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アニマルヒーリング



「クハクありがとうな」


 ぺろぺろと頬を舐めてくるクハクの耳をコリコリと撫でながら、俺はお礼の言葉を零す。


 ドナドナ団擬きの一件のせいで昼からの授業は全て休み。他のクラスの生徒も含め全員が寮へと強制送還された。


 現在は部屋から出ることも禁止されているため、俺は部屋着に着替え、ベッドの上でクハクのもふもふを楽しんでいる。


「主様、本当に宜しかったのですか?あの場は主様が抑えればよかったのではないですか?」


「別にいいんだよ」


 そう。あの場を静めたのはうちの頼れるペット、クハクちゃんだ。


 クラスメイトが放った魔法に擬態して、クハクをあたかも彼女の攻撃であるかのように見せかけたのである。


 何故か。


「1度でいいからさ、力を隠して学園生活を送る元英雄みたいな気分に浸ってみたかったんだよ!ヤレヤレとか言いながら、正体がバレないように周りの人を助ける的なね!」


 嘘だ。

 俺が動かなかったのは彼女に見蕩れてしまっていただけ。そのせいで援護が遅れたので、クハクに対処してもらったという始末である。


 普通、ただのクラスメイトのために命張れるか?

 無理だろう。

 執拗いようだが、俺は授業中にはテロリストから可愛いクラスメイトを助けるようなヒーローになる妄想をしていた。何度も何度も繰り返してきた。


 だからこそ、わかるんだ。

 そんな事、簡単に出来るはずない。無理なんだよ。

 たかがクラスメイトのために、何十人もの大人相手に剣を構えるなんて、普通じゃない。人はそんなに強くなれない。


「今すぐにでも、クハクのことみんなに自慢したいなぁ。さっきのうちのペットがやったんですよって言いたい!」


「そ、そんなの、恥ずかしゅうございます」


 クハクは照れたように布団の中へと潜り込んでしまう。


 ──頭隠して尻隠さず。


 九つの尾だけは布団からはみ出しているため、モサモサと撫でる。その尻尾は言葉とは裏腹にパタパタと揺れている。まるで綿菓子のようなその手触り。


「心癒される〜」


 これ、口に含んだら甘く溶けてしまうのではないだろうか。思い立ったら即行動。魔が差した俺は口を広げその尻尾に噛み付こうとすると……


 ──コンコン


 絶妙なタイミングで部屋のノックがなる。



「どうぞ!」


 俺はクハクを魔法袋に収納すると、扉を引く。


 少し目線を下げたところにあった顔は、この学園に来てから何度も見たもの。


 オリヴィア・カサンドル・ヴァシュラールのものだった。


「おはよう。大分平気そうだな」


「おはようございますでしょ?」


「おはようございます」


「えぇ、おはよう」


 お前はございます付けないのかよ……。


「それで?どんなご要件で?」


「いえ、貴方に治療してもらったと聞いたからその、お礼に来たのよ」


 そう言えばそうだった。こいつはあの後俺が治療したのだ。肋骨4本折れてたから結構な衝撃の蹴りをくらったんだと思う。


 痛かっただろうなぁ……。

 リシアに十字架に貼り付けられて、タコ殴りにされた日々を思い出すぜ。最後にあの特訓してから2週間も経つのか。懐かしい。



「そうか。わざわざありがとうな。ゆっくり休めよ」

 俺はそれだけ言い残すと扉を閉める。


 しかし、その扉が完全に閉まり切ることはなく、彼女の足によってせき止められた。


「ふんっ!」


 勢いよく扉を閉めても、その足はビクともしない。


「おい、足が挟まってるぜ?」


「貴方本当に言葉遣いがなってないのね」


「貴女本当に態度がなってないのですね」


「うるさいわ。というか、貴方が私にお礼を言っただけで私はまだ言えてないわ」


 確かにそうだった。


「まずは部屋に入れてもらっていいかしら?」


「は?なんでだ?別に一言お礼言って終わりだろ?そんなん別に部屋の前でいいだろ」


「貴方は私をなんだと思ってるの?」



「……うるさいおだまりさん」



──〇〇〇〇──



「女の匂いがするわ。ベッドも体温が2種に別れてる」


「お前は名探偵か!」


「真実はいつもひとつだけよ。それともまた殴られたいの?」


「断る」


 たった今俺の頭にはたんこぶが2つ乗っている。

 まるで鏡餅のようにも見えるそのケガは俺がおだまりさんと呼んだが故のものである。



 俺は部屋についた小型のキッチンのようなところに貯えてある水を魔法で沸かすと彼女のために紅茶を用意してやる。良い奴だろ?俺。



「……っ!これ、あなたが淹れたの?」


「そうだけど、なんで?」


「いえ、なんでもないわ」


 多分これまでに飲んだことがないほど美味かったんだろうなぁ。我が家の紅茶は少々特殊なのだ。

 大体の人がこの反応をするので、正直、顔を見ただけでわかる。セレナ、お前の仇は今俺が取ったぞ!


「男子寮に女子生徒を連れ込むのは校則違反よ」


「別に連れ込んでねぇよ」


「あら、私に嘘をついてもいいの?」


「嘘じゃない。それに連れ込んでいたとしても問題ない」


「それは何故?」


「その場合、お前も道連れになるからだ。ただでさえ今日の事で誰も部屋から出ることが許されていないこの環境で、ただ一人お前だけは部屋にいない。どころか男子寮に来ているのだから」


「馬鹿ね、私は公爵家の人間よ。貴方と私一体どちらを信じるかしら?」


 卑怯な奴め。そのドヤ顔もムカつく。

 そもそも俺、爵位聞いてもよくわかんないし。


「で?その公爵家のご令嬢様ってのは俺より偉いのか?」

 久しぶりに虎の威を借る者の付属効果である威嚇を発動して威厳たっぷりの態度で聞いてみる。


「そこまで強気に出られるとちょっと自信なくすわ」

 オリヴィアは少し引いたようにジト目で俺を見た。

 

 俺は心の中でガッツポーズを決める。俺の勝ちだ。


「さて、レナードはどう思うかな?自分の婚約者が他の男の部屋に入り浸っていると知ったら!」


「そ、それは……」


 よし、勝った。圧勝だ。


「はっはっはー。オリヴィアよ。悪いが俺は知能の低い女にマウントを取るのは慣れているのだ」


「どんな人生よ」


「それに……」


 俺は白ブリーフ、もとい魔法袋からクハクを取り出す。今は幻術で子猫になってもらっている状態だ。


「オリヴィアが言ってる女ってこの子じゃないか?一応この猫、メスなんだけど……」


 オリヴィアは顔をずいーっと近づけて、猫を見る。


「可愛いわ……!!!」


 オリビアは頬を緩めてクハクの前足の肉球をふにふにと触り始める。


 なんだ、そんな顔もできんのかよ。


「肉球!ふにふにだにゃぁぁ。にゃおーん。可愛いでしゅねぇ……こっち向いてくだちゃいにゃん」


 可愛いのはお前だ!!!

 ふざけるな。なんで普段はあんな毒舌キャラの癖して猫の前だけキャラ崩壊してんの?


 地球にはこんな言葉がある。

 ギャップ萌え。数多くの童貞を落としてきた奴隷魔術の内の一つだ。俺もこの技術で何回かテイムされかけている。


「ねぇ、この子名前はなんて言うの?」


「あ?あぁ、この子はクハクって言うんだ」


「そう。クハクちゃんでしゅか!いい名前だにゃ〜」


 俺は自らの頬を抓り、精神を平定させる。


「鎮まれ……鎮まれ!!!」


 突如、目にも止まらぬ速さの猫パンチがオリヴィアに向かって飛んで行った。


「主様。この女、先程からウザったいです。さっさとワタクシ達の愛の巣から追い出してくださいまし」


 クハクも怒ることあるんだな……。

 俺も冷静になった。


「オリヴィア、大丈夫か?」


「えぇ、平気よ。猫は気まぐれな生き物だもの」


 当然だが、オリビアにはクハクの言葉が理解できない。

 ただにゃあにゃあ言っているだけにしか聞こえていないだろう。


 咳払いをひとつした後、さっきのことなどなかったかのようにクールビューティーを取り戻したオリヴィアはティーカップに口を付ける。


 やはりお気に召したようだ。実に美味そうに飲む。


「なぁ、結構真面目な話、早く帰れよ?見つかると俺もやばいんだけど?」


「……そうね。今日はもう帰るわ。お礼はまた後日という事で」


 ……この女、本当に何しに来たんだよ……


 部屋を出ようと彼女が扉に手を掛けると──


 コンコンコン。


 ノックする音が部屋に広がった。


「きゃっ」


 開けようとしていた扉が急に音を立てたことに驚いたオリビアは普段出さない様な高い声で、小さな悲鳴を上げた。


 馬鹿か!俺は急いでオリヴィアをベッドの中に押し込めると自身もそこに潜り込む。


 ガチャリ。


 部屋の扉が開く音が聞こえる。


「なんで貴方まで入って来てるのよ」


「いいか、オリヴィア。今だけは我慢しろ」


 シングルベッドに大人が2人。


 布団に潜っているため、お互いの顔は見えないが、吐息は触れるような距離だ。


 鎮まれ俺の左心房。


「死ぬわよ?」


 別にボケじゃねぇよ。


「おい、留学生。起きろ」


 俺は後ろから掛かる声を無視して必死に寝たフリを続ける。


 できる限りオリヴィアに密着してベッド内に2人いることを悟られまいと祈る。


「おい──」



 結局、5分程経って俺が起きない事を悟るとそいつは部屋を出て行った。


 はて、あいつはなんの用でここに来たのだろうか。


「おい、オリヴィアもういいぞ」


 俺は布団の中で丸まったオリビアに声をかけると、いち早くその場を退避した。


 オリビアはモゾモゾと起き上がるとそのままベッドを降りて制服のシワを伸ばす。



「バレる前にさっさと帰れ」


 俺は半ば追い出すような感じでオリヴィアを見送る。


「そうね……。それじゃあ、ご機嫌よう」


「あぁ。じゃあな」


 オリヴィアが部屋を出ていったのを見てほっとため息を吐く。



 ──固有スキルを獲得しました。


 NっTR……手がネバネバする。


「……」


 婚約者がいる女と同じベッドに入ったら変なスキルを獲得した。なんだこれ。使い道あんのか?


「ちっ……」


 それにしても……あんな奴でも、やっぱ女なんだな。

 めちゃくちゃいい匂いしたし、すげぇドキドキした。


「ちょっと悔しいな……」


「主様?どうしてワタクシと二人きりの時に他のメスの事を考えてるのですか?」


 え、怖い。


 俺は殺気立つクハクから距離をとるために、ティーカップを片付けようと、机の方を見る。

 そこには先程までなかった一枚の紙が乗っている。

 さっき部屋に来た奴が置いて行ったのかもしれないな。





『オリヴィアさんどうしてこんな所にいるんですか?』


『せ、先生……!?わたっ、僕はただの女装趣味の留学生ですよ?男子寮に女子生徒がいるわけないじゃないですか!』


『あら?そうだったの?貴方ウィッグ付けるとオリヴィアさんに似てるのね』


『やめてくださいよ、先生。留学生の僕とオリヴィアさんが似てるなんて言ったら、きっと彼女は僕の事殴り殺しちゃいますよ!』



 外から聴こえる物騒な会話が少し気になったが、それよりも手紙だ。


「……なんだよこれ」


 俺はその文を読み目を見開く。

 その紙に書いてあった内容は──

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