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姫騎士と浴衣

 深夜のキャンピングカー。月明かりが照らし出す縁側。

 直人はあぐらを組んで、グラスを傾けながら、隣にいるパトリシアの事を眺めていた。

 パトリシアは型紙から切り出した布を縫っている。まるで、昭和のお母さんの様な光景だ。


「手伝おうか」

「大丈夫です、マスター。わたしに任せてください。というより、マスターは裁縫も出来たのですか?」

「ものつくりは好きなんだ。小学校の頃、家庭科の成績はいつも『五』だったんだぜ。はじめて母の日にしたプレゼントも手作りのエプロンだったくらいだし」

「そうだったんですか。マスターがお縫いになった方が綺麗に出来そうですね」

「だろ」

「でも、わたしにやらせてください。やりたいのです」

「そうか」


 珍しく、というよりはじめて耳にするパトリシアの強い主張。彼女は現われてからずっと、一歩引いたポジションで直人の補佐につとめてきた。直人の事をマスターと呼び、使用人、あるいは秘書のように振る舞い続けてきた。

 そんな彼女が自分でやりたいと言ったのだから、そうさせてやりたいと直人は思う。

 いま、彼女が縫っているのは浴衣である。

 型紙から切り出した布は明らかにサイズが小さく、子供用のものだ。


「ミミ、喜ぶだろうな」

「そうなら、嬉しいのですが」

「わーい、おねいちゃんが作ってくれた服だー。とか、想像出来ない?」


 ミミの声色をまねする直人。パトリシアはクスッと微笑んだ。


「そうですね、きっとそう言ってくださると思います」

「というか、おれも何か考えないとな」

「なにか、ですか?」

「あんたの改造をするパーツを取りに行ってくれたミミに礼を言うために、プレゼントするための浴衣を縫ってるんだろ」

「まったく、そういうわけではありませんが」


 微かに頬を染めて、恥ずかしそうに言った。実際そうなのだが、改めて言われると……という表情である。


「だったら、おれもちゃんと礼をしないと。おれの大事なパートナー、夢の結晶なんだからな」


 グラス片手に、愛しそうに車体を撫でる直人。酩酊としている目つきはどこまでも優しい、いつもの彼よりも数段優しい目つきである。


「何がいいと思う?」

「なんでもいいと思います」


 縫っている浴衣を広げてチェックして、直人に答える。


「マスターがする事なら、何でも喜ぶと思います」

「まあ、そういう子か、ミミは」

「それもありますけど」

「うん?」

「マスターは何かを作るとき、いつも相手の事を考えていらっしゃいます。喜ばせたり、美味しいと思わせたり。いつもそうしてらっしゃいますので、マスターがする事は、きっとなんでも喜ぶと思います」

「……」


 目を見開き、パトリシアを見つめた。顔が赤いのは単にアルコールのせいだからではないだろう。


「そういう風に言われたのははじめてたよ」

「人間さん(、、)はみな、どこかで本心を隠してらっしゃいますから」

「あんたはそうじゃないのか?」

「……」


 パトリシアは答えず、手を止めて、直人が座っている所の横を見た。

 縁側の上で、だらん、とした格好で寝そべっている豆柴の子犬。

 子犬は直人に体を寄せて、寝ていた。


「この子、マスターの事を一番好きみたいですね」

「いや、ミミだろ。いつも一緒に遊んでるじゃん」

「ですが、寝るときはマスターのそばの事が多いように思えます。きっと、マスターが大好きなのだと思います」

「そうなのかね」


 玉虫色につぶやき、子犬の頭を撫でた。

 子犬はびくっ! と顔を上げたが、自分を撫でているのが直人だと知り、またすぐに頭を伏せて、寝てしまった。

 一瞬だけ野生に戻った後、安心した様な振る舞い。

 直人の胸に、じんわりとしたものが広がっていく。

 ちょっと前まではまったく想像もつかなかった、望もうという発想すらない、穏やかな気持ち。


「あれから……どれくらいたったんだろう」

「マスターの乗車時間は、二千四百九十六時間五十一分十九秒です」

「ああ、もう二千五百近いのか。えっと……」


 グラス片手に、指を折って計算しようとする直人。


「約三ヶ月です」


 パトリシアがいつもの様に、秘書さながらに答える。


「大分経つな。ちなみに他のみんなは?」

「ビジター一は二千四百二十四時間五十五分十秒、ビジター二は二千三百七十六十二分三十一秒、ビジター三は二千二百五十六時間三十六分三十一秒、ビジター四が九百三十六時間四十二分三十四秒です」

「一人だけ桁違いに少ないけど、それでももう千時間近いのか」

「ちなみに乗車率もマスターがトップです、九十九パーセント越えてます」

「ふふん、自宅警備員は伊達じゃないぜ」

「二番目はビジター四です、九十五パーセント弱です」

「ずっこけが? 意外と乗りっぱなしなんだな」


 感心しながらグラスを傾けると、いつの間にか、底がつきていた。残った氷を口に含んで、後味と、清涼感を味わう。


「お入れしましょうか」

「いや、いい。あまり飲むと運転するってなった時大変だから」

「この世界で飲酒運転を気にしなくても大丈夫なのでは?」

「確かに取り締まる人間はいないけど。みんなの命を預けてるんだ、それは出来ないよ。それに」

「それに?」

「ぶつけて、あんたの体に傷がつくのは耐えられないから」

「ありがとうございます、マスター」


 沈黙が流れる。微風が吹き、二人の体を撫でていく。


「そういえば、もしぶつけたら、あんたはどうなるんだ?」

「どうなる、と言いますと?」

「例えばぶつかって、車体がへこむだろ? で、こっちのあんたはどうなるのかな、って思ってさ」

「……そうですね」


 縫う手を止め、頬に手を当てて、考えるパトリシア。


「オッパイが、減るのではないでしょうか。推測ですけど」

「いや、おれもそう思う。ぶつけたらあんたのその美巨乳が縮むと思う。だからなにがあってもぶつける訳にはいかないって思う」


 にやりと口の端を持ち上げる直人。冗談めかした口調だが、本音でもある。


「うーん、もっともっと、あんたのオッパイを大きくしたいな」

「すぐに大きくなりますよ」

「ミミが戻ってきたらだろ。それはわかってる、その上でもっともっとだ」

「何か案はありますか?」

「そうだな」


 直人は立ち上がって、一度部屋の中に入って、紙の束を持って戻ってきた。


「ソフィアとティアと、彼女達と話し合って色々改良案とか描いてみたけど、正直迷うな」

「迷いますか」

「今まではおれの中の常識にとらわれてたから、改良案も常識的なものだった。でもさ、ミミが持ってきたものって、おれの常識から外れたものだろ」

「はい」

「そういうのもありになると、今まで描いたものが物足りなくなってくる」

「足りないですか?」

「正直……うん、そうだな」


 直人は膝を叩き、うんうんとしきりに頷いて、いった。


「夢の……最強のキャンピングカー、と言うのを目指すべきかなって思うんだ」

「目指されますか?」

「目指しちゃいますか」


 パトリシアと見つめ合い、微笑みあった。


「マスターはどのような感じにしたいですか?」

「大前提として車体はこのまま、物理的な空間も今のままだ。おれさ、あんたが生えてきてるあの不思議空間の中に入ったことがないだろ」

「はい」


 頷くパトリシア。直人を見つめる顔は「どうしてですか?」とたずねているようでもあった。


「ソフィアの父親とも話してたけど、秘密基地はある程度狭い方がいいんだ。大きすぎちゃ秘密基地感が薄れてしまう。おれの中の基準だと、今のスペースが上限なんだ」

「そうでしたか」

「だから、そこは大前提として譲れない」

「変形機構、というのはマスター的に受容できる範囲ですか?」

「変形?」

「はい、えっと……この前ティア様がおっしゃってた」

「ああ、これか」


 直人はキャンピングカー見取り図の中から一枚抜き出して、紙束の一番上に置いた。


「外のガワ(、、)が変形して、実質中のスペースが大きくなるギミックか。前に話してたヤツだな」

「はい。こういうのは、マスター的には?」

「……アリだな」


 図面をじっと見つめながら、頷く直人。

 不思議空間ではない、ギミックで使える空間を増やす。さながら匠の妙技のようなものだ。


「むしろ大いにありだ、限られた空間をギミックで増やす、逆に大いにありだ。キャプコンとかバンコンも屋根をホップアップさせるしな」

「では、基本の空間は今のままで、大きくしたいときはそういうギミックをつける方向で如何でしょう」

「ああ、それで行こう」


 直人はしばし図面を見つめて、やがて勢いよく立ち上がった。

 図面をもって部屋の中に戻って、代わりに布と針をもって戻ってくる。


「マスター?」

「おれも浴衣を作るよ」

「……ティア様の分ですね」

「……」


 直人は何も言わず、微笑みで応えた。

 深夜の縁側、布を縫う二人。


 夢のキャンピングカーに、少しだけ近づいた。

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