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弱虫の最期




「おい、げろン毛! 上を見てみろよ」


 俺の指さす方につられ、風の勇者は空を見上げる。


 そこにあったのは……雲です。


 俺はその隙にペトラにお姫様抱っこ()()()()()と全速力で逃亡し、命からがら国境を越え、ついに転移できる場所まで来た。


「よし、ペトラ帰ろう」


「うん!」



 ──シュピーン──



 こうして、俺たちは転移で無事家にたどり着いたのだった。


 一件落着。勇者も大したことないな。

 俺は笑いながら魔法袋の入ったポケットに手を伸ばす。


「あっはははは……ははは……あれ?」


 俺はこの時重大なミスに気づく。


 「魔法袋置いてきちゃった!!!!」


 嘘だろ……。


「はぁ、疲れた。どーすっかなぁ」


 気を抜いたせいだろう。急に疲労感が俺を襲う。

 俺は台所で水を飲んでから勢いよくソファーに倒れる。

 

 袋を取りにまたあの国へ向かわないといけないと思うと子供のように駄々を捏ねたくなる衝動に駆られる。


「あ、あるじ〜お疲れ様です。ペトラ様と朝帰りとは! 無害そうな顔してやる事はやってるんですねー」


「ごめん。今ちょっとキノにツッコむ余裕ない」


「いえいえ! 構いませんよー! ペトラ様に一晩突っ込み続けたあるじにそんな過労は強いられません。今日はゆっくりお休みください。お休みはもちろん寝るって意味ですよ? あ、その寝るって言うのも……」


「わかった、わかったから! また後でな」


 俺はふらふらと ソファーを離れ地下三階に降りてリシアに声をかける。

 キノは珍しく働いているようで洗濯カゴを持ってそのまま外に出ていった。


「なぁ、リシアって他の勇者と面識あんの?」


「うん? 一応あるよ」


「じゃあ、風の勇者知ってるか?」


「あー、あの人はたけのこ派だからね。話したことはないや」


「なるほどなぁ。あいつも魔族と戦う時はステータスがあがるのか?」


「多分そうだね。それにたけのこ派に加担してるってことは人に対する何かしらのバフも発動してるかもしれない」


 そうなると随分と厄介な相手だな。

 魔法袋はもう諦めよっかな。


「なぁペトラ! 俺、魔法袋置いてきちゃったんだけど」


「えええ!じゃあ、王女は?」


「忘れてきた」


「そっかぁ。じゃあまた今度強そうな人探しに行こうね」


 なるほど、ペトラの頭には魔法袋を回収するっていう選択肢はないわけね。


「俺は魔法袋を回収したいって思ってたんだけどペトラはどう?」


「王女助けるの?」


「そう」


 王女はともかくとしても、あの魔法袋の中には大事なものがたくさん入っている。食料もそうだしお金もそうだ。

 なきゃ困るものが多すぎる。特にお金に関しては1000万円近く入ってるからね?


 それに魔女の子もいる。

 俺たちについて来ることを自ら選んでくれた人をがっかりさせたくはない。


「ペトラ、手伝ってくれるか?」


「うーん。いいけどペトラは行かない方がいいと思うよ?」


「どうしてだ?」


「聖剣を持った相手を倒すならペトラも本気を出す必要があるの。ペトラが本気を出したら多分あの国は塵になるよ?」


 ……確かにそうだ。勇者もまたペトラ以上のステータスを得たなら月を破壊するような化け物が2人も顕現することになる。


「リシア様ついて来てください」


「え? 私?」


「はい」


「別にいいけど……ついて行くだけね? 戦うのは翔太だからね? いつまでも威を借る狐のままじゃダメなんだから!」


 言い返す言葉もないな!

 まぁ我が家では狐であるクハクは3番目に強いんだけどね。成長すればリシアも抜くって言うし……


 でも、相手は勇者だぞ? 俺はチートスキルも持ってないただの上級職なのに勝てるのか?


 ……いや、今結論を出すのはやめよう。

 絶望するのは戦ってからでいい。


「その考えをしてる時点で結論は出てるでしょうに」


「やめろ、リシア。それを言うな」


 でもまぁ、リシアが来てくれるならどうにかなるだろうって思いもあるのだ。

 戦う気はなさそうだけど、いないよりは5万倍もマシだ。 


 リシアは優しいからもし何かあったらなんだかんだで助けてくれるだろうしね。


 俺は支度を終え、魔法袋に入ると再びルーザス王国へと転移した。


 転移にはある程度の座標がわかるか、一度訪れていればいいので比較的好きなように転移が可能だ。


 俺たちはあのでっかい山脈を目安に3回ほど転移を繰り返してさっきの場所に戻ってきた。


 時間で言うならば逃げてから10分が経っていたのだが、勇者はまだその場にいた。


 王女は魔法袋から取り出され縄を巻かれていて、魔女の方はちょうど今袋から引っ張り出されようとしている。


「おい勇者、その子を離せ」


「あん? なんだ? 逃げたんじゃなかったのか?」


「逃げた? 違うな。俺は忘れ物を取りに帰っただけだ 」


「そうか、ならさっさと死ねや」


 吐き捨てるようにして勇者が振るった剣は距離を無視して俺の胸を切り裂いた。


「嘘だろ?」


 大して傷は深くない。けど、俺のいる位置と勇者の距離は15メートル程空いている。

 その距離でもう間合いの中かよ。

 俺は慌てて抜刀すると剣を構え狂化スキルを発動する。



 狂気の奔流。溢れる力。

 体を蝕む闇と眠気に耐えながら俺は勇者に向かっていく。


「さぁ、戦争の時間だ」


 勝手に口をついた言葉を皮切りに俺は剣を振るう。



「ちっ……てめぇ、バーサーカーかよ」


 さすがは歴戦の勇者。獣のような動きと、痛みに怯まない立ち回り。そんな俺から結論を導き出した。


 勇者は風を身に纏い、それを剣に乗せ、魔法と斬撃の同時攻撃をしてくる。その一撃一撃は非常に重い。なんとか凌ぐも、反撃のチャンスはなかなか得られそうにない。


「そこだっ!」


 勇者が魔法を放った隙を付き、剣を叩き付ける。

 純粋な攻撃力だけならば俺の方が上。攻守が交代し、俺は次々と放たれる魔法も、斬撃も、全て剣一本で叩き伏せながら、勇者をねじ伏せようと剣を振るう。


 狂気の高まり故か、勇者に反撃を許さないための一撃一撃は重く、鋭く研ぎ澄まされているのが自分でもわかった。


 幾度となく剣がぶつかり合う中、剣撃に加え体術を駆使した俺の攻撃は少しずつダメージを稼ぎ──次第に優勢を保ちだした。


「【エアロ・スラッシュ】」


 が、ここに来て武器の性能に差が出た。

 風の勇者による無詠唱魔法は聖剣に風を纏わせ、空間を切り裂くようにして俺の剣共々切り裂いたのだ。


「クソがっ!」


 俺は咄嗟に使えなくなった剣を捨て、迫り来る斬撃を左手で受け止める。


 受け止める……という表現は正しくないかもしれない。

 俺の左腕を突き刺し、貫通した剣が、寸でのところで心臓を守っていると言うのが正確だ。


 ちっ……めちゃくちゃ痛てぇ。


 痛てぇ、のに……。


「クッフフ……あはははは」


 何故か俺の口から零れたのは高笑いだった。


「気持ち悪りぃ」


 勇者は奥歯を鳴らすようにしてそう吐き捨てる。

 こればっかりは俺も同意だ。

 泣きそうな程痛てぇのに、こんな痛みでさえ、殺意に変わり、狂気に変わり、そして力に変わる。


 そのまま勇者は乱暴に剣を引き抜くと俺の顔面を蹴り飛ばした。


 脳が揺れたのだろうか。視界が定まらない。


「死ね」


 ぼやけた視界に写ったのは迫り来る勇者。

 男は風を纏わせた剣を突き出すと、俺の胸を貫いた。


「っぐっ……」


 次第に熱を帯び出す胸に痛みはなく、むしろ心地良ささえ感じる。


「うわぁ、どうしよ……超眠くなってきた」


 俺は自分の戦意とは裏腹にそっと意識を手放すのだった。





ブックマーク&高評価ありがとうございます!

もしかしたら今月中に目指せ100ポイントいけたりするかもしれない!


本章は明日で終わります。


ついにギャグ&ほのぼのパート!



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