姫騎士とシェフの気まぐれ
昼下がりのキャンピングカー、縁側でのんびりしている直人。
キャンピングカーには誰もいない、直人と、精霊のパトリシア二人っきりだ。
直人はそのパトリシアのオッパイを枕にして、のんびりしている。
「いい風だな。秋ってこんないい風が吹くんだな」
「マスターは秋がお好きですか?」
「うーん、そうだな」
直人は考えた。
春夏秋冬。一年の四季でどれが一番好きなのかを。
姫騎士と出会い、桜舞い散る春。
魔神がやってきて、短冊をみんなで書いた夏。
サンマを焼いて、新しいキャンピングカーと出会った秋。
また来ぬこたつがもっとも輝く、銀世界の冬。
四季を、一通り想像した。
「やっぱり冬だな、こたつが一番輝く季節だ。というか今から楽しみで仕方がない」
「はい。ナユタ様のおかげで、こたつがパワーアップしましたし」
「あれはすごいよな、あんな発想をするとは。いや昔ネットで似たようなのを見たことはあるけど」
直人は後ろを向いて、逆さまになった視界で六畳間を見た。
パワーアップしたこたつ、言葉通り、今からそこに入るのが楽しみだ。
「さて、そろそろ夕食の準備をするか」
直人は立ち上がって、キッチンに立った。
横にパトリシアが立ち、サポート体制に入った。
「何を作りますか?」
「ソフィアがリクエストしていったからな、サンマ料理を作る」
「では、焼くのですか」
「うーん」
直人は考えた。
サンマと言えば、なんと言っても焼いたものが一番美味い。
パリパリに焼いた皮に、どろりと滴ってくる油。
ジューシーでぎっしり詰まった身は、それだけで文句のつけようがないくらいうまい。
天地創造の巧、神がうんだ奇跡といっても過言ではないおいしさ。
実際、姫騎士ソフィアはそれの虜になっている。
むりやり止めなければ、毎日でも焼きサンマを要求してくるほどのはまりっぷりだ。
「あいつ、今まで微妙にハシの使い方へただったのに、一気にうまくなったよな」
「今では骨取り名人ですね」
「ハシでピンポイントに細かい骨だけ。身がくっつかないように抜くのはすごいけど、正直引いたわ」
「好きこそものの上手なれですね」
直人は考えた。
頭の中にあるレシピをひっくり返してとにかく考えた。
ソフィアは焼きサンマだけで大喜びするくらいチョロいけど、ミミとティアは違う。
毎日焼きサンマだとちょっと飽きる二人だ。
そうではなくても、直人はいろいろやりたいタイプの人間。
いろいろやって、驚かせた上に、満足してもらうのが好きな人間だ。
「サンマか。刺身もいいし、炊き込みご飯もいいな。あの保温鍋を使った甘露煮を仕込むか、つみれをつくってなべってのもいいかもしれない。アヒージョとか……うーんできるかな」
いろいろ考える直人。
どれもこれもパッとしなかった。
スマホを取り出し、画面を見る。
この世界に来てからずっと圏外になっている表示に苦笑いする。
「ネットができれば色々調べられるんだがな」
「そんな事をしなくても、マスターがする事ならみなさん喜びますよ」
「そうかな」
「はい」
「そうか」
直人は頷き、サンマの仕込みをした。
さすがにそうは言われても、一工夫したくなるのが直人という男。
下ごしらえをして、みんながいる帰って来てもいい状態にしてから、再び縁側にでて、秋の景色にまったりした。
「かえったぞナオト」
炎の馬にのって、ソフィアが戻ってきた。
馬から降りて、炎髪から銀髪に戻って、直人の横に座った。
縁側に座る鎧姿の姫騎士、それもすっかり見慣れた光景だ。
「言われた通りの事をやってきたぞ」
「そうか、お疲れ」
「むっ、この香りは。夕飯はサンマか直人!」
「わんこかお前は。ああそうだ、今日はサンマつくし、ちゃんと焼きサンマも用意してるぞ」
「そうか、さすが直人だ!」
「サンマももうすぐ食べ納めだからな」
「むっ、なぜだナオト」
「冬になったらまた美味しいものがいっぱいあるからな。作れそうなのはお餅とか、鍋とかシチューとか」
「そうか、それは楽しみだ」
ソフィアは素直に言った。
直人はちょっとだけ驚いた。
「どうした、そんな顔をして」
「いや、てっきり『冬でもサンマがいい!』って言われるものかと」
「もちろんサンマは捨てがたい。しかしナオトがいうのなら、冬の食べ物はきっと冬の良さがあるのだろう。サンマはまた来年の秋にでも食べることにするさ」
直人はちょっとむずがゆくなった。
ソフィアから向けられる篤い信頼に背中がむずむずした。
会社勤めだった頃はまったく感じる事のなかったものだ。
「お餅と鍋が一番なのかナオト。冬の食べ物というのは」
「いや、おでんが最強だ。ただおでんは作れるかな……練り物がほとんどだし、そもそも具材が手に入らないかもな。日本――おれがいた国だったら余裕で作れるんだが」
「なら、そのうちナオトの故郷に行けばいい。ナオトの故郷だから、きっと素晴しいものがいっぱいあるのだろうな」
「……そうだな」
頷く直人。
「日本が素晴しい所というのはまちがいない。何しろこたつを生み出した国だからな」
直人はにやりと、冗談めかしていった。
「うむ! その一点だけで最強だ」
ソフィアも同意した。
「他に何かないか? 冬の美味しい食べ物」
「そうだな……闇鍋とかどうだ」
「闇鍋?」
ソフィアが首をかしげる。
「魔人を煮込むのか」
「誰を煮込むですって」
横からティアの声が聞こえた。
いつの間に戻ってきた彼女は縁側の横で、まるで空気椅子でくつろいでるかのようにういていた。
ソフィア同様、これも見慣れた姿である。
「ただいま、ナオト」
「お帰り。どうだった?」
「集めてきた、ちゃんと」
「そうか」
「ただいまー」
今度はミミの声だ。
空から降りてくるユニコーンの背中に乗っているミミと、その腕に抱かれている子犬。
ゴールデンコンビは同じく縁側に降りたって、直人の横に座ってきた。
「お帰りミミ。ミミはどうだった?」
「うん、みんな連れてきたよ。いまお城にいる」
「そうか、お疲れ」
「ブヒヒヒン」
ユニコーンがいななく、至極不満そうな顔だ。
それがティアに睨まれると、仕方ないと言わんばかりの顔ですごすご立ち去った。
「なんて?」
「ガキを背中に乗せるとは、一生の不覚。だって」
「それは悪いことをした」
「気にしなくてもいいわ」
ティアがそういう。
こうして、全員が帰宅した。
それぞれの用事を終わらせて、キャンピングカーに帰って来た。
直人、ソフィア、ミミと子犬が縁側に座り。
ティアがその横に浮かんで、キャンピングカーからパトリシアが生えてくる。
いつもの光景、すっかり見慣れた光景。
彼らは、日がおちるまでまったりした。
「さて、メシにするか」
直人は立ち上がり、キャンピングカーの中に入る。
ふと立ち止まって、にやり、と言う顔で振りむく。
「どうしたナオト」
「……夕食の献立を変更する」
「むっ、サンマじゃなくなるのか?」
「サンマはある。そのまま使う」
直人はにやりとした。
「サンマもつかった闇鍋をしよう」
パトリシア以外の全員が首をかしげた。
闇鍋とは? と言う顔。
その夜、キャンピングカーに笑い声が夜遅くまで続いたのだった。




