姫騎士と大掃除
昼下がりのキャンピングカー。縁側でまったりしている直人に、ソフィアが聞いてきた。
「ナオト、この赤いところを押せばいいのか?」
「うん?」
顔をあげて、首だけ振り向く。電子レンジを指さしているソフィアの姿がみえた。彼女の指の先には赤地で「あたため」と書いてあるボタンがある。
何か料理でも暖めるのかな、と、直人はそう思い適当に頷いた。
「それであってる。それをおしたらオートで最適にあたためてくれる」
「わかった、ありがとう」
ソフィアはそういい、スタートボタンを押した。電子レンジの中が光りだし、運転音がキャンピングカー内に響く。
直人は首を戻して、車の外を見る。視線の先に大きな町が、オークの国の都が見える。
秘宝をとりにミミがそこに行っている。
「すぐ戻るらしいけど、どれくらい――」
瞬間、背後が爆発した。
密閉空間の中で何かがはじけたような、「ポーン!」という音が数度して、その直後に電子レンジの運転音がとまった。
「ど、どうしたんだ!」
ぱっと飛び上がって、車の中を見る。ソフィアが電子レンジを呆然とした様子で見ている。
すぐに、原因が分かった。
レンジのドアが開かれ、そこから何かがぶちまけられた。大半はソフィアにぶちまけられて、一部は部屋の中にも飛び散った。
白と黄色のどろっとした固まり、そして白い殻。
「……あんた、また卵をチンしたのか。前もやったのに」
「ち、ちがうぞナオト。今度はちゃんと殻をわったのだ。殻を割って耐熱容器にも入れた。なのに――」
「殻を割ってても爆発するわ!」
「そうだったのか!」
「そうだよ! 爆発は黄身だけでもするもんだよ」
「そうだったのか……すまない、ナオト」
「あんた――ふう」
直人は言いかけたが、やめた。彼女は見るからにシュンとしていたからだ。
失敗を責めるよりは後始末しなければと思った。フェイスタオルをとりだして、ソフィアに手渡した。
「ほら、これでとりあえず体ふいとけ」
「あ、ありがとうナオト」
「あーあー、盛大にぶちまけたな。こたつにたたみ、あー、テレビにまで飛び散ってるよ」
「すまない……」
「大掃除するか」
「大掃除?」
きょとんと首を傾げるソフィア。
「ああ、そのうちやろうと思っていたところなんだ。本当は年末かなって思ってたけど――いい機会だ」
縁側の向こうに見えるオークの町に目を向けて、いった。
「大掃除して、ピカピカになったところで改造しよう」
「手伝うぞナオト」
「じゃあとりあえず、出せるものを外に出そう。まずはこたつだ」
「任せろ」
ソフィアは胸をたたいて、こたつをひょいっと持ち上げて、車の外に運んだ。直人は絞った雑巾を彼女に向かって放り投げた。
「ソフィア、それでこたつをきれいに拭いてくれ。卵のかけらだけじゃなく、普段からの汚れもな」
「まかせろ」
ソフィアはそういい、雑巾で丁寧にこたつを拭きはじめた。お気に入りのこたつなだけに、その手つきは丁寧で、まるで恋人を扱うような手つきだった。
大げさだが、丁寧な分には問題はない。直人はそれを確認してから、新しいタオルでマスクをして、部屋の中のものを次々と運び出した。
そして部屋の中ががらんとなったところで、タタミの隙間に棒を差し込んでずらし、浮き上がった一枚を床からはがした。
その事に気づいたソフィアが驚いて、聞いてきた。
「ナオト? それはずせたのか」
「ああ、タタミだからな……ちなみにタタミってすごいぞ」
「すごい?」
「そこに包丁がを出してあるだろ?」
「あるぞ。これがどうしたんだ?」
「それをおれに向かって投げて見ろ」
「え? しかし……」
「いいから」
直人はタタミを戻して、ソフィアを促した。
ソフィアは少し迷ったが、直人が平然としているのをみて、包丁をてにした。
「じ、じゃあ、なげるぞ」
「こい」
「えい!」
彼女にしては珍しく、弱く、かわいらしいかけ声だ。それに比例するかのように、包丁が半分放物線を描いたゆっくりさで飛んでくる。
「秘技! タタミ返し!」
わざと大げさにいって、手をかけたままのタタミを持ち上げた。直後、ドスッ、という音をたてて、包丁がタタミに突き刺さった。
「おお」
「こんな訳だ。ちなみにもっと強く投げてきても止められるぞ。刃物だけじゃなく、銃弾は――はあるかどうかわからないけど、弓矢とかそういうのなら普通に止められる」
「すごいな」
「おれの生まれた国じゃ、武士たちはこれで暗殺を防いでたんだ」
「そんなすごいものだったのか! タタミは!」
「そうだ」
「じゃ、じゃあコタツも……何か違う使い方があるのか?」
ソフィアは目を輝かせて、直人に聞いた。くつろぐだけではない、新しい可能性に興奮している様子だ。
もちろんそんなものはない。コタツはまったりするために特化された家具だ。一度はいった人間をとらえて離さない不思議な魔力はあるが、それ以外の使い道を直人は知らない。
なので、適当なことをいってごまかしつつ、タタミも全部車の外にだした。布団なども全部だして、日向に干した。
エアコンのフィルタをはずしてぬるま湯で洗い、換気扇の油汚れをおとす。
シンクの水垢やシャワールームのぬめりなどには手こずったが、なんとかなった。
照明に使われるLED電球は全部はずして、一つ一つ丁寧に磨き上げた。
窓はソフィアとともに拭いてから、最後にタタミをはがしたあとの床を丁寧にはいて、固絞りの雑巾で水ふきした。
最後に子犬のねぐらであるみかん箱を丁寧に補修して、敷きタオルを入れ替えたやった。
「ふう。ナオト、次はなにをすればいいのだ?」」
「うーん、とりあえずこんなところかな。洗車もしてしまいたいけど、それは普段からやってるから、大丈夫か」
「もうないのか」
「ああ、もう大丈夫だ。家具を全部中にいれたら、あんたはシャワーを浴びるといい。その間におれがご飯をつくっておく」
「いいのか?」
「大掃除をしたあとのご飯は格別だぞ」
「わかった」
ソフィアはそういって、シャワー室にはいっていった。
直人は綺麗になったシンクの前に立ち、考えた。
「手っ取り早くなにか作るか。疲れた時はさっぱりしてて軽いものがいいよな、なにかあったっけ」
ふと、縁側に着け直した風鈴が「チリン」となった。
夏の縁側、微風になびく風鈴。
直人は、ある料理を思い出した。
「ふぅ……ナオト? あ、こっちにいたのか」
しばらくして、ソフィアがシャワーから出てきた。直人はすでに料理を作りあげていて、それと一緒に縁側で待っていた。
「それは?」
「冷やしソーメンだ」
「ひやし……そーめん?」
首をかしげて訝しむソフィア。
直人が用意したのは、氷水を張った木の桶と、その中に浮かんでいる白い糸のような麺。
そして茶碗に氷と黒い液体、さらには刻んだネギが用意されている。
「そ、ソーメンだ。ちょっと前につくって、天日に干してたのがあっただろ」
「うむ、あの糸のようなものだな。そうか、それがそーめんなのだな」
「そうだ」
「これをどうするのだ?」
「このつゆに薬味をちょちょっと入れて、ソーメンをつけて――すする!」
直人はズズズ、と声を出してソーメンをすすった。
よく冷えた麺とつゆが疲れた体に染み渡る。
「こうだ」
「なるほど」
ソフィアは頷き、茶碗をとって、薬味とソーメンを絡めて、食べた。
「あー、違う違う。食べるんじゃない、すするんだソーメンは」
「すする?」
「そう――こうだ」
そういって、またズズズ、とソーメンをすすった。
「そ、そんな行儀の悪い食べ方ができるか」
ソフィアは顔を真っ赤にして、反論した。
「これが一番美味い食べ方だし、ちゃんとした作法なんだぞ」
「そんな作法があるか!」
「うーん。あんたさ、ものを食べる時ってスプーンとかフォークを使うよな」
「ああ」
「パンを食べるときもそうなのか?」
「え、いやパンはてでちぎって食べるが」
「そんなの行儀悪いだろ、ちゃんと食器を使って食べないと」
「何をいうナオト、パンは手でちぎって食べるのが正しい食べ方だぞ」
「それと一緒だ。ソーメンも声を出してすするのが正しいんだ」
「うっ……し、しかし」
なおも難色を示すソフィア。そんな彼女を見て、直人は「乗って」来た。
「やってみろよ、普通に食べるよりも美味しいぞ」
「うぅ……」
「ほら」
「だ、だが……」
「すすらないと食べさせないからな」
「えっ?」
「手間暇かけてつくったソーメンとつゆだ、作法とおりにやらないヤツになんか食べさせない」
「そ、そんな」
「これはとっといて、ミミが帰って来た時に食べさせるわ。ミミならちゃんとすすって食べてくれるだろ」
そう言って、木桶に手をかけた。
「ま、待ってくれ」
「うん?」
「す、すするから。それを食べさせてくれ」
「すすらせてください」
「え?」
「すすらせてください、って言ったら食べさせてやる」
「うぅ……す、すすらせてください」
「よし」
直人は木桶から手を放し、代わりに茶碗をとって、ソフィアに渡した。
ソフィアはやっぱりちょっとだけ迷ったが、思い切って、音を立ててソーメンをすすった。
ずずずずず、と麺をすする音が縁側にこだまする。
「どうだ?」
涙目になっているソフィアに聞く。
「……う、うまい」
「だろ」
「うまいが……うぅ。こんな辱めを受けるなんて」
「まだあるから、どんどん食えー」
「うぅ……」
綺麗になったキャンピングカー、縁側の先。
涙目のソフィア、のんびりしている直人。
二人は、ソーメンをすすり続けた。




