姫騎士と柴犬のほっぺた
秋晴れの下、島をゆっくり観光するキャンピングカーは開けた場所に出た。
自然に出来たものではなく、人工的にならされた広場のような所。
そこは活気に満ちていた、老若男女、みんなが笑顔で楽しんでいる。
「なんかの祭りか?」
キャンピングカーを停めた直人からそんな感想が出た。街をあげてのイベント、何かしらの祭りのような感じだ。
「そのようだな」
助手席のソフィアが同意する。
二人の間に座って、子犬を膝の上に抱くミミが目を輝かせて、うずうずしている。
それを見た直人はクスリと微笑み、シートベルトを外して、エンジンを止めた。
「ちょっと見て行こうか。ミミも遊んできなー」
「うん!」
「あっ、ミミ。ちょっと待って」
「どうしたのお姉ちゃん」
「祭りなら……これをもっていくといい」
ソフィアは何枚かの硬貨を取り出し、ミミに渡した。
手を皿にして硬貨を受け取ったミミ。ちょっときょとんとしたが、直前より嬉しそうな笑顔になった。
「いいの!?」
「無駄使いはしないように」
「うん! ありがとうお姉ちゃん!」
見ている人にまで嬉しさが伝染する笑顔を残して、ミミは子犬と一緒にキャンピングカーの外に駆け出し、祭りの中に飛び込んだ。
「ねえ」
キャンピングカーの上、屋根の上からティアがニョキ、と顔を出してきた。
「わたしにも頂戴」
「頂戴って何を?」
「お金」
ティアはてらいなく言った。まるでそれが当たり前のことかのように。
「わたしも祭りを楽しんでくるから、お金を頂戴」
「自分でなんとかすればいいではないか」
ソフィアは呆れて言った。当然だと直人は思った。ミミにお小遣いをあげるのは微笑ましいが、ティアがそれを要求するのは呆れるしかない。
「なんとかしてもいいのだけれど、人間の細かいお金は持ってないのよ。金銀財宝なら山ほどあるけど」
パチン、と指を鳴らすティア。直人とソフィアの間に魔法陣が出来て、そこから金塊が出てきた。
まばゆい黄金色を放つ、金塊をピラミッドに積み上げたものだ。
「おいおいおいおい……」
直人は目を丸くした。こんなに大量な金塊を見たのは初めての事だ。
一方で、王国の姫であるソフィアがそれに驚くことはなかった。
「まったく、しかたないな」
言葉通り仕方なさそうに、硬貨をいくつか取り出して、ティアに渡そうとする。それを横から直人が手を伸ばして、何枚か取り上げた。
残った分を数えてから、ソフィアに聞く。
「これでミミに渡したのと同じくらい?」
「うん、ああそうだな」
「じゃあはい」
と言って、ティアに硬貨を差し出した。
「ちょっとナオト、それはいくら何でも少なすぎじゃないの?」
「少ない方がいいんだ」
「そんな訳ないでしょ」
「まあまあ、騙されたと思ってそれをもって楽しんできな。祭りって言うのは豪遊するより、限られた予算を握り締めて『あれがいいかな、それともこれがいいかな』ってするのが楽しんだ」
「……本当かしら」
ティアは半信半疑ながらも、硬貨を受け取ってキャンピングカーから離れて、祭りの方に向かっていく。
「今の話は本当か、ナオト?」
「ああ、本当だ。祭りはそうした方が絶対楽しい」
「そうか、ナオトがそう言うのなら信じよう」
ソフィアはそう言って、二人に渡したのとまったく同じ額の硬貨を取り出し、手に握り締めた。
「では、わたしも行ってくる」
「おー、行ってらっしゃい」
二人に続いてソフィアも送り出した直人。
「さて……部屋の掃除でもするかな」
すっかり引きこもり主夫となった直人は、祭りを前にしても発想がぶれる事はなかった。
部屋の中を片付け、暮らしやすい環境に保とうとする。それでシートベルトを外し、和室の方に戻ろうとしたその時。
ミミと子犬が走って戻ってくる。ハーフエルフの少女は遠目からでもわかる、出かけた時以上のワクワクした目をしている。
「お兄ちゃん! レースだって」
「わん!」
「レース?」
「うん、これ!」
ミミはそういい、一枚のチラシを直人に見せてきた。異世界の文字が書かれたそれを直人は読めなかった。
「なんて書いてあるんだ?」
「わんちゃんのレースがあるんだよ。ねえねえ、わんちゃんも参加していい?」
「わんちゃんのレース……犬レースってことか」
つぶやきつつ、読めないチラシを見つめる直人。
「それって誰でも参加できるのか?」
「うん! でも飼い主の同意が必要なんだって。わたしが言ったら、今度は保護者の同意がって言われた」
「ああ、そういうことか」
直人は納得した、当たり前の事だ。
「よし、ミミとわんこは車に乗れ。そこに一緒に行こう」
「うん!」
「わん!」
一人と一匹がキャンピングカーに乗り込んできた。直人はミミの道案内で、キャンピングカーを走らせる。
すぐに目的地についた。さらに開けた場所に設えられたトラック。
その中に何匹もの犬が走り回っていて、まわりに飼い主らしき者が大勢いて、さらにそのまわりに十数倍もの観客たちがいた。
ミミは子犬とともにキャンピングカーから飛び降りて、開催者の元に駆けていった。
何かを話して、こっちを指す。開催者の男と目があったので、直人は「お願いします」の意味合いをこめて頭を下げた。
それでエントリーが完了する。男は子犬にゼッケンをつけた。ミミは子犬とともにトラックの方に駆けていく。
子犬がトラックの中に飛び込んで、まわりの犬たちと一緒になって走り回る。
まるでウォーミングアップだなと、運転席から見守った直人の目尻が下がった。
ほどなくして、パン、と乾いた音がした。
開始の合図だろう、会社者の男がトラックの中に入り、犬たちをスタートラインに並ばせた。
全員がお行儀良くスタートラインに並んだ。直人達の子犬が一番外に並んでるせいか、一番小さく見える。
男がトラックから出て、手旗を持つ。
それを振り下ろして――犬たちが一斉にスタートした。
最初の直線、団子になって疾走する犬たち。飼い主達も、そして見ている観客も盛り上がった。
「わーい」
トラックの外、大外枠よりも遙かに外側をミミが走っていた。
「わんちゃんがんばれー」
声援を送りつつ、両手を広げて並走するミミ。
飼い主の中で一人だけ一緒になって走る幼女。次第に観客から笑い声と、彼女に向ける声援の声が上がるようになる。
「がんばれー」
直人はスマホのカメラで動画をとりつつ、のんびり応援した。まるで運動会に出場する親戚の子供を応援する様な気分だ。
一周、二周、三周。
トラックを三周まわる犬レース、子犬はビリから二番目という、勝負から程遠い結果に終わった。
「お兄ちゃん、ただいま!」
一緒になって走ったのに、ミミは疲れた様子なく、子犬と一緒に戻ってきた。
「おー、お帰り。残念だったな」
「うん! でもこんなのもらったよー」
「ボール?」
「あのね、これでわんちゃんを鍛えて、来年も出てくれだって」
「そうかー」
「わんちゃん、とってきて!」
ミミは早速、もらったボールを投げた。
ただのボールではなかった。放物線を描いて飛んでいくボールは途中で三つに分裂したのだ。
「おー」
子犬はそのうちの一つをキャッチしたが、他の二つは地面に転がった。
「あれをみっつ同時にキャッチ出来るといいのかな?」
「かもー」
「じゃあこれからそれを使った子犬とあそびな」
「うん! 来年もまた来ようねお兄ちゃん!」
「ああ」
無邪気に笑うミミに、直人は微笑み返した。
「ミミも鍛えないとな。わんちゃんだけ鍛えたら、来年は一緒に走れなくなるぞー」
「うん! あたしも鍛える!」
ミミはシュシュッ、と何故かシャドーボクシングした。
子供らしい不思議なリズム感でのそれを見て、直人はほっこりした。
そんな二人の元に子犬が戻ってくる。
ミミの前に座る子犬を見て――
「ぷっ!」
直人は思わず吹き出した。吹き出して、それから大笑いした。
「あはははは、わんちゃんすごーい、口おっきいー」
ミミも大笑いした。
二人の前にすわる子犬。その口でボールを三つ同時にくわえていた。
小さな口をめいっぱい占拠する三つのボール、それに伸ばされる頬の皮、そしてくわえた子犬のつぶらな瞳。
可愛さと同時に、妙なおかしさを感じさせる光景だ。
直人が思わず、スマホで写真を撮ってしまう程可愛らしかった。
「あははは、わんちゃんすごーい」
ミミはボールを受け取って、子犬の頬をむにょーん、と伸ばしてみた。
ボールが三つから一つに合体する不思議な光景が密かに繰り広げられていたが、それよりも、直人とミミは子犬の頬に夢中になって、しばらくの間、子犬の頬を揉みしだくのだった。




