本当の姿は
ドナドナ団という組織は王女の私でも知っている。
シレーナ王女──私の友人を誘拐したのが彼らだと噂を聞いたことがあるからだ。
金と女を掻き集め、逆らえば皆殺しとまで言われている。悪逆非道の犯罪者集団だ。
だからこそ、今こうやって魔法袋? というおかしな空間にいる私以外のもう1人の女性のことが気になってしまう。
「貴女はどうしてドナドナ団に自らついて行くと決めたのですか?」
「はい、カロリーヌ王女。ですが、まず先に実はあのペトラと名乗る女性なのですが……」
確かあの場にいたよく笑う銀髪の女性のことだろう。
「あの方がどうしたのですか?」
「はい。彼女の名前はペトラ・レミレ──」
レミレ? どこかで聞いたことが……
もしや!
私の結論と魔族の少女の声が重なる。
「『彼女は月砕きの魔王レミレ』です」
「……っ」
背筋が凍るとはこの事だろう。
もし、それが本当なら彼女はたった一日で世界地図から東の島国を消した過去最悪の魔王だ。
恐怖心に心臓を鷲掴みされたかのように呼吸が上手くいかない。 奥歯がガチガチと音を鳴らし、震えが止まらない。
……冷静になれ……冷静になれ……冷静になれ。
「……ま、魔王レミレは光の勇者リシアと相討ちになったはずでは……?」
「それはあくまで噂です。魔王レミレ様が姿を見せなくなったのはあの戦争以来ですが、勇者リシアも魔王レミレ様も死体が見つかってません」
確かにその話を聞いてしまえば先程の女性が魔王レミレであることの信憑性も高い。
むしろ、彼女が魔王レミレでないと判断する方が難しいだろう。
身体的特徴もそうだが、あの春野翔太という男が築き上げた死体の山を見ても取り乱すことのない場馴れ感。内から滲み出る高潔さ。ドナドナ団の名が広まり始めた時期。
何をとってもあの銀髪の女性が魔王レミレである証明に繋がってしまう。
「……は、話を進めましょう。まずは貴女、たけのこ派ですね?」
私の問いかけに目の前の少女は目を見開く。
魔女であるこの子は魔族と人族のハーフだ。
きのこ派を崇拝するこの国の出身でないことは確かだし、なにより魔王を様付けで呼ぶ。
むしろ隠しているつもりだったことに驚きだ。
「別に今は敵対するつもりもありません。話を戻しましょう。何故あなたが自ら進んでドナドナ団について行くと決めたかです」
たけのこ派ならリールドネス連邦国に連れて行かれる方がよっぽどリスクが低いはずだ。
上手く行けば平民に戻れる可能性だってある。
「……ったからです」
たけのこ派とバレたせいだろうか? 先程までとは打って変わって縮こまってしまった目の前の少女は視線を揺らしながら小さな声で言葉を発する。
「すみません。よく聞こえなかったのでもう一度言ってもらえませんか?」
私が確認のためそう告げるとさらに視線を揺らし始める。
「……かっこよかったから……です。どうせなら、翔太様みたいな人に仕えたい……です」
顔を赤くして俯きながら目の前の少女はそう言うと、堰を切ったようにペラペラと春野翔太について語り出す。
あぁ、この女、馬鹿だ。
魔法使い系の職業に就く者の知力が高いのは嘘だったのだろうか。
「たったそれだけのことで決めたのですか?」
最早ため息しかでない。
あの春野翔太という男は女性のみを大勢攫っていくという。
それだけであの男がどういう存在かがわかるだろう。
なのにこの女ときたら……
「どうせ奴隷として生きるのならせめて自分で決めた主の元で働きたいです。それに宇宙人は奴隷に甘い人が多いと聞きます!翔太様ももしかしたらそうなのかもしれません」
私はその返答にイラッとする。そんな浅い判断で物事を決めるなんて言語道断だ。確かに魔族は力を尊ぶ種族であり、彼女もまた、その価値観を持っている可能性はある。
とはいえ、私がせざるを得なかった苦渋の決断をこの少女は自ら望んでしたのだ。ありえない。
「で、でも!た、建前もあります。宇宙人とは女神の遣い。つまり全員がきのこ派なのです。にも関わらずあのようにレミレ様と……いえペトラ様と親しくしていたのにはきっと私たちの知らない何かがあるに決まっています」
「そっちが本音にはなりませんか?」
「へっ?……なっなり……ません」
ダメだこの子……
ただ、その建前の方には一考する価値がありそうだ。
宇宙人と魔王となれば勇者と魔王並の対立軸のはず。
それが行動を共にしている。
……何故だろう。
「と、というか逆にカロリーヌ王女は惚れなかったんですか! 翔太様が戦い終わった後、丁寧に怪我の治療までしてもらってましたよね?」
「あ、あの。今考え事をしたいので、少し待ってもらえませんか?」
急に饒舌になった少女に少し戸惑いを覚える。
これでも一応私は王女──ではないのか。
こうして敗戦した以上、私はただの逃亡者。
そしてドナドナ団に捕まった奴隷だ。
直に国が制圧されれば王女の地位も失うことになるだろう。
私は少し暗い気持ちになる。
王女の私でもこの世界における奴隷の扱いは知っているからだ。
このまま逃げ出せば人として生きていけるだろうか。
人生を諦めなくてもいいだろうか。
──しばらくして春野翔太と魔王が帰ってきた。
春野翔太は私と魔法使いの少女に毛布を渡すと少し疲れた様子で眠りにつく。
まるで警戒などしていない無防備な様子で。
私は彼が大勢の人間を逃げようとする人間を命乞いをする人間をなんの躊躇いもなく殺す姿を見た。
けれどそれと同時に優しさも垣間見えた。
俺が近づくとみんなが怖がるから、と私以外に捕まった子達のケアを魔王レミレに任せていた。
どちらが本当の彼なのだろう。
「あの、ペトラ様?」
私は春野翔太と共に帰ってきた魔王に声をかける。
たけのこ派の王を様付けで呼ぶなど、王女としてはあるまじき行為だと自覚している。
けれど、私はもう彼女の元に下っている身。
天秤に掛けずともプライドよりも命の方が重いのは確かだ。
「うん? なーに?」
「あ、貴女は魔王なのですか?」
震える唇をどうにか動かし言葉を紡ぐ。
「その子から聞いたの?」
「……っ!はい……」
目の前の女性はただ目を細めただけだ。それだけで立っているのがやっとなほど足が震える。
まるで獅子に睨まれた生まれたての子鹿のような気分だ。
「そっかー。聞いちゃったかぁ」
魔王レミレはニヤリと口角を上げるとそのまま口を開く。
「ペトラは魔王だよ!凄い?」
「え、えぇ」
「そっか!」
そう言ってニコリと笑うとそのまま床に座る。
……それだけ?
「あ、あのペトラ様?春野翔太とはどのような御関係なのですか?」
私が質問をすると、それに興味を示すように魔女の少女もこちらに寄ってくる。
けれど……この子は私と求めてる答えが違う気がする。
「ペトラ様と翔太様は恋仲ではないのですか?」
ほらね。
「うん。違うよ!けど、しょーたは緩いからペトラが大きくなったらお嫁さんになれる、ってリシアが言ってた!」
「そうですか……よかったです」
この馬鹿はともかくとして、私の耳はある重要な名を聞き逃さなかった。
「リシアというのは光の勇者リシア様で間違いありませんか?」
「そーだよ! 泣き虫リシア! 草ばっか食べてるペちゃんこリシア!」
泣き虫はともかくとして、光の勇者リシアがベジタリアンなのは有名な話だ。
「分かりました。ありがとうございます」
これ以上らあまりの情報量の多さに頭が追いつかない結果になりそうなので私は会話を終えて1人思考する。
私の人生は私で決める。
ここから逃げるにしろ、ついて行くにしろ、王女としての誇りだけは絶対に捨てない。
どんな過酷な生活を強いられようともこの気品だけは失わない。
──結局私は身の振り方を考えたまま夜を明かすことになるのだった。
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もう少し、真面目なお話が続くと思うので、どうかよろしくお願いします!




