短気は損気?
「あ、あのう。夜分遅くに失礼します。わたくし旅の僧侶です。温かい白湯を恵んでは頂けましぇんかっ!」
……盛大に噛んだ。
真冬の夜だと言うのに何故か暑く感じる。いや、熱い。
無言が辛いよ!織早くなんか言って!
「おう、坊主。ちょっと待ってろ。今用意してやっから」
な、なんだと? この人達いい人だったのか。
もしかしたら話し合えば分かってくれるかな?
俺は玄関に立ちながら待っていると、兵士達の中の魔法使いっぽい男が魔法を詠唱し始めた。
あぁ、魔法で出してくれるのね。
俺は寒さに身震いしながらも詠唱が終わるのを待つ。
そして──
「【コールドウォーター】」
俺は顔面に冷水を被り、玄関から蹴り出された。
「……いってぇ」
中から先程とは比べ物にならないような笑い声が聞こえてくる。
それに答えるように俺の口元からも微かに笑い声が漏れた。
ほんと、お前らがクズでよかった。
もしいい人だったら殺すのに躊躇ってたかもしれない。
まぁ、狂戦士の俺は剣を抜けば俺の意思など消え去ってしまうのだけれど。
俺は木の扉を蹴破り再び玄関に立つ。
「おい、お前ら! やってくれるじゃねぇか。そこにいる女を置いてさっさと出てけ。素直に従えば命だけは助けてやる」
男なら一度は言ってみたいセリフだ。
多分今の俺の顔は盗賊顔負けのゲス顔に違いない。
それにしても、俺は短気になったと思う。
元々気の長い方ではなかったし、真冬の夜に冷水を頭から掛けられて黙っているほどでもなかったが、それでもここまでの怒りが沸くようなタイプでもなかった。
これも狂戦士という職業故だろうか。
俺が怒り狂えば怒り狂うほど、この剣は鋭く敵を射抜く。それが俺の選んだ職業だ。
「おいガキ! てめぇ、あんま調子乗ってんじゃねぇぞ? お前らの国はもう終わったんだよ。お前もそのうち奴隷としてリールドネス連邦国に運ばれんだ。詰みだよ、詰み。くたばれガキが」
男はそう言いながら俺の頭を乱暴に撫で──その場に倒れた。
男の胸からは1本の長剣が生えている。
無論、俺の剣だ。
「テメェ!」
いち早く状況を察知した男が襲いかかってくる。
「カタカナ発音のテメェは死亡フラグだぞ」
フツフツと沸き上がる怒りを狂気に変えて剣に乗せる。
それだけで簡単に兵士たちの首が地に転がる。
俺は獣のような動きで次々と兵士達を斬殺していく。
「テメェふざけっ……んがっ」
「だから死亡フラグだっつったろ?」
俺は首を掴み持ち上げた兵士を床に叩き付ける。
そしてもう片方の手で持っていた剣を振り下ろし心臓を貫いた。
しかし困ったことに貫いたのは俺だけではなかったようだ。
俺の背後にいた兵士もまた槍で俺の肩を貫いている。
時間差で肩に激痛が走る。目眩がする程痛い。焼けるような感覚がじわじわと広がる。
「……で、それがなんだ?」
俺の剣撃は止まらない。
否。止まれない。
狂戦士が一度剣を抜いてしまえば己の意思では止まれない。
この怒りが収まるまで、狂気を失うまでただ剣に身を委ねるだけだ。
防御を捨てた攻撃一辺倒。
人の範疇を超えた立体的空間移動でただ眼前の敵を叩き斬る。
先程まで俺をバカにしていた奴らが俺を見て怯えている。
それがただただ面白い。
逃がすなんては有り得ない。
命乞いは許さない。
「お前らは全員死ぬんだよ」
俺は開きっぱなしになった扉から逃げようとする兵士に向かって槍を投げた。
無論、先程まで俺の肩に刺さっていたものである。
矢じりが貫通していため、抜いた時の激痛はかなりのものだったが、俺は男だ。血が出る程唇を噛み締めて悲鳴を堪えた。
ただその場で兵士たちを蹂躙する。それだけだ。
一人、また一人と斬り伏せ──
ついにその場に立つ者が俺だけになると、静かに息を吐いて剣を納める。
「ふぅ。こんなもんかな」
余談だけど剣をしまう前に一振して血をピッと払う動作頑張って練習しました。かっこよくない?
戦いを終えた俺は部屋の端で怯える王女たちに視線を向ける。
「ひっ……」
明らかにドン引き、というか怯えている女の子たち。
まぁ、そうなるよな。いつものことだ。
俺はなんて声を掛けようか迷いながら肩を治療する。
戦闘中に上の階から誰かが降りてくる様子もなかったし、兵士はもういないだろう。
「こんばんは王女様。今宵は月が綺麗ですが王女様もお月見に?」
もっと優雅な挨拶ができればよかったけれど、これが国語のテストで毎回40点ぐらいだった男の精一杯だ。
つーか、月が綺麗って遠回しに告白しちゃってるし、そもそも永遠の三日月だし、外雪降ってるし!
冷静になって考えるとダメダメだな。
「えっと……」
「申し遅れました。私は春野と言う者です。近頃ではドナドナ団の野郎とも呼ばれております」
本当に不名誉なあだ名だと思う。実は称号まで持ってるんだぜ?
ドナドナ団……巷で有名になりつつある犯罪者グループ
付属効果:日焼けしやすくなる
この称号を得た時のリシアの目の遠さといったら赤道一周分と言っても過言では……あるけど、犯罪者の称号は相当ショックだったようだ。
それに付属効果も気になる。夏が怖いぜ。
けど、今はその話は置いといて……
「俺がこの国に来たのは当然人攫いだ。俺は君が欲しい」
かしこまった話し方も面倒になってきた俺はどーせ犯罪者だもんな。と開き直る。
「あの……拒否権はあるのですか?」
「もちろんだ。誘拐ってのは誘い。つまりナンパみたいなもんだ。当然拒否権はある」
「断った場合は私にとってどのような不都合が生じますか?」
この人意外と賢いな。
普通拒否権があると知ったら大体の人が即拒否する。
デメリットがある可能性なんてものは二の次だ。
「断った場合は俺に拉致されるな。まぁ要するに自分の意思で来るか無理やり連れて行かれるかの差だけだ」
一般人はともかくとして、優秀な人材を逃すなんてありえない。王女は絶対に連れて帰る。
王女は少し考えるように俯いてから、意を決したように頷く。
「わかりました。従いましょう。私はあなたについて行きます」
「そうか」
俺はクールに頷き、踵を返す。
王女GETだぜ!
さっさと帰って温かい風呂にでも入ろう。
俺はニヤニヤする顔を抑えながら前髪から垂れてくる水を拭うのだった。




