待てこの犬め!
「ねぇ、しょーた?」
「ああ、わかってる。多分この犬は──」
俺がペトラの問に答えようとすると、その犬は俺の横を通り過ぎ駆けて行った。
「ペトラ、追うぞ」
俺たちは走り行くその野良犬を追って行く。
「かなり早いな」
俺の俊敏のステータスは結構なはずなのに追いつけないどころかむしろ離されている。
当然ペトラが全力を出せば直ぐに追いつけるだろうが今は俺と並走して様子を見ることにしているようだ。
「クハクちゃんほどとはいわないけど、あのワンちゃんテイムしたらきっと役に立つよ!」
「あぁ。そうだな」
俺はペトラの言葉に端的に答える。
だが、なんだろう。あの汚い野良犬から何か違和感のようなものを感じる。
俺は離されないように少し速度を上げつつも、警戒だけは怠らずにその犬を追うのだった。
しばらく走ったところで犬が遠くで何かにぶつかった。
あれは──兵士だ。
俺はこれ幸いにとさらにペースを上げて距離を詰める。
しかしそれよりも先に、兵士は剣を抜くとその犬に斬りかかった。
まるで躊躇う気がない一撃。
犬は飛び退いて避けるもその一撃が軽く前足を掠める。
やがて犬は微かな光を纏い初め──次第に人の形を模し、光がなくなる頃には純白のドレスを着た少女がそこに現れた。
いや、純白と言うと語弊がある。そのドレスは土汚れが酷く、もう何日も洗っていないようだったから。
それに今切られたばかりの腕からは血を流し、ドレスを赤く染めている。
「やっぱりだね、しょーた。あの人この国の王女様だ」
ペトラは一瞬驚いた顔をしてからそう言った。
嘘をつくな。何がやっぱりだよ。さっきテイムさせようとしてだろうに。
「絶対捕まえるぞ」
魔王故かペトラは自分の意と反する事象を嫌う。
故に、自分にとって不都合なことはなかったことにするのだけれど、特に自分の間違いを認めるのが嫌いなようだ。
月明かりを鬱陶しいと思えば月を破壊するし、この世界のカラスが真っ白だったりするのは彼女のせいだ。
身分が性格に現れるのはどの世界でもよくある話なのだが、この世界ではステータスにも現れる。
王の称号を持っているだけで十分強いし、ステータスの一部にもその影響が出る。
俺も魔王のペトラも鑑定眼のレベルを10まで上げているにも関わらず、犬の正体は見抜けなかった。
内包する魔力が余りにも高過ぎる事からただの犬でないことはわかっていたが、まさか王女だとは……。
王女は兵士に腕を掴まれどこかへと運ばれて行く。
魔力が高くても単純な力は一般の女性とは変わらないようだ。
布を噛ませられては魔法を詠唱することもできない。
「ペトラ行くぞ」
俺はペトラがかけた闇魔法で認識阻害を行う。
明かりを灯すための光属性魔法や闇にまぎれるための闇属性魔法は魔法使い系の職業の上級職につかなければ得られないスキルなので当然如く俺は使えない。
馬鹿みたいなスキルポイントを支払えば得られはするだろうがそこまでして欲しくないしな。
俺達が走って距離を詰めながら観察していると、しばらくして彼女たちは二階建ての家に入っていった。
俺たちは裏口に回り中を覗く。
中には他にも捕まったであろう女性が数人首輪を付けられて一箇所に固まっている。
兵士は約30人ほどで酒を飲みながらげらげらと笑っている。
『おい!見ろよ!こいつ多分王女だぜ!』
先程の兵士が乱暴に髪を引っ張り顔を上げさせる。
『おー!やるじゃねぇか!』
『でかしたぞ!』
他の兵士達もその事実に盛り上がりを見せ酒を飲む。
『なあ、こいつ俺が見つけたんだし、一番は俺でもいいよな?』
『ああん? じゃあ、俺は2番だな』
『その次は俺だな。それまではそこの女で我慢しとくわ』
何の話かは考えるまでもないだろう。
胸クソ悪い。
ペトラは何の事だかわかっていないようだが、それでいい。こういうのは3歳児にはまだ早いし、できれば知らないままでいてほしい。
「なあペトラ。今日のところはできるだけ俺一人で片付けたい。俺がピンチになるまでは外で待っててくれないか?」
「いーけど、どうして?」
「ペトラにはできれば知って欲しくない大人の世界があるんだよ」
この宿は二階建てだ。一階はともかく、二階でそういうことを致している奴がいてもおかしくないし、そういうのをこの子に見せたりしたくない。
「んー、よくわかんない。あの人たちは何か他に悪いことをしようとしてるの?」
「あー……。ペトラは急に男の人にちゅーされたらどう思う?」
「男の人? しょーたはペトラとちゅうしたいの?」
「やめろ、あどけない顔で俺を誘惑するな」
俺の両頬を包むようにして顔を近づけてくるペトラの肩を掴み遠ざけて小声で吠えた。
3歳児にはキスとかに対する抵抗も少ないのだろうか。
「いや、そうじゃない。そうじゃなくて全く知らない人だ」
「しょーたじゃなくて、全く知らない人?」
「そうだ」
「殺す」
スっと表情を消したペトラは殺意を散りつかせながら端的にそう吐いた。
前言撤回。3歳児も知らない人や嫌いな人とのキスは嫌らしい。
「……そうだな。あそこにいる人たちは捕まえた女の子に無理やりそういうことをしようとしてるんだ。だから俺が行ってこないといけない」
「え! それは大変だよ! 早く行ってきて! 全員殺してきて!」
「あ、ああ。行ってくる。けど、もし俺がピンチになったらその時は頼むぞ」
俺も人を殺せるようになったからと言って殺すのが好きになったわけではない。
できるだけ穏便に済ませたいというのが本音だ。
「うん!わかった!あの子たちのこと助けてあげてね」
「おう!」
俺は入口に周り扉をノックする。
少し緊張するけど、あとはその場の雰囲気とノリに身を任せるしかない。
扉を開けた先では王女を囲んだ男達が冷めた目で俺を見ている。
水を差すとはまさしくこのことだろう。
俺が来たことで先程までの盛り上がりが嘘みたいに静まり返っている。
圧倒的無音空間に何故か申し訳無い気持ちになりながらも俺は口を開いた。
「あ、あのう。夜分遅くに失礼します。わたくし旅の僧侶です。温かい白湯を恵んでは頂けましぇんかっ!」
評価ありがとうございます!
底辺作家の僕としては本当に貴重なものになりますので、心より感謝申し上げます。




