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風の勇者とヒモ男




 ──ビー────────ビー──



 俺は脳内に直接響くその音に目を覚ました。

 この音は敵感知の警報だ。

 俺は飛び起きて剣を構える。


「お、おはようございます」


「ああ」


 しかし、目の前にいたのは敵ではなく王女だった。


「それは敵感知のスキルですか?」


「そうだ」


「そうですか……。いえ、一瞬だけ考えたんです。貴方が寝てる間に首筋を噛みちぎって逃げられないかな? と。たったそれだけの敵意で反応してしまうものなのですね」


 寝首を掻くつもりだったってことか。

 意外と強かな王女様らしい。

 もっと注意した方がいいかもしれない。


「あくまで一瞬ですよ? 今はそんな事考えてませんから」


 そう言って王女はにこっと微笑む。

 確かに今は敵感知のスキルも発動していないし、彼女が嘘を吐いているわけではないこともわかるが……。


「まぁいいか」


 とりあえず俺は剣を下ろし、警戒のレベルを下げた。


 ペトラとリリムはまだ寝ているようでちょっと遠いところでふよふよしている。


「王女様はよく寝れたか?」


「はい。それはもうぐっすりと」


「そうか。よかった」


 ……嘘だな。恐らく寝てない。表情からは緊張と警戒が伺えるし、これからの事とかも色々考えてたのだろう。


「もう少し肩の力抜いてもいいんじゃねぇの?」


「……っ!えぇ、そうすることにします」


 今ので寝てないことがバレてることにバレたみたいだ。

 図星をつかれた王女は一瞬驚いた顔をしてから少しきまりの悪そうな顔をして笑う。


 実に表情の豊かな子だ。ただその表情ひとつひとつか本心なのか演技なのかわからない。そんな感想を抱かせる。


「できればもう少し心を開いてくれると嬉しいんだけどな……まぁいいや。朝飯にしようぜ!」



 俺は2人を起こすと朝メシを配る。

 今日の朝ごはんはこの前作った照り焼きチキンもどきのサンドウィッチだ。


「これ食ったら出発するぞ。今日は天気が晴れで見晴らしもいい。つまり敵に見つ──」


 俺はみんなにこれからの事を伝えるが誰ひとり聞いちゃいなかった。


「久しぶりのご飯……雑草じゃないご飯……」と涙を流す王女。

 確かに身分を明かさないようにするため野良犬の格好をしていたのではお店で食べ物も買えないだろうけど……。

 王女なのに雑草食ってたのかよ!


「お肉だぁ。久しぶりのお肉だぁ」とヨダレを垂らす魔女。

 確かに奴隷身分では肉を食べる機会もあまりなかっただろう。


「んーおいしー」

 ペトラに関してはいつも通り。既に食べ終えそうだ。


 俺はなんとなくセンチメンタルになりながらボソボソとサンドウィッチを食べた。


 宇宙人の称号のおかげでカリスマ性は少しは上がってるはずなのに。……元が低いってことだろうなあ。




──〇〇〇〇──



「よし、出発するぞ」


 俺とペトラは袋から出ると我が家へと南下して行く。

 この世界、戦闘職に就いてる人達にとっては馬なんて必要ないんじゃないだろうか。

 多分俺たちの方が馬よりよっぽど早いと思う。


「後どれくらいで家に着く?」


「んー。多分この国を出るためにはこのペースで4時間ほど走ればいいと思う!」


 おお、4時間か! 4時間か……


「街を突っ切れば1時間ぐらい短縮できると思うけどどうする?迂回して森の方を行く?」


「迂回しよう」


 できるだけ目立ちたくない。街中を全力で駆ける人間がいたら絶対に目につく。

 だったら安全策を取って森の中を進んだ方がリスクは低いだろう。


 やがて見えてきた街は大都市というの言葉がお似合いで、かなり栄えているようだった。

 俺たちはできるだけ大回りでその街を周りそのまま3時間ほど走った。


 そして──


「嘘だろ?逃がす気はないってか」


 目の前の光景に歩みを止めざるを得なかった俺はその様子に思わず苦笑いを浮かべた。

 ここより先は通さないと言わんばかりに兵士達が野営しているだろうテントがチラホラと顔を出し始めたのだ。


 この世界の世界地図を見たことはないが、少なくとも俺が今住んでいるハンラッグ王国とこのルーザス王国はひとつの大陸で繋がっている。


 更に迂回するかこのまま突っ切るか。


 流石にリールドネス連邦国も民を逃がす気がないとはいえ国境を全て兵士で囲うようなことはしないしできない。


 もう少し西から南下していくか?


 西に行けば我が家から遠ざかってしまうが、東は山脈だ。蓄えなしで冬の山脈を歩くよりは西に向かって走る方が賢明だろう。


 予定よりも更に道程が長くなってしまうがこればっかりは仕方ない。


「とりあえず一旦休憩しようか」


 何も無い平野に王女を出すわけにはいかないので、彼女には犬の状態になってもらう。


 相変わらず小汚い。ちなみに犬種はゴールデンレトリバーっぽいやつである。


「なぁ、ちょっと来いよ」


 俺は魔法袋からブラシとその他のキットを取り出す。


 実はネギまとクハクが結構な綺麗好きで、よくブラッシングを求めて来るのだ。だから道具は常にもちあるいてるし、最近では毛繕いスキルも手に入れた程だ。



 ──よし、こんなもんだろう。頑固な汚れとしばらく格闘し、きっかり30分経った頃には綺麗なワンチャンが目の前に座っていた。


「これなら犬の状態で王女と名乗っても問題ないな」


 俺はふわふわコリコリの耳を弄りながら頭を撫でてやり、あらかた満足すると、再度我が家へ向けて歩みを進めるのだっ──


「ペトラ!」


 俺が注意喚起と共に敵の方向へ振り向いた瞬間、針のように細い光線がペトラの肩を射抜いた。


「おいおい、あれだけ忠告したのにまだ国を出るつもりの奴がいるとはな」


 高そうな鎧を身につけ、ブロンドの長髪をなびかせる青年は嘲笑を隠そうともせず俺たちに向けて剣を構えた。


「言ったよな? 今この国から出ようとする奴は1匹残らず殺すと」


 ……隙がない。

 口調には現れていないが、俺達に対する警戒はかなり本気のようだ。


「実は俺たち昨日の夜こっちに来たんだけどさ、転移魔法で来たものの、帰れなくなっちまって……」


 会話を進めながらも俺はごく自然な流れで王女とリリムを魔法袋に入れる。


「俺様の張った結界に遮られて出られなくなっちまったってわけか?」


「そんなところだな」


 こいつが結界を張ったってことは、こいつが勇者ってことでいいのか?

 鑑定眼で相手を確認すると──あぁ、勇者だ。

 風の勇者カーレ・バーモンド


 俺はペトラの方を見る。


 肩を治療したであろう彼女は不機嫌そうに目の前の男を見つめている。


 ひとまずは大丈夫そうだな。


「なぁ、見逃してくれないか?」


「断る」


「見逃してください。お願いします。何でもしますから」


「ほう? 何でもすると言ったな?」


「……いえ、何でもするとは言ってませんよ」


 カーレの視線にビビった俺は嘘をついた。

「何でもするのか。なら死ね」とか言いそうな雰囲気だったからな。


「……王女だ」


「はい?」


「王女が逃げ出した。心当たりはないか? お前らが知ってる情報を開示するというのなら今回は見逃してやってもいい」


「王女ですか。王女なら確か見ましたよ! 汚い野良犬に化けて走ってました」


「誰が汚い野良犬ですか!」


 ──ばすっ。ゴリゴリ。


「なぁ、お前、今背中から王女が生えてこなかったか?」


「王女ですか? まさか生えてくるわけないじゃないですか! 俺が持ってる魔法袋に王女が入ってたりなんてしませんよ!」


 俺は袋から出てきた王女を全力で押し戻してしらを切る。


「そうか、ならいいが。それで? 汚い野良犬というのは?」


「あなた失礼ですよ! 私だって2日間お風呂にも入らずに走り続けるの大変だったんですよ!」


 ──べちん。ぼすぼす。べりべりべり。どんどん。がしゃん。


「なぁ、今のはなんだ? 王女だろ?」


「ち、ちっげーし! そんなんじゃねぇし!」


「いえ、翔太さん! あなたが言ったんじゃないですか! 王女である私を攫いにこの国に来たって!」


「黙れ! このクソ女! 引っ込んでろ!」


 朝飯を食って以降、急に話すようになった王女はこうやって俺に口答えをする程度には心を開いてくれるようになった。なんか、餌付けされた犬みたいだな。


「クソ女って……あなた王女に向かってなんて口の利き方ですか!」


「なーにが王女だ馬鹿! 元だろ、元! 俺が見た時は臭い野良犬だったけどな!」


「……」


「しょーた? もうその辺にした方がいい。げろン毛にはもう王女だってバレてる」


 はっとして風の勇者の方を振り替えると彼は怒気を孕んだ表情で俺を見つめ口を開いた。


「ここで死ね」


 うわぁ、勇者っぽーい。



 だが、俺だってただで負けるわけにはいかない。

 再び王女を袋に押し込めた俺はそんな勇者を鼻で笑い、こう言ってやった。


「おい、げろン毛! 上を見てみろよ」


 お前の敗因は俺に思考させる時間を与えてしまったことだと知れ。





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