嘘はあかん
「ね、ねえ!翔太様〜。翔太様は私の家族だよね?」
「どうした?急に」
明らかに不穏な空気に身を纏い恐る恐る尋ねてきたのは人族の少女、セレナだ。
彼女はいつの間にか増えてた側の子で、うちの家族の内の誰かがスラム街から拾ってきたらしい。彼女は主に出稼ぎ担当で、高級旅館でアルバイトをしている。
「あのね、最近ね、私が働いてる旅館にね、料理の勉強をしに来た人がいるの」
「へぇ、そうなんだ。それで?人間関係が上手くいかないとか?」
もしそうなら俺なんかじゃあまり参考にならないだろうな。的確なアドバイスは出来そうにない。
「違うの。まぁ、喧嘩しちゃったのはそうなんだけどね。その子はどっかのお嬢様専属の料理人みたいでね、私が奴隷だって話したらね、翔太様の事悪く言うから……」
庇ってくれたのかな?
なら、俺も誠意を尽くそう。
「翔太様は異国から修行に来た貴族でね、この国の1番最上級のアカデミーに短期留学するエリートってね、嘘ついちゃったんだよね」
あかん。嘘はあかん。
「そしたらね、その人のお嬢様もね、その学園に通ってたみたいでね……翔太様お願い!どうにかしてその学園に入学して!」
そうか。そういう事情だったんだね。
俺は今にも泣き出しそうなセレナの頭を撫でる。
「セレナ……」
「はい」
「今すぐ謝ってこい」
「ありが……って!え!なんでよ!どうにかしてよ!」
「流石に無理でしょ?この国最上級のアカデミーってあの城みてぇなやつだろ?無理無理」
王都の一角にあるスタッグホーン学園。
有り得んくらいデカい魔術士希望の貴族が集まる学校だ。
俺たちの住んでる教会何個分だろ……
「俺は神どころかゴミみたいな男だぜ?門前払いされて終わりだって」
俺は腰にぶら下がるセレナを引きずりながら地下三階に降りる。
「その話、私なら何とかできますよ?」
「……ちっ」
見計らったかのようなタイミングで声をかけてきたのはカロリーヌだった。
思わず舌打ちが出る。
余計な事を言うんじゃねぇよ。
「私も去年までスタッグホーン学園の姉妹校に通っていましたし、何よりシレーナさんの母校です。私たちの名を使えばどうにかなるでしょう」
「いや、でも2人とも今は行方不明って事になってるだろ?特に何か出来るとは思えないんだが……」
「それなら私に任せなさいな」
噂をすればというやつだろうか。その場には更に王女が加わる。シレーナだ。
彼女は鼻を高くしていかにもヒーローっぽいドヤ顔をしている。
「あはーん。ありがとうございます!シレーナさん。カロリーヌさん」
俺は遠い目をしながら3人を見届けるのだった。
──1週間後
「どうにかなっちゃった……」
翔太とカロリーヌは義兄妹という謎の設定で、スタッグホーン学園に短期留学することが決定した。
失踪前、翔太とカロリーヌが学園について手紙のやり取りをしていた、という設定など細かな暗記事項があったものの、翔太は約1ヶ月間の短期留学が許可された。
それにあたり、現在日本人ということがバレないような工夫の一環として、髪を染めようとしているところである。
「何か要望はありますか?」
ここに来る以前は芸術家として絵画を描いていた魔族の女性──ムムが翔太に声を掛ける。
「髪を染めるなんて考えたことなかったしなぁ」
「赤にしなよ!赤がいい!」
その様子を隣で見ていたペトラは思いついたように提案をする。
「赤は不味くないか?」
この世界では赤は割とメジャーな色だ。しかし日本生まれの翔太としてはやはり髪の毛を赤く染めることに抵抗がある。
「かっこいいよ!ムムちゃんの赤髪も綺麗でしょ?」
「それはまぁ、確かにそうだけど……シレーナはどう思う?」
「いいと思うよ?」
「お前もかよ……ムムは?」
「私も赤に賛成です。……その、翔太さんとお揃いにしたいなぁ、なんて」
少し照れたように頬を染めると、後から抱き着くようにしてムムは己の考えを主に伝える。
「よし、じゃあ赤にします!」
少しばかり食い気味の即決即断だった。
「さ、さすがはサキュバス……」
シレーナは誰にも聞こえないような声で呟いく。
あれだけ渋っていた髪色が彼女の一言でいとも簡単に決まったのは、彼女の特性故と考えたのだ。
彼女は理解していた。
今、翔太が決断したのは満場一致したからではなく、ムムが赤色を望んだからだと言うことを。
ムムはその溢れんばかりの色香で周囲の男を魅了する夢魔族の1人。
彼女にとって思春期男子を手に取ることは容易いだろう。翔太も乳のデカい女の子に逆らえるほど強くない。
──この女、もしかしたら相当危険人物なのでは?
翔太を魅了できるという事はつまり、思い通りに動かせるという事だ。
すると怖いのは彼女が悪意を持って翔太に接した場合だ。この家で翔太が1番の決定権を持っているのは言わずとも知れたことだろう。
──後でゆっくりとお話ししないとね……。
「では、始めますね」
シレーナが警戒心を強めている一方、ムムは愛すべき主にその双丘を押し付けて反応を楽しんでいた。
「……大丈夫そうね」
シレーナはそんなムムの姿を見て、杞憂だったかな?と思い視線をずらそうとした瞬間、視界の端で見てしまった。
シレーナの胸を見て「フッ」と鼻を鳴らすムムの顔を。
「あれ〜なんで私喧嘩売られたのかなぁ?」
シレーナは控えめに膨らんだ己の胸に手を当て、額に青筋を立てるのだった。
──〇〇〇〇──
──数分後、俺の髪は少し短く切り揃えられ、少し暗めの赤色になった。
「どうだ?」
「まあまあって感じ?」
「まあまあですね」
「まあまあかな!」
みんなの反応はイマイチではあったが、少しワクワクしながら俺は鏡を見て姿を確認する。
「あー、うん。確かにまあまあだな」
「あれ、お兄ちゃん髪切ったの?色も変わってる!」
「おう!どうだミリィ、似合ってるか?」
「うん!まあまあって感じ!」
「そっか!まあまあか」
俺の赤髪はまあまあでした。
新章はじまりました!
今回、ようやく主人公が主人公になります!
ただの変態では終わりません!
ぜひ、楽しんでください!




