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姫騎士とコッペパン

 早朝のキャンピングカー。パンが焼けたかぐわしい香りが漂う中、ソフィアはのそりと起き上がってきて、階段を降り、こたつの前に座った。


「おはよう」

「あよ……」

「相変わらず朝弱いな」


 すっかりそれに慣れた直人は呆れた様に言いながらも、ソフィアの朝の世話をした。


「はいタオル、しっかり顔拭きな」

「うい……」

「鎧はここに置いとくから、後ろ前にきをつけな」

「うい……」

「歯ブラシ、しっかり磨け」

「うい……」

「あーこら、歯ブラシ反対、毛の方を手で掴まない!」


 直人はそういい、歯磨き粉でべっとりになったソフィアの手をタオルで拭いた。

 完全に目覚めるとびしっとして凜々しい姫騎士だが、朝はめっぽう弱く、要介護人物となってしまう。

 それを突っ込みながらもかいがいしく世話する直人は、旅の同行者というよりもおかん(、、、)に近い。


「なおと……ごはん」

「はいはい。今朝はコッペパンを焼いたから気を付けて食べな。はいわんこも、あついから気をつけて」


 ソフィアと、そして匂いに誘われて起き上がってきた子犬にそれぞれコッペパンを出して、直人はキッチンに戻った。

 朝からグルメ的な物を要求するティアのために、コッペパンに一手間くわえようとする。


「いたらきます……」


 キッチンに立ち、さてどうしようかと考えていた、その時。


「きゃうぅぅぅん!」


 子犬の悲鳴が車内に響く。はじめて聞く絶叫に近い悲鳴だ。


「どうした!」


 慌てて和室の方に戻ると、隅っこでがたがた震える子犬と、呆然しているソフィアの姿が見える。

 子犬の体にくっきりとした歯形がついていて、ソフィアの口元に抜け毛がついていた。



 起きてきたミミが子犬をあやすのを確認してから、直人は改めて、とソフィアを向いた。

 ソフィアは正座させられている。シュンとして、申し訳なさそうな顔をしている。

 その横にはティアがいて、こちらは直人同様呆れている様子だ。


「つまり、寝ぼけてたから、コッペパンとわんこを間違えて噛んでしまったって事だな」

「そうだ……」

「そりゃ確かに、コッペパンとわんこの色は似てるけどさ」


 直人はますます呆れた。

 柴犬である子犬と焼きたてのコッペパン。色で言えば確かに近しいものがある。

 どちらも上から焦げ茶色、茶色、白という順番での配色だ。写真で並べて見れば「完全に一致」とネタで笑えるものだと直人も思う。


「にしたって間違えないだろ」

「わんこ……」

「くぅーん……」


 ソフィアが呼ぶと、子犬は怯えたようにちょっと後ずさった。


「うぅ……」

「あきらめなさい、あんな歯形がつくくらい強く噛んだのだから、怯えられるのはしょうがないわ」

「しばらくしたら大丈夫になるだろうけど……こんなに怯えられるのはかわいそうだな。ミミ、わんこが動けるなら連れて散歩に行ってきな」

「うん!」

「わたしが連れて行くわ。散歩が終わるまでに魔法で治しておくわ」

「そんな事ができるのか」

「治癒の魔法は必要ないから使った事ないけど、あの程度の歯形ならなんとかなるでしょ」


 ティアはそう言い、子犬に向かって飛んでいった。キャンピングカーの中でも彼女は基本十数センチくらい浮かんで飛ぶようにしている。

 ソフィアの横を通って、子犬の前にやってきたその時。

 ピターン!

「きゃん!」


 ティアは盛大にずっこけてしまい、いつもの様に頭から突っ込んでいった。



 ソフィアの横にティアも正座させられた。鎧姿の姫騎士とドレス姿の魔神、そんな二人がシュンとして、畳に正座させられている。


「あんたさ……」


 直人は盛大に呆れた。


「だ、だって……」

「だってじゃない。なんでそう毎回毎回飛んでるのにずっこけるんだ? 普通に歩いた方がずっこけないんじゃないのかずっこけ」

「ずっこけいわないで」


 ティアは反論したが、いつものような勢いはなかった。

 ずっこけたときにあたってしまった子犬がキッチンに逃げ込んで、隅っこで震えている姿がそうさせた。

 小さな体をさらに丸めてがたがたと震える子犬の姿は、だれが見てかわいそうと言わざるを得ないものだ。

 その姿を前に、ティアもいつものような強気に出れないようだ。


「もう次からは普通に歩けよあんた。普通に足ついてるし靴も履いてるんだから」

「あ、あしは飾りなの! ナオトにはわからないけど綺麗に見えるようについてるだけなの」

「なんだその意味不明な主張は」


 直人は呆れ、そして子犬はますます怯えた。


「とりあえず、あんたたちはメシぬきな」

「えーーー」

「そんな……」

「口答えしない。わんこが許すまで飯抜き、いいな」

「はい……」

「わかった……」


 シュンとするソフィアとティア。子犬が許すまで、と言われてはなにも言い返せない様子だ。


「さて、大丈夫かわんこ」


 直人がキッチンに行くと、子犬がトタタタとやってきて、足元で体を押しつけてきた。


「くぅーん」


 切なげに何かを訴えかけるつぶらな瞳。


「わんちゃん、痛いのかな」

「だろうな。まあ盛大に歯形ついてたりするけど……多分大丈夫だろ」

「そっか……わんちゃんかわいそう……」

「くぅーん」


 ソフィアらに怯えるのとは対照的に、子犬は直人に甘えてきた。

 慰めて、と言わんばかりの様子だ。

 直人は撫でてやりながら、片指を立ててぐるぐるとさせた。


「痛いの痛いのーとんでけー」

「あたしもやるー。痛いの痛いのー飛んでけー」

「飛んでけー」

「飛んでけー」


 直人と、ミミ、二人で魔法の言葉を唱え続ける。

 ただの気休めに過ぎない言葉。しかし、それを繰り返しているうちに、子犬のつぶらな瞳から切なさが徐々に消えていった。


「もう大丈夫か、わんこ」

「わん!」


 子犬は元気よく鳴いた。さっきまでの事がまるで嘘だったかのようだ。


「わんちゃん元気になったね」

「ああ」

「ナ、ナオト」

「その子が元気になったのなら……わたしたちは……」


 ソフィアとティアがおずおずとした様子で聞いてきた。

 見ると、二人は足をもじもじさせている。正座ですっかり足がしびれている様子だ。

 そんな二人を見て、直人は子犬に聞く。


「わんこ、あの二人を許すかー?」

「くぅーん」


 子犬はまた切なそうにして、直人の裏に隠れた。

 ソフィア、そしてティア。

 二人から隠れるように、小さな体を直人の影に隠れてしまった。


「ダメだって」

「うぅ……」

「そんな……」


 涙目になる二人。自業自得なので、もうしばらく反省させとこうと直人は思った。


「さて、気を取り直して朝ご飯を作るか。ミミはパンでいいよな、わんこは何か別の作ってやろうか?」


 コッペパンがもしかしてトラウマになっているかもしれないと、直人の配慮だ。


「わんわん!」

「パンを食べたいっていってるよ」

「そっか。じゃあ温めるから、ちょっと待ってな」


 直人は立ち上がり、キッチンで三人分の朝食を用意する。

 ソフィアとティアの分はない、ここはきっちり飯抜きにした方がいいと思った。


「わん」


 足元で子犬が体を押しつけ、じゃれて来る。直人はにこりと微笑み返して、準備をする。

 パンを温めている間、直人はなんとなく考えた。

 新しいキャンピングカー、牽引させる二台目のキャンピングカーの事を。

 大体のプランは既にできあがっている、あといくつかの問題さえクリア出来れば、というところまで来ている。

 それを後でみんなと相談してみようとおもった。

 そうしているうちに、パンが温まった。電子レンジがチーン、と鳴って、直人は三人分のパンを取り出した。


「さあ、朝ご飯だぞ……」


 そういって、パンを持ってくるりと身をひるがえした、その時。


「きゃん!」


 何かを踏みつけた、子犬の悲鳴が聞こえた。

 慌てて足を上げて、下を見る。

 動いた時、子犬のしっぽを間違えて踏んでしまったようだ。

 子犬はみかん箱に飛び込んで、頭を埋めて、ぷるぷると震えだした。


「ご、ごめんわんこ! わざとじゃないんだ」


 慌てる直人、考え事をしていたせいで足元に子犬がいることをすっかり忘れてしまったのだ。

 何とかして謝ろうとしたが。


「「ナーオートー」」


 後ろから、女二人の声が聞こえてきた。振り向くと、ジト目をする二人の姿が見えた。


「えと……その……」


 いいわけを探そうとする直人。

 ソフィアとティアは左右にずらし、真ん中に一人分のスペースを空ける。

 そして二人同時にそこを指して。


「「正座!」」


 と言った。


「はい……」


 直人は言われたとおり、二人の間で正座した。


 この日、大人達は一日かけて、子犬に謝り倒したのだった。

昨日ツイッターのタイムラインで流れてきた画像を見て書きました。

興味をもたれた方は「柴犬 コッペパン」でご検索を。

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