者がすっきりしない)))

ちゃんと落ちるとこに落とすつもりですので、次の話をお待ちください。


~以下ネタバレ~


↓↓↓

次の章は世界樹編です。

少しほのぼのした後、家族全員で戦争に向かいます。

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