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姫騎士と七夕の短冊

 昼下がりの河原、止まっているキャンピングカー。

 ミミが縁側に足を下ろして座っていて、その先に直人がいた。

 直人はミミに背を向けながら、話しかけた。


「じゃあ、ミミのおうちまでもう少しなんだ」

「うん!」

「距離はどれくらいあるの?」

「うんとね、あたしが歩いて、三日!」

「子供の足で三日か、それは相当近いな。明日くらいにはもうついちゃかな?」

「そうなの?」

「大体だけどな。一気に行っちゃう?」

「ううん、ゆっくりでいい」


 いつも通りにと言ったミミに、微笑み返す直人。

 キャンピングカーに乗ってののんびりスローライフ。自然とそういう発想をするミミに、喜びが込み上がってくる。


「そういえばミミにとって久しぶりのおうちだよな。おれたちと出会ってからすでに三ヶ月くらいだっけ」

「うん! みんなとあうの久しぶりだから、楽しみ!」

「みんな?」

「うん、みんな!」

「そっか、みんなか」


 微笑む直人。天真爛漫で人に好かれやすいミミだ、きっと故郷でも人気者なんだろうな、というのは想像に難くない。

 親戚の中で一人はいる、誰からも好かれ、可愛がられるような子を彼は想像した。

 そんなミミが、首をかしげて聞いてきた。


「お兄ちゃん、さっきから何をしてるの?」

「うん? うん、その辺に笹が生えてたから、一本切ってきた。せっかくだしこれを使って七夕でもしようかって思ってな」

「タナバナ?」

「そう。よし、とりあえず笹はこれで固定できたかな」


 手の甲で額の汗を拭い、さっきからやっていたこと、地面に突き刺さった笹をみた。

 茎を掴んで、軽く揺るってみた。がっちり刺さっていて、しなるだけで抜ける気配はない。


「これをどうするの? 食べるの?」

「ソフィアじゃあるまいし、そう何でもたべないよ」

「お姉ちゃん腹ぺこだもんね」

「ティアもな」

「マスター、短冊、できました」


 直人とミミがクスクス笑っていると、部屋の中からパトリシアが姿を見せた。

 長方形に切って、糸を通した紙の束を直人に手渡した。

 それを見て、ミミが不思議そうに首をかしげる。


「おにいちゃん、それなに?」

「短冊さ、ここに字を書いて、笹に結ぶんだよ」

「結んで……どうするの?」

「待ってな、今手本を見せるから」


 ミミにそういい、パトリシアから更にペンを受け取り、短冊に文字をかいて、それを笹につるす。

 ミミは短冊を覗き込み、直人を見上げて聞いた。


「これ、なんて書いてあるの?」

「『くっ、殺せ!』だ」

「わあ、お姉ちゃんのことだね!」

「そう、姫騎士の定番。それからこれも――『犯すなら犯せ!』」

「おー」


 ミミは満面の笑顔になる。

 少し考えて、直人にいう。


「お兄ちゃん、あたしも書いていい?」

「いいぞー、はい、短冊とペン」

「うん!」


 受け取ったミミは、子供らしい大きくて、歪な字で書いた。

 それをよめない直人はストレートに聞いてみた。


「なんて書いたんだ?」

「『たとえこのみがけがされようと』、だよ。紙がちっちゃくてこれしかかけなかった」

「あははは、やっぱりソフィアだ。それに上の句みたいになってる」


 直人はわらい、短冊に下の句を書いた。


「『絶対にお前のものにはならない』」

「あははははは。すっごい、面白ーい」

「こんなのもあるぞ、伝説の『んほぉおおおおお!』」

「あはははは。ねえお兄ちゃん、これってどういう意味?」

「分からないで書いてたのか。今は分からなくていいよ、大人になればわかるさ」


 そう言って、ミミの頭を優しく撫でた。

 ソフィアをひとしきりいじったのを皮切りに、二人はハイテンションで次々と短冊を書いていった。


 ――ずっこけとガンコオヤジ。

 ――お兄ちゃんのご飯大好き。

 ――( ゜∀゜)o彡°おっぱい!おっぱい!

 ――オゴオゴ♪


 みるみるうちに、笹に短冊がいっぱいくくりつけられた。

 微風にふかれて、くるくる、ヒラヒラとまう短冊はみているだけで人をわくわくさせる不思議な魔力を持つ。


「ミミー、ほらこれ」

「わあ、絵だ。わんちゃんだ!」


 直人が見せた短冊は文字ではなく、簡単なイラストが描かれていた。

 開かれた縁側の先に、ちょこんと座っている子犬。

 そのかわいらしさにミミは大興奮した。


「お兄ちゃん! 楽しいね、これ」

「うん」

「マスター、これは本来の七夕から離れているのではありませんか?」

「本来の七夕ってなに?」


 ミミがパトリシアを見上げて、聞いた。


「この短冊に願いごとを書いてつるせば、願いが叶うと言われてるのよ」

「本当に!?」

「ああ、元々はそういうイベントだったな。最近はネットみてると一発ギャグとか、意思表明とかに使われる事が多いけど」

「その年の流行ものも結構ありますね」

「ぼくと契約して願いごとを叶えようよ、とかな」


 直人はそう言いながら、新しい短冊を書いて、笹につるした。


「そういうネタ系で、風化しないヤツだ」

「お兄ちゃん、何を書いたの?」

「『絶対に働かないでござる!』」

「わーお。お兄ちゃん本当に働くのきらいだね」

「きらいじゃないけど、少なくともこの先五年くらいは働きたくないな」

「そっか」

「これを笹につるしたら、空にいる彦星と織り姫がかなえてくれるらしいよ」

「マスター、その願いごとに限って言えば逆効果になるのではありませんか?」

「うん? どういう事だ」

「七夕の由来のことです」

「由来? 何だっけな……」


 あごを摘まんで、記憶を探る。彦星と織り姫が一年に一度あうというのまでは思い出せるが、それがなぜ逆効果なのかは分からなかった。

 分からないので、パトリシアを見つめて、答えあわせを求めた。


「働きものだった彦星と織り姫が、恋にかまけて働かなくなったので、罰として引きはなされたというお話です」

「ああそうだった、そういえばそんな話だった」


 直人は手をポンと叩いた。


「確かに、あいつらは怠けたから神罰が下ったんだっけ。で、会いたかったらキリキリ働け、真面目に働いたら一年のうち一日だけあわせてやるぞ、というのが七夕だったな」

「はい」

「そっか、それじゃ逆効果になるな」


 直人は納得して、「働かないでござる!」の短冊を取り下げた。

 その話を思い出したら他人事に思えなくなった。一年通して無理矢理働かされて、一日だけ自由の時間を手に入れる。


「おれなんかが可愛らしく見えて来るほどの社畜だよな」


 直人はそう思った。

 一方、ミミはどうしてか晴れない表情をした。


「どうしたんだミミ?」

「お兄ちゃん……はたらかないと、ばらばらになるの?」

「うん? まあ、二人して働いてなかったからな」

「それはやだ!」

「え?」

「働かないとばらばらになるのはやだ。お兄ちゃん達とばらばらになるのやだから、あたし、はたらく」

「……ええ子や」

「マスターの立場がありませんね」

「いいんだおれは、おれはソフィア任命の自宅警備員だからな。家を警備するのが仕事なんだ」「あれ以来、マスターはここから十メートル以上離れてません。立派な自宅警備員だと思います」

「だろ」


 話す直人とソフィア。その間、ミミは短冊を書いて、自ら笹につるした。

 それを覗き込んで、ミミに聞く。


「なんて書いたんだ?」

「『お仕事するから、許して下さい』って」

「そっか」


 直人は頭を撫でてやった。


「じゃあ、一緒にミミが出来るお仕事考えよっか。そうだな……来年の七夕くらいまでに」

「来年の?」

「そう、七夕は一年に一回のイベントだから、来年までに見つければいいよ」

「そうなんだー、うん、分かった!」


 無邪気に笑うミミ。


「さて、短冊も最後の一枚だけど、なんて書こうか」

「お兄ちゃん、それ、あたしが書いていい?」

「書きたいものがあるのか?」

「うん!」

「よし! じゃあ……はい」


 直人はそういい、ミミに最後の短冊を渡した。

 ミミはそれに願いごとを書いて、笹につるした。


「なんて書いたんだ」

「あのね」


 ミミは直人とパトリシアをみて、満面の笑みで答えた。


 ――おねいちゃんと一緒に、みんなでごはんたべたい。

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