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姫騎士と3Dプリンター

 昼下がりのキャンピングカー。六畳間和室。

 クーラーが効いた部屋の中でのんびりしていたら、ティアがペラ紙を持って、聞いてきた。


「ナオト、これはなに?」


 顔を上げて、彼女が持っている紙を見る。大分前にソフィアと一緒に落書きした、キャンピングカーの見取り図だ。


「よく見つけたなそれ。キャンピングカーの見取り図だ」

「見取り図?」

「そんな事も分からないのか」


 同じまったりしていたソフィアがいった。挑発的な口調で、ちょっとだけ得意げな顔をしている。

 ティアはむっとして、ソフィアをにらむ。


「あなたは分かるって言うの」

「もちろん。それはきゃんぴんぐかーの見取り図だ」

「キャンピングカーって、これの事?」


 ティアは床を指して、聞いた。直人は補足で説明する。


「厳密にいえばこんな風に車と合体してる家がキャンピングカーで、これは違うキャンピングカーのみ見取り図だな」

「そうだったのね」

「例えばパトリシアだとこうだな」


 直人は新しい紙にさらさらとペンを走らせた。一分にも満たないわずかな間に、パトリシアの見取り図ができあがった。

 それをティアに渡して、言う。


「これと見比べて」

「うーん? あっ、そっか、これがコタツって意味なんだ」


 紙と部屋を何回も見比べたティアは、コタツから順に図面を理解していった。


「そっかなるほど、この部屋だとこういう図面になるのね。うん、大体わかったわ」

「理解が早いな」

「当然よ、わたしを誰だと思ってるの。泣く子をさらに泣かす魔人サローティアーズよ」

「その割には大分時間がかかったではないか。わたしはすぐにわかったぞ」


 ソフィアはなおも、挑発するように言う。


「なによ!」

「ふっ」

「しかし、図面だけじゃ確かにわかりにくいかもな。おれはずっと前からこういうのを描いてきたから、図面を見ただけで大体頭の中で想像できるんだけど」

「これを見て、実際どうなってるのか想像出来るって事?」


 ティアは最初に持ってきた紙をヒラヒラさせて聞く。


「そう、それで想像出来る」

「ふーん」

「ふむ……そうだ」


 何かを思いついた直人は、さらに紙をとって、新しい見取り図を描いた。

 パトリシアよりちょっと時間がかかって、しかし充分に速いスピードで描き上げた。


「できた」

「ふむ、ぱすこん、という種類だなナオト?」


 見取り図を覗き込んだソフィアがすぐに答えた。以前夢のキャンピングカーについて語り合ったとき、彼女に色々教えたので、すぐにわかったようだ。


「そうだ、バスコンタイプのキャンカーだな」

「なんだか変哲のない設計だ」


 ソフィアは率直な感想を漏らした。


「ちょっと待ってて」


 直人はスマホを出して、写真を探した。


「あった、これこれ」


 スマホごと、ティアに渡して写真を見せる。


「これは?」

「いま描いたこれ、この見取り図の内装写真だ。ちょっと前に行ったキャンピングカーショーでみてきたヤツなんだ」

「そっか、これが椅子で、机で――」


 ティアは写真と見取り図を交互に見比べる。パトリシアの時と似たように、ティアは写真と見取り図を交互に見比べて、少しずつ納得していく。

 彼女が食い入るように見ている傍ら、ソフィアが直人に聞いてきた。

 ソフィアが直人にきく。


「実際にあったきゃんぴんぐかーなのだな」

「そうだ、キャンピングカーショーに出店した、カスタマイズされてない量販のものだから、あんたがさっき言った『変哲のない』というのはある意味正しい」

「うむ、まったく夢を感じなかった。あんなものよりわたしたちが一緒に考えた図面の方がよほど良かったぞ」

「それは言い過ぎだけど、夢成分が少ないのは確かだな。まあ、ショーに出してるヤツだから、最大公約数の大量生産品なんだよ。普通はそれを買った後に、持ち主が色々いじっていくんだ」

「やはり持ち主ごとに手を加えるべきだな」

「ああ」


 うなずく直人。ソフィアがそれを分かってくれたのは嬉しい。

 もちろん市販車を購入してそのまま走らせるもの楽しい。

 しかしキャンピングカーというのものは、持ち主ごとに手を加えて、その人なりのキャンピングカーにしていくほうが最大限楽しめると直人は考えている。

 実際、彼はそうした。そうして、パトリシアを作った。

 感慨深く部屋の中を見回していると、ティアが急に顔をあげて、言った。


「分かったわ」

「わかったって、何を?」

「みてなさい」


 ティアはキャンピングカーから降りて、駐まっているパトリシアの横の開けた場所に立った。

 手をかざして闇を纏い、少しさきの地面に魔法陣を展開する。

 見覚えのある魔法陣だな――と直人が思った瞬間、そこから、地面から何かが出てきた。

 まるで魔法陣から召喚される様に、キャンピングカーが出てきたのだ。

 それは写真に写っているキャンピングカーとまったく同じものだ。


「これって?」


 驚き、ティアに聞く直人。


「作ってみた」

「作ってみたって、そんなプラモデル感覚で」

「中もちゃんと作ってるわよ、ほら」


 ティアがドアを開けると、直人は更に驚いた。

 作られたキャンピングカーの内装は写真通り、見取り図通りだった。

 直人がキャンピングカーショーで見たものを、ほとんど(、、、、)再現されていた。


「すごい! キャンピングカーショーで見たやつそのままだ!」

「へえ」


 直人とソフィアが作られたキャンピングカーの中に入る。

 バスコンタイプのキャンピングカーは中が広々である。L字型のソファーにテーブル、ウッド調のデッキで豪華な感じと空間の広さを演出している。更に車体後方に常設の二段ベッドがあって、家族でも悠々と過ごせる空間になっている。

 ほとんどが、直人がショーで見たものだが一通り見回して、直人はあることに気づいた。


「モックだな」

「モック?」

「ああ、例えばここ」


 直人は運転席に座り、ティアにいう。


「ここ、回らないだろ」

「うん? そっか、直人のキャンピングカーだとその椅子回ったよね」

「そう。あっちこっち触ってみたけど、再現されてるのは見た目だけだな、可動部とか再現できてない」

「図にも写真にも描いてなかったから、しょうがないじゃない」

「ああ、わかってる。それより今からでも、運転席と助手席を回らせるように出来る?」

「余裕よ」


 ティアは手をかざして、キャンピングカーの中がポワッと光った。


「はい、出来たわよ」

「ん……よしまわる、ソフィアはあっち座って、で、まわして」


 ソフィアは直人の指示で助手席に座った。

 助手席と運転席、それぞれ九十度回ったシートは向かいあうようになった。

 その間に小さな折りたたみのテーブルがあって、向かい合う二人はまるで飲食店の、小さなテーブルの二人席の様な感じになる。


「このキャンカーはこんな感じに出来るんだ、喫茶店ぽいだろ」

「うむ、店な感じがするぞ。分かった、これで食事をするのだな」

「軽食にむいてるだろ。家族用って触れ込みだけど、おれは見た時むしろ、恋人か若夫婦の二人旅にこそ向いてるって感じた」

「なるほど、この設計いいな。ナオトは何故パトリシアをこうしなかったのだ?」

「パトリシアは『和』がコンセプトだったから。これを入れるとコタツと畳と合わなくなるんだ」

「なるほど」

「――と、ありがとうティア」


 直人は立ち上がって、ティアに礼を言う。ティアは満足げに胸を張る。

 全員がキャンピングカーから降りる。ティアが手をかざすと、キャンピングカーは崩壊し、土塊に帰った。


「懐かしいものを見せてもらったよ、ありがとう」

「大した事じゃないわよ」


 そうは言ったが、満足そうなティアだ。


「なあ、さっきみたいのってまだ作れる? 魔力? とかそういうのは大丈夫なのか」

「余裕よ、わたしを誰だと思ってるの?」

「じゃあさ――ちょっと待ってて」


 直人は言ったパトリシアの中に戻って、コタツの上で、新しい紙に図面を書いた。

 一分に満たない短い時間で描いた図面、それもって外に出て、待っているティアにわたした。


「これ、作れないか?」

「これは――」


 ティアはしばし、図面を凝視した。


「ふんふん……」

「どうだろ」

「これってもしかして」

「パトリシア?」


 ティアとソフィア、二人は同時に現存しているキャンピングカー、青色の車体のパトリシアを見た。

 直人が描いた図面、それは今のパトリシアと違ったが、二人はそこに共通点を見いだした様子だ。


「そうだ、パトリシアだ」


 直人はいったん紙を受け取って、そこに「プロト・パトリシア」と書き込んだ。


「昔からずっと色々描いてきた、で、実際にキャンカーを買おうって決めたときに最初に描いたのがこれ。完全に夢だけを描いたヤツ。いわばこれが最初のパトリシアだな」

「そこから現実に寄せていったのだな」


 一緒に図面を描いてきたソフィアが言った。


「そう」

「なるほど」

「と言うわけでティア、これを作れるか?」

「外観は今のままでいいのね?」

「ああ」

「このコタツにかわるこれはなに?」

「それはいろりだ。ちょっとまって、いろりの写真もあったはずだ」


 直人はそう言って、スマホから写真を探す。

 昼下がり、パトリシアの横。

 三人は打ち合わせしていく。

 日没を迎えるころに、直人はかつて夢見たキャンピングカーを、プロト・パトリシアを実際に目にすることが出来たのだった。



 その日の夕食はとてつもなく豪華なものになった。

書籍化の作業をしていて、九韻寺先生が描かれたキャンピングカーのラフをみて、どうにかそれを立体化出来ないかな……という願望を元に書いたのが今回のお話。

3Dプリンターでできたらいいなあ。

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