姫騎士と重量オーバー
四方を壁に囲まれた、まるで箱船のような砦の中。
門に入ってるすぐのところで停まっているキャンピングカー。
直人は運転席に座って、フロントガラス越しにみていた。
至るところに兵士がいて、それらは一見所定のポジションに着いているが、ほとんどがこっちをちらちらみて、気にしているようだ。
キャンピングカーそのものが気になるのか、それともいきなりのせた事に対して疑問をもっているのか。
「むずかしいところだな」
直人はなんとなしに呟いた。
「不思議な気分です」
ダッシュボードしたのボックスにつながっているパトリシアが言った。
頬に手を当てて、ちょっとだけ困った表情だ。
「皆さんを運ぶのがわたしなのに、こうして何かに運ばれるなんて思いもしませんでした」
「たしかに、あんたが何かに運ばれるのは初めてかもなあ」
「はい」
「こっちの世界に来てなかったらとっくにやってたけどね。北海道と沖縄にも行くつもりだったから、適当なところでフェリーに乗ってたはずだ」
「はい」
いつも通りおっとりした様子でのパトリシア。しかしその顔はどこか落ち着かなさそうだ。
「パトリシア、オッパイ」
「はい、マスター」
直人は横向きに倒れ込む、夢がつまったオッパイに抱かれて、目を閉じてのんびりした。
「キャンピングカーってさ、やっぱり欧米が本場なんだよな。アメリカのヤツだともう本当に文字通り『モーターホーム』って感じのやつがごろごろしてるんだ」
「そうなんですか」
「前になんかで見かけたけど、映画スターが何億円かで作ったヤツとかすごかったぞ。どでかいキャンピングカーの下にスポーツカーが丸ごとすっぽり入るんだ」
「今のわたしたちと同じですね」
「うん?」
どういう事かと目を開ける。ガラスの向こうにいる兵士達を見て、現状を思い出した。
「キャンピングカーの中にすっぽり入ったスポーツカー。移動要塞の中にすっぽり入ったキャンピングカー。うん、一緒だ」
「マスターは、そういう大きなキャンピングカーがお好きですか?」
「あまりでかいのは好きじゃない。前にもソフィアの父親と話してたけど、秘密基地はある程度狭い方が夢があると思うんだ」
「夢は大事ですね」
「うん、夢は大事だ」
言って、また目を閉じる。
柔らかくて、温かくて、いいにおいがして。
あふれんばかりの夢に包まれて、直人はうとうとした。
「お兄ちゃん、後ろ開けて」
「うん?」
今度はどうしたのかと部屋の中を見る。
キッチンの所でミミと子犬がいて、一人と一匹はうずうずした様子でこっちを見ていた。
「ここ開けて」
「うん? うん」
なんだか分からないが、変形ボタンを押す。後方が開いて縁側になる。
「いくよ、わんちゃん!」
「わん!」
ミミと子犬、ゴールデンコンビが外に飛び出した。
とたたたた、がらがらがら。駆けるミミの姿が直人の横を通り過ぎる。よく見ると前に作ってやった紐付きの台車を引いている。台車の上にみかん箱が乗せられていて、子犬がその中に入っていった。
「オゴオゴー♪」
「わんわん!」
台車を引いて、箱船の様な砦の中をかけずり回った。
最初は兵士達が眉をひそめていたが、やがてゴールデンコンビにほだされたのか、直立不動なのは変わらないが、遠目からでも分かるほど目尻が下がっていった。
「そういえば……」
その光景を眺めていた直人があることを思いだして、スマホを取って、目当ての写真を表示させる。
「みかん箱もいいけど、こういうのもいいな」
「あら、かわいいじゃない」
運転席の横、窓の向こうからティアが覗き込んできた。
微笑む彼女が見たのは車輪付きの犬小屋である。小型犬が普通に住める犬小屋の下に車輪がついていて、その前方に牽引するための接続部分がある。
犬小屋をトレーラー風にした代物だ。
直人は写真をスライドさせる。今度はその犬小屋と自転車が合体したものが表示された。
「これを引いて回ったら楽しそうね。あの二人が」
「だろ。こういうのつくれればいいんだけど、自転車は難しいよなあ。フルで犬小屋を作っちゃうと重くなりすぎてミミに引けるかどうかわからないし」
「あの子はオークの血が入ってるから、意外と力持ちよ」
「といってもなあ」
ミミ達をみる。
「ぜーぜー、わんちゃん、交代」
「わん!」
ミミが台車に乗り、子犬が紐をくわえた。
そして走り出す、引き役の交代だ。
それをみた兵士達がますます相好を崩す。
曲がったときバランスを崩したミミに手を差し伸べてささえるものもいた。
「やっぱり疲れるみたいだ。そもそも子供だしな」
「それもそうね」
ミミと子犬がしばし交代しあって、互いをひいた。
一人と一匹はすっかり注目を集めて、箱船のアイドルみたいになっていた。
「つかれたー」
「わん」
一通り走った後、ミミは子犬を抱いて、台車の上に乗って休憩した。
ふう、と輝くような笑顔で汗を拭う。その姿も可愛かった。
「ミミー、それを引いて後ろに来て」
「後ろ? わかったー」
頷き、ミミは子犬と一緒に仲良く台車を引いて、こっちに向かってくる。
直人はオッパイから離れ、こたつの和室を通って、キャンピングカーの後方に向かう。
開いたままの縁側でミミたちと合流した。
「その紐渡して」
「うん、どうするの?」
「そうだな……この辺がいいかな」
縁側の下をのぞき込む。ちょうどいい感じのでっぱりがあったので、台車の紐をそこにしっかり結びつけた。
「これでよし。ミミはわんこを抱いてそこに乗って」
「……うん!」
ミミは子犬を抱いて台車に乗った。
見つめてくる目はキラキラしている、直人の意図を理解したようだ。
直人はにこりと微笑んで、運転席に戻った。
エンジンを起動させて、ナビに後方のミミを映し出させて、慎重にアクセルを踏み込む。
キャンピングカーがゆっくりと進む。台車は引かれて同じように進む。
「オゴオゴ♪」
「わん!」
台車に乗ったミミと子犬が大興奮した。
キャンピングカーに引かれる手作りの台車。
アンバランスさと、幼女と子犬のコンビが微笑ましかった。
飛んで併走するティアも穏やかに微笑むくらいだ。
「贅沢な引き方ね」
「甲子園を貸し切って草野球するようなもんだな」
「甲子園も草野球もわからないけど――言いたいことはなんとなくわかるわ」
ティアは後ろに目を向けて、目を細める。
魔神と常に自称する割には穏やかすぎる表情である。
「あんたも乗ってくるか?」
言うと、ティアはどうしてかいきなり慌てだした。
「な、なぜわたしが」
「だって乗りたそうにしてたから」
「そんなことないわ、いい? わたしは魔神サロー……」
「ティアちゃん乗るの?」
「わんわん」
ミミと子犬の声が聞こえる。ともにきらきらとした、期待に満ちた目をしている。
「期待されてるみたいだぞ」
「で、でも――」
「のろ、ティアちゃん!」
「わん!」
「……しょ、しょうがないわね」
乞われて仕方なく、という様子で後ろに向かって飛んでいくティア。
しかしその口角が笑みの形になっているのを直人は見逃さなかった。
笑い出しそうになるのをこらえて、彼女にいう。
「ずっこけるなよー」
「しないわよ!」
言った後、ペースを落とす。慎重に飛んでいく。
それでもずっこける確率はかなり高いのだが、まあそれはそれで面白いからいいかと直人は思った。
しばらくして、ティアはなんとかずっこけずに、ミミたちの所にたどりついた。
直人はゆっくりブレーキを踏んで、キャンピングカーを止める。
「ここに乗ればいいのね」
「うん!」
「あなたたちは?」
「ティアちゃんが乗ったあとに乗るー」
「わん!」
「そう」
ティアは頷き、ミミ達がどいた台車に乗った。
それをナビの後方カメラで確認していた直人だったが、次の瞬間。
バキッ!
乾いた木材の裂ける音。
ティアが乗った瞬間、台車が壊れてしまったのだ!
場の空気が凍る、遠くにいる兵士達が驚いた顔をして、ミミさえも口をつぐんでしまった。
皆が空気を読んだが、このままなかったことにすることも難しい。
直人がどうしようかと考えていると。
「太ったな」
あえて空気を読まないものが現われた。
プリンセスドレスのソフィア。女武者とどこかへ行っていった彼女がいつの間にか戻ってきて、ニヤニヤ顔でティアを見つめた。
「そ、そんなはずないわ! このわたしがそんな事になるはずなんて」
「そうだな、なんだって魔人サローティアーズなのだからな」
ソフィアがいう、ティアがキョトンとする。
ここぞとばかりにいじられると思っていたのが、何もされなかったことを不思議に思った様子だ。
が、犬猿の仲であるソフィアが彼女を見逃すはずもなかった。
「ナオト」
「わたし、今とびっきり甘いものが食べたい気分なのだ」
「甘いもの?」
「そうだ、何か作ってくれないか?」
「いいけど……」
ティアを見る、彼女はぷるぷる肩をふるわせていた。
ソフィアは彼女を見て、言った。
「ナオトが作る甘いものはきっと美味しいぞ。一緒に食べようではないか」
「き、きさまあああ」
叫ぶティア。
彼女はなんの誇張もなく、文字通りの血涙を流していたのだった。
ずっこけなかったねティアちゃん! (*^^)b と思ったらこの有様だよ、的なお話。
彼女が一番空士、運動不足だからねえ、と思ったときにこのネタが浮かびました。
そしてちょっと宣伝。
姫騎士とキャンピングカー好評発売中です。おかげさまで売れ行きは上々、本日のブックウォーカー週間ランキングでも10位にランクインさせていただきました。
品切れの声もちらほらと聞こえてきてますので是非お早めに。




