有名人
「おい、あの事件知ってるか?」
「事件?」
「そうだよ! この前のシレーナ王女の処刑の時の奴だよ」
「あー! あれか! 処刑台ぶっ壊して王女様拉致ってった奴だろ? なんつったっけドナドナ団?」
「ああ。そうだ。あのドナドナ団ついにスプリング帝国の貴族に手を出しやがった!」
「マジで言ってんのか? あいつらももう終わったな」
最近街へ繰り出すと俺の噂話を聞くようになった。
今飯を食ってる店の客もまた俺達の話で盛り上がっている。
当然のことだが誉められた事をしてるわけではないので誇ることはできないけれど、こうやって俺の話題がでるのはちょっと嬉しくも思う。
「しょーたもすっかり有名人になっちゃったねー」
「そうだなぁ」
けど、声を大にして言いたいね。ドナドナ団は辞めてくれと。
すげぇだせぇよ!
もっとかっこいい名前考えてくれよ!
もちろん俺がそんなことを 本当に大声で言ったりすれば即刻逮捕からの即処刑だ。
事実、俺はたくさんの人を拉致、誘拐、略取しているし、金も盗る。そしてもう何人も人を殺しているのだから。
最近の俺は人を殺すことに躊躇いがなくなった。人を殺すことに対する恐れのようなものがスポンと消えたのだ。
戦場でペトラを殺せなかったのもそうだし、ゴブリンなど人型の魔物を殺せなかったのもそうなのだが、多分殺す事自体への恐れというよりは刃物を人に突き刺す事への恐れだったのだと思う。
その恐れがなくなった今、最早躊躇う必要などない。
感覚で言うならばデ〇ノートを使っているようなものだと言えば分かりやすいだろうか。
人にナイフは刺せずともデス〇ートでの殺戮なら簡単にできますよって人は俺の他にも結構いると思うんだけど、どうなんだろう。
まぁ、あくまでそれは狂化というスキルを使った時だけで、シラフで人を殺せるようになるにはまだ時間がかかりそうだ。
それを人としての進化と考えるか退化と考えるかは別として。
『おい、そう言えばだけどよ! 北の王国』
『あールーザス王国か?』
『あっちの王女が逃げ出したらしいぜ?』
『そうか。無事でいてくれるといいけどな』
『もうドナドナ団に捕まってたりな?』
『物騒なこと言うなよ』
『けど、カロリーヌ王女ってきのこ派じゃ1番美人って言われてるくらいだろ?』
『まぁな……』
「しょーた!後で上の王国行こ!」
「わかった」
上の王国とは先日リールドネス連邦国に戦争で敗れたルーザス王国のことだろう。
俺と一緒にそこのおっさん達の話を盗み聞きしていたペトラはそんな提案をしてくる。
リールドネス連邦国は人族の国で唯一たけのこ派の国で、たけのこ派の多い魔族達とも関係が密なため戦力の質も高い大国であるという。
一方ルーザス王国はきのこを崇拝する宗教国家だ。
長年に渡る戦争に破れた今のルーザス王国は食い荒らされ状態にあると聞く。
そんな国では誘拐だの盗品だのに構っている余裕はない。
俺もペトラも鑑定眼を使えるし優秀な人材を発掘してゲットするチャンスだ。
ペトラの申し出を断る理由もない。
うし、気合い入れてくか!
「リシアも行くか?」
「私はパスしようかな。稽古もあるし休みたい」
「そっか」
今日もいつも通り稽古らしい。
相変わらず訓練中は鬼教官モードなのでみんなも精神面が強くなっているようだ。
キノの根性叩き直してくださいな。
俺たちは昼食を終えてお会計を済ませて家に帰る。
俺とペトラがでお出かけするのは基本的に夜だ。
顔バレしても困るしな。
今日は夜まで読書でもしながら待つとしよう。
俺は棚の上の方にあったこの世界の歴史の本に手を伸ばす。全体的にナメクジが這ったような字なのだが何故か読めてしまうのはご都合主義のお陰だろう。
今手に取っているのはこの世界のたけのこ派ときのこ派の戦争についてだ。
この本に書かれた歴史からしても女神様を幽閉している存在はゼーベストで間違いないだろう。
万能神ゼーベスト。天使族を率いて戦争に横槍を入れた存在だ。
多分だが、俺はこいつを見たことがある。
俺がこの世界に転移してきた時、戦場には俺の他にも生き残りがいた。
当然だ。どんな戦争でも全滅するまで戦う戦争なんてないのだから。
しかし、その生き残りも直ぐに死体となった。
白髪の男の手によって。
あれは人間じゃない。
夢の中とはいえ女神様に会った今なら分かる。
恐らくあいつが万能神ゼーベストだ。
あの日、足元にボロボロの少年を連れて殺戮を行う神を見た俺はただひたすら逃げた。
女神様はゼーベストを敵対視していた。ならば、あのボロボロの少年が魔族を率いる邪神アーノスだと言う可能性も高い。
そうなればこの世界はたけのこ派ときのこ派なんかで争ってる暇なんてない。
何故か。お互いのトップは既に敗れているのだから。
今すぐにあのクソジジイをぶっ殺しに行った方がいいのだが、どういう訳かこの世界の歴史では世界大戦を一時治めた事で英雄神とまで呼ばれているのだ。
よって周りの人間に期待するのは不可能に近い。
だがもし俺の敵が本当にゼーベストなのだとしたら派閥に関係なく強者を集う必要があるだろう。
「もしかしたら俺は茨道を進んでいるのかもしれないな……」
途方もない夢だ。
でも、それでも約束は守りたい。
例え無茶でも、無理でも、俺にとっては初めてできた目標だ。
「敬愛する女神の為ならば……」
俺は……
神でさえ降してみせよう。




