姫騎士とひらめっこ
夕食後のキャンピングカー。
三日連続のサンマをたらふく頬張ったソフィアはほんわか顔で食後のお茶をすすっていた。姫騎士にあるまじき緩みきった表情で、瞳は虜になったサンマの形をしている。
直人はキッチンで食器を洗いながら、苦笑いを浮かべて言った。
「ティアのやつ、サンマを見た途端逃げ出しやがって」
「仕方ありません、三日連続で同じ食事が出てきたらそうもなりますわ」
「まあ、その分のサンマを食べた人が幸せそうだから、それでいいんだけど」
ちらっとソフィアを見る。大好きになったサンマを一気に二尾も食べられた彼女はまたうっとりしている。
「さすがにそろそろ飽きてきたから、明日は違うものを作ろう」
「それはだめだ」
ぱっ、と我に返るソフィア。それまでどこかにとんでいった彼女は直人の言葉に激しく反応した。
「あしたもサンマだナオト」
「でもなあ」
「魚は日持ちしないのだ、早く食べてしまわないと腐ってしまうぞ」
「それはごもっともなんだけど」
直人は微苦笑しつつ、こたつの横で子犬と戯れているミミを見た。
「オゴ?」
ミミは小首を傾げ、キョトン顔で見つめ返した。
「どうしたのお兄ちゃん?」
「ミミは明日もサンマで大丈夫か?」
「うん! サンマ、美味しいよ」
「そうか。まあ、それならいいんだけど。パトリシアは?」
「わたしも大丈夫です、マスターのお作りになったものならなんでも」
「そうか」
「それ見ろナオト、みんなもサンマがいいと言っている。だから――」
「都合のいい風に解釈するんじゃない」
そういい、ソフィアにデコピンをした。食器洗い中で、泡が彼女の額にちょびっとついた。
ソフィアは手の甲で泡を拭い、再びこたつの横に座り直した。
「あはははは、わんちゃんすごい顔」
「わう?」
「あはははは」
「どうしたのミミ?」
「あのね、わんちゃんが今すっごく面白い顔をしたんだ」
「面白い顔?」
手を止めて、ミミと子犬の方を見る。畳の上に座っている一人と一匹は向き合っている。
「面白い顔か……」
最後の皿を洗い終わって、綺麗な布で水気を拭き取りつつ、考える直人。
「にらめっこでもやってたのかな」
「にらめっこってなに?」
「しらないのか? 向き合った二人がお互いに変な顔をして、相手を先に笑わせたら勝ちって遊びだ」
「変な顔で?」
「そう、変な顔だけで。相手に触っちゃダメで、顔だけで笑わせるんだ」
「オゴオゴ♪ それすごく楽しそう」
「やってみるか?」
「うん!」
ミミが頷くと、直人は手を拭き、彼女の前に座った。わずかに前屈みになって、視線の高さを合わせる。
「じゃあ、一緒に掛け声をだしてな」
「うん!」
「にらめっこしましょ」
「しましょー」
「あっぷっぷ!」
「ぷっ!」
かけ声の直後、直人は自分の指で鼻を引っかけて、上にみょーん、となるように引っ張った。
「あはははは、お兄ちゃん何それ、おもしろーい」
「そうか、面白いか」
「うん!」
「でもこれミミの負けだぞー。おれは変な顔でミミを笑わせたんだからな」
「あっ、そっか。まけちゃったね」
負けたといいながらも、ミミは楽しげだった。
「わんちゃん、にらめっこしよう」
「わん!」
「にらめっこしましょー」
「わん、わん、わん!」
「……」
「……」
ミミと子犬、双方は見つめ合ったまま、沈黙が流れた。
ミミは顔をしかめて、精一杯の変顔をしたが、子犬がそれで笑うことはなく、逆に子犬も愛らしい顔をしているが、変顔ではなく、それでミミが笑う様な事はない。
「ぷはー」
先に根をあげたのはミミだった。変顔中行きを止めていたのか、大きく呼吸をした。
「引き分けだな」
「うん」
「楽しそうだな、わたしも混ぜてくれ」
ソフィアがそう言ってきた。すると直人は子犬を抱き上げて、こたつの上に置いた。
「じゃあ、まずはわんことやってみろ」
「わかった。にらめっこしましょ、あっぷっぷ」
「くぅーん」
かけ声の直後、子犬は小首を傾げて、ソフィアを見た。
愛らしい姿に、変顔しようと顔に手を伸ばしたソフィアが一瞬でうっとりとなった。
「あんたの負けだな」
「……はっ。な、何を言う直人、わたしは笑ってないぞ」
「いや笑ってた。締まりのない笑顔になってたぞ」
「笑顔もダメなのか!」
「育ったところのローカルルールだ。『笑顔』って分類されるようなのは全部アウトだ」
適当だけどな、と直人は密かに思った。
そんなローカルルールはもしかしたらどこかにあるかも知れないけど、少なくとも彼が育ったところにはそんなものはない。
あくまで、ソフィアをいぢめるための方便だ。
「も、もういっかい、もう一回だ」
「お姉ちゃん、あたしともやろ」
「よし、いくぞ。にらめっこしましょ―」
ソフィアとミミ、そしてたまに子犬。
二人と一匹でにらめっこをはじめた。
時にはソフィアが吹き出したり、時にはミミが大笑いしたりと、キャンピングカーの中は笑い声に包まれた。
「マスターは参加しないのか?」
「おれがやると大変な事になるからなあ、やめといた方がいいだろ」
「大変な事ですか?」
頬に手を当てて、首をかしげて不思議がるパトリシア。
「にらめっこジャパンカップで奇跡の六連覇を成し遂げた伝説のファニーフェイス・直人様だぜ、おれが本気でやったら相手の腹筋が崩壊するよ」
「ほほう?」
ミミとにらめっこをしていたソフィアが食いついてきた。
「それは聞き捨てならないなナオト、誰の腹筋が崩壊するって?」
「やめておけ、あんたじゃ抵抗すらも出来ない」
直人はわざとらしくいって、大げさに鼻で笑った。
すると、カチン、という音が聞こえた気がした。
「やろう、ナオト。お前のにらめっこがどれほどのものなのか見せてもらうぞ」
「後悔しても知らないぞ」
「やれるものならやってみろ」
「ふっ」
直人はシニカルに笑いながら、場所を移動した。
ソフィアに正面を向きつつ、ミミ、パトリシア達から顔が見えない様に背中を向けた。
「何故移動するのだナオト」
「二人を巻き込んだらまずいからな」
「……そんなに? いやなんでもない」
ごくり、とソフィアが固唾をのんだ。
そうして見つめ合う二人、キャンピングカー内の空気がはりつめる。
一触即発の空気の中、ソフィアが先に動いた。
「にらめっこしましょー」
かけ声と共に、両手で頬を挟んで、ひょっとこ顔にした。きわめて、オーソドックスな変顔だ。
一方で、直人は手を使わなかった。
顔だけで勝負した。
「あっぷっぷー――あははははは」
かけ声が終わった瞬間、ソフィアは盛大に吹き出し、大笑いした。
腹を抱えて笑いころげる。
「お姉ちゃん?」
「マスター?」
ミミとパトリシアが訝しんだ。直人の背中にいる二人はまったく顔がみえなかったのだ。
「マスター……一体どのような顔を?」
「すっごい顔なのかな」
二人がそんな事をいってる間も、ソフィアは笑い続けていた。
腹を抱えて、畳を叩き、たまに顔をあげて直人をみて、更に爆笑する。
あまりに笑いすぎて、咳き込んで涙が出てしまうほどの笑いっぷりだ。
「おれの勝ちだな」
「ひ、卑怯だぞナオト、そんな顔――あははははは!」
「お姉ちゃん楽しそう」
「さすがはマスターです。スカーフェイスの二つ名は伊達じゃないですね」
「アグリーフェイスだ」
「くぅーん?」
子犬が何か言いたげに首をかしげる。
「ねえお兄ちゃん、どんな顔をしたの?」
「ひ・み・つ」
前に回り込んできたミミに、唇に人差し指を当ててウインクする。
「えー、教えて」
「そうだな、じゃあ、十分の一くらいで」
「オゴ♪ お兄ちゃんなにそれ、おもしろーい」
手加減されたナオトの顔芸がミミを、そしてパトリシアも笑わせた。
夜更けのキャンピングカーから、笑い声が途絶えることはなかった。
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