ヒーローと傍観者
地球にいた頃は授業が退屈でしょうがなかった。
ただただ暇で怠惰に一日を消費するしかない、そんな人生だった。
そんな俺が授業中にしていた事はいつも同じ。
一言で言うのならば、男の妄想。
二言で言うのならば、H、EROか、HEROの妄想。
そんな中でも、俺は後者の方が多かったと思う。
もう何回したかもわからない、テロリストから可愛い子を救うという妄想。
そんなふうに時間を潰していた。
俺はヒーローになりたかったのだ。
今にして思えば、それはたった一人の友人に変えられた価値観の影響だったと思う。
あいつはかっこよかった。
惚れた。
憧れた。
いつか俺はあいつみたいな男になりたかった。
大事なものを掴んで離さない英雄に。
本当に大切なものは果たしてなんなのか。
勇気とは、意志とはなんなのか。
きっと彼は知っていたのだ。
そして俺は今日、それを知る──
「なんだ、これ……」
俺は微睡む視界の端で何かが蠢くのを感じた。
次いで、肌をナメクジに這われるような嫌な感覚。
俺の敵感知能力が働く頃には既に、教室にどデカい穴が開いてた。爆発などではなく、壁が異次元に飲み込まれるかのように消失したのだ。
「大人しくしろ!全員その場から動くんじゃねぇぞ!」
言うが早いか、白色のローブを着た奴が数人と黒色のローブを着た奴が数十人部屋に入って来て、女子生徒を数人捕縛しだした。
どうやら目的は誘拐らしい。
「……っ!この魔力は!」
俺は意味深に呟く。当然、伏線はあった。
そう、俺はこの魔力には覚えがあったのだ。
今感じる魔力、それはバレンタインの日に図書館で感じたものと酷似している。
フードを被っていたせいで気づかなかったが、集団の中にはこの前学校の側で見かけた爆乳のお姉さんもいた。
あのシルエット間違いない。あんなにくっきりとしたシルエット、俺が見間違うはずない。
「計画的犯行だったのか……」
大したことないだろうと無視していたのが悔やまれる。
俺からしたら全員雑魚だが、ここの生徒からしたら太刀打ち出来ないような相手だ。
下手をすればこの場で死人が出る恐れすらある。
「あ、あれは……ドナドナ団だ!」
混沌とする空間の中で、誰かの悲鳴が響く。
当然相手はドナドナ団ではない。確かにみんな出掛ける時はローブを着ているけれど、男は俺だけだし、何より黒色のローブで統一している。そして、犯行は夜だけ。
だから当然勘違いなのだが──
「無理だ……」
「全員死ぬんだ……」
「いやよ、死にたくない!」
その声を聴いてしまった者から、恐怖は伝染していく。
何故なら、ドナドナ団に狙われたら最後、楯突いた者は皆殺し、生きて帰った人間はただの一人として存在しないからだ。
オマケにこの国の王女、シレーナまでもが攫われている。元々死刑囚だったとは言え、彼女を攫う際には何人かの騎士と戦いになった。当然の如く、その公開処刑を拝みに来た輩はドナドナ団の強さを知っている。あの時は状況が状況だけに昼間の犯行だった。
恐怖が恐怖を呼び、辺りは悲鳴で溢れかえる。
ここは俺が行くしか──
「気をしっかり持ちなさい!」
その時、どこからか叱咤の声が響く。
声の主は──オリヴィアだった。
この場においても彼女は気高く、クラスメイトを守るようにして男達と対面する。
しんと静まり返った中で誰もが彼女に縋るような目を向けた。
この場において魔法使い職である生徒はほとんどが無力であると言っていい。
他力本願。
自力でどうにかするつもりの人間など、このクラスには彼女を除いて誰一人としていない。
「貴方たちの目的は何?」
「決まってんだろ?誘拐だ。攫って、愉しんだ後、親に高値で買い戻させる。そうやって俺たちは生きてんだ。お前も愉しんだ後はちゃんとお家に返してやるよ」
「……っクズね」
「がっはっはっはっは。お嬢さんよ、この世はクズに優しくできてんだぜ」
「まぁ、いいわ。死にたくなければ今すぐその子たちを解放してこの場から消えなさい」
「わかった、わかった。お前らの先生が駆けつけてくる前にさっさと消えさせてもらうぜ。まぁ、こいつらは頂いて行くけどな」
「そんなの、許すわけないでしょ!!!」
オリヴィアは腰に携えていた細剣を抜くと素早く男の顔目掛けて振るう。
オリヴィアから敵対の意志を感じ取ったローブの男たちは蜘蛛の子を散らしたように散開すると彼女を囲むようにして陣を構える。
頬を掠めたオリヴィアの剣に激怒した男の「殺せ!」という雄叫びを皮切りに、その戦いは幕を開けた。
剣撃が混じり合い、甲高い音が響く教室でその光景を俺はただ黙って見つめる。
いや、見蕩れてしまっていたのだ。
この時、援護なんて言葉、俺の頭には少しも残っていなかったと思う。
俺は動かなかった。動けなかった。
「かっけぇ……」
ヒーローは確かに存在したんだ。
そして俺は気づく。自分はただの傍観者であることに。
──〇〇〇〇──
パッと見ただけでも20人を越えるような大人数の大人を前にして彼女は、オリヴィアは勇敢にもそこに立っていた。
この学園でただ一人の平民、リーシャは教室の隅で身を縮こませ、嵐が過ぎるのを待つ。
平民である彼女がこの学園に入ることができたのは誰よりも優れた魔力を持っていたから。
にも関わらず、今この場で敵に立ち向かっているのは彼女ではない。
──力とは使ってこそ意味がある。
それはこの学園の校訓でもある言葉。
しかし、反抗すれば死ぬかもしれない。そんなリスクを冒してまで立ち上がる必要があるのだろうか。
そんな弱さが彼女を支配する。そして、それは彼女だけでは無い。今このクラスにいる、オリヴィア以外の全ての生徒の共通意思でもある。
オリヴィアの剣の腕は一人前で、彼女を囲う敵からの攻撃を上手く防いでいる。
が、しかしそれにも限界はある。いくら努力していても、殺し合いにおいては彼女も素人。
それに比べ相手はプロで、更には大人数だ。
少しずつ彼女は追い詰められる。
当然だ。敵もプロ、360°囲まれても尚全てをいなせる程の実力はオリヴィアにはない。
今すぐオリビアさんを援護しな──
──バキンッ
リーシャがその場に駆けつけようとしたその時、斧による攻撃で剣が折れ、同時に腹部へと蹴りを食らったオリヴィアがその場に倒れ伏す。
どうする?
今自分が助けに行かなければ彼女は確実に死ぬ。
しかし、そんなことをしたら自分まで危険な目に会うかもしれない。最悪の場合は死だ。
──どうするどうするどうするどうするどうする……
結論が出ないままのリーシャを置き去りに、男は斧を振り上げる。
「あの世では達者で暮らせや──」
男は斧を振り下ろし──
「やめてください!!!」
リーシャは咄嗟に炎の無詠唱魔法を放つ。
この程度の火力では良くて火傷程度。
それでも、一瞬だけでいい。注意を引ければ!
そんな威力の魔法、のはずだった。
しかしその炎は彼女の意に反し、次第に大きくなり──ある形を模し始める。
そして、斧を振り下ろそうとした男の元にたどり着いた頃にはその炎は白銀の毛並みを持つ一匹の狐の型を取っていた。
美しい九つの尾が揺れる。
「こ、こいつ……まさか!っ……ぐっあああああああ!」
斧を持った男がその狐の正体に触れようとした瞬間、全身に青い炎が発火した。
やがてその炎は伝染していき、ローブを身に付けている人達全員に広まる。
「一体何が起きて……」
阿鼻叫喚。先程とは一転して男たちが悲鳴を上げる。
やがて火が燃え尽きると、その場に残ったのは消し炭と倒れるオリヴィアだけ。
壁や床などは一切燃えておらず、ドナドナ団もあの獣も青い火も最初からなかったかのようにただ閑散としていた。
「今のはなに……?」
みんなが助かったことに安堵し、リーシャを賞賛する中、本人だけは状況がわからず、ただ呆然とするのだった。
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