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姫騎士とキャンピングカー  作者: 三木なずな
ラストエピソード
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姫騎士とキャンピングカー(トゥルー)

 起きたら、そこは久しぶりの自室だった。


 すぐに理解できない位、長い間離れた、築五十年を越えるおんぼろアパート、その自分の部屋。


 ものがあっちこっち散乱して、ほとんど寝るためだけに、たまに生きるためにエサをやるためだけの部屋。


 なぜか、直人はそこにいた。


「どういう事だ?」


 部屋の中を見回していると、手が硬いものに触れた。


 いつも使ってるスマホだ。


 画面をつけてみると、直人は驚愕した。


「この日付……納車の日?」


 そこに表示されているのは異世界に行く前の、キャンピングカーが納車される日付である。


 直人は考えた、色々考えた。


 一瞬のうちに様々な事が脳内をよぎった。


 姫騎士と。


 ハーフエルフと。


 子犬と。


 魔神と。


 様々な光景が脳内を駆け巡った。


 そして、スマホが表示されている日付。


 やがて、当たり前の結論、ある結論に行き着く。


「……夢かぁ」


 直人は起き上がって、着替えた。


 スーツではなく、私服に。


 今日も平日で出社日だが、夢の中と同じように、これから会社を辞めに行くところだ。


 それは夢とは関係なく、前から決まっていたこと。


 直人は着替えて、家を出て、まず会社に向かった。


 会社に入ると、同僚達は私服で会社にやってきた直人に驚いた。


 それらの眼差しを全部無視して、直属の上司である部長の所に行った。


「遅かったじゃないか小野くん、キミに任せていた案件だが――」


「部長、お話があります」


 部長の台詞を遮る直人。


「なんだね、仕事の話があるんだから手短にたのむよ」


「はい。今日で会社を辞めます」


「はあ、何を世迷い言を言ってるんだね」


 部長は眉をひそめた、それから激して直人をなじった。


 直人は平然として、それを受け流した。


 夢の中では、ここで辞表をたたきつけていた。


 元々そうするつもりだった。


 長年社畜としていい様に使われてきたから、意趣返しとしてそれをやろうとしたのだ。


 が、今はそうする気分にはならなかった。


 心が穏やかになっていた。


 会社を辞めたい、というのは変わらないけど、攻撃的にな気分にはならない。


「長い間お世話になりました」


 直人は最後に一礼して、呼び止められるのを無視して会社を出た。


 ビルを出て、振り向き、会社を見る。


 元々の予定だと深夜までいて、終電ダッシュする同僚を見ていい気味とする所だったが、それもする気にはなれなかった。


「みんな、頑張れよ」


 それどころかそんな言葉を掛けてやる余裕すらある。


 直人は会社を後にして、ディーラーに向かった。


「さて、パトリシアを受け取ったらまずはどこに行こうかな。とりあえずこれから夏になるし、南に向かうか。フェリーに乗って沖縄に行くのも悪くない」


 電車の中で、直人は旅の企画を立てた。


 キャンピングカーの旅、夢の中とは違う現代日本での旅。


 それはきっと楽しい、予定していたもので、きっと楽しい。


 色々想像して、「楽しい」と思った。


 思った、「楽しい」、という言葉を思い浮かべた。


「……一人旅かあ」


 ふと、言葉が口をついて出た。


 思おうとしたものとは正反対の、全くの弱音。


 それに気づいたとき、直人は苦笑いした。


「楽しい夢だったな。ま、あれをなぞれるだけなぞろう。とりあえず高速じゃなくて、一般道を使ってのんびり行こう。なんならまだ太陽光だけで走らせてもいいしな」


 直人は改めて、計画を立て直した。


 そして、ディーラーにやってくる。


「小野様。お待ちしておりました」


「わるい、ちょっと遅れたかな」


 先に会社に行った分、到着が遅れたのだ。


「いえ、お連れ様がお先に見えられてますので、先に案内しておりました」


「連れ?」


「ええ」


「おれに連れなんて……」


「あれ? 小野様のお連れの方ではなかったのですか? 女性の方お二人で、お子さんが一人」


「――っ!」


 気がつくと直人は駆け出していた。


 夢の中の記憶をたどって、郊外の広大な駐車場に止められてある、パトリシアの元へ。


「はあ……はあ……」


 全速力で駆けてきたから、息が上がってしまった。


 そこには誰もいなかった。


 「連れ」とディーラーが言った者達の姿はなかった。


 そうだよな、と、直人が思った所に。


「遅いぞナオト」


 聞き覚えのある声がした!

 ウィーン、とパトリシアが変形した。


 車体後部がせり上がって、オーダーメイドの縁側に変形した。


 そこから見えるのは――。


「ソフィア……」


 銀髪の姫騎士と。


「待ってたよ、お兄ちゃん」


「わん!」


 ハーフエルフの女の子と、愛らしい子犬。


「まったく、われわれが――ぶへっ!」


 直人を出迎えようとして、何故かずっこける黒いドレスの魔神。


 そして。


「マスター」


 二本足で立っている、和装の美女。


 全員がいた。


 夢の登場人物だと思っていた者が、また今夜会えればいいなと思っていた夢の中の女達が全員そこにいた。


 直人はつい、自分の頬をつねった。


「痛っ!」


 痛かった、夢ではなかった。


 ソフィアも。


 ミミ。


 子犬も。


 パトリシアも。


 ティアも。


 全員、キャンピングカーの中にいた。


 全員が、直人を待っていた。


「小野様? えっと、説明をはじめさせていただければと思うのですが……」


 追いついてきた男が、様子を伺うように聞いてくる。


 直人は男に微笑み掛けて、いった。


「大丈夫だ」


「え?」


「この車の事はよく知ってるからな」


「え、しかし」


 驚く男をよそに、キーを奪って、車内に入る。


「あんたら、早すぎるぞ」


「ナオトが遅いのだ」


「そうだ、待ちすぎて死にそうになったぞ。見ろ、パトリシアなんて足まで生えてきた」


「その理屈はおかしいと思いますよ」


「まったく……」


「ねえお兄ちゃん、早く出発しよう」


「そうだな」


 直人は頷き、運転席に乗った。


 助手席にソフィアが乗ってきて、ミミもティアも、パトリシアもそれぞれの定位置についた。


「じゃあ、いくよ」


「うむ」


 ソフィアは頷き、満面の笑顔で言った。


「今度は、ナオトの国での旅を教えてくれ」


 走る六畳一間、夢の空間。


 キャンピングカーの旅、きっと、ずっと。


 いつまでも続く。

連載を開始した日から決めていた、姫騎士とキャンピングカーの最終話いかがでしたでしょうか。

終わりのない話だから、あえて「終わらない終わり」を決めてから、書き始めました。


皆様にお約束したとおり、書籍版+1巻分をお届けしました。

連載休止の間は続刊の芽を探っておりましたが、力及ばず、これにて終了となります。


万が一奇跡が起きて、三巻を刊行できる事ができましたら、また戻ってきて四巻分を書かせていただきます。

ひとまずは、これでお別れとさせて頂きます。


最後に、新連載のお知らせ。

現在『くじ引き特賞:無双ハーレム権』という作品を連載しております。

http://book1.adouzi.eu.org/n2964cz/

この作品とはちょっとカラーが違いますが、タイトル通りの作品ですので、是非一度読んでいただければ幸いです。


名残は尽きませんが、これにていったん失礼させて頂きます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 心温まるほのぼのとした作品をありがとうございました。 直人の遊び心とキャンピングカー愛が随所から感じられる素晴らしい物語でした。
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