姫騎士と近所にお裾分け
昼下がり、流れる川と併走しているキャンピングカー。
右に太陽を反射してきらきらと輝いている川、左に青々と生い茂っている山がある。
運転席の直人、そして助手席のソフィア。
共に窓を開けて、心地よい風に吹かれていた――ように見えた。
直人は至って平然だったが、ソフィアは見るからに警戒していた。
眉を逆ハの字にして、炎髪をきらめかせて、半臨戦状態に入っている。
その理由は――
「まだ後ろにいるな、ナオト」
「ああ、いるな」
幾ばくかの緊張を感じさせる声でソフィアが言った。
直人は後方カメラモードになったナビを見た。
そこにユニコーンの姿が映し出される。
普通にしていれば幻獣としての風格を漂わせるであろう、エロ顔のユニコーン。
徐行のキャンピングカー、四本足のユニコーン。
両者は距離を――20メートルと離れていない距離を保ったまま走っている。
昨日から、ユニコーンはずっとこの距離を保ったまま、後ろにぴったりとついてくる。
夜止まっている時も、朝出発した後も。
ずっと、同じ距離を保っている。
「なあソフィア、あの魔法の事を知ってるか?」
「書物で読んだことはある、失われた秘法、神の御技に近いものだ」
「なんかすげえんだな」
「魔人と名乗っていたが……それが本当なら……」
つぶやくソフィア、その横顔に深い憂いの色がある。
一方の直人はどこかわくわくしていた。
できればあの魔法の事を聞きたい、原理を知りたい。
召喚魔法ではなく空間魔法の類ならいよいよ移動する秘密基地――キャンピングカーと同じような存在になるからだ。
なんとか聞き出せないものか――就職なしで話を聞けないものかと、直人は思っていた。
「マスター、お時間です」
「わかった」
ボックスからニュ、と顔をだして言ってくるパトリシア。
彼女は言って、すぐにまた引きこもった。
ミミと子犬と共に、不思議空間の中にいるのだ。
一日十数分の移動、太陽光発電オンリーで、無理のない距離。
そのノルマをすすめた直人は辺りを見た。
一キロほど離れたところに黄色い花の群生が見えたので、そこがいいかもしれないと車を向かわせた。
黄色い花はひまわりだった。一面のひまわり畑(畑といっても野生のようだが)はすばらしく綺麗で、直人は花の方に車の尻を向けるように車を止める。
モーターを止めて、伸びをする。
「今日のノルマおわり、っと」
そうつぶやく直人、その横ではソフィアがまだ警戒している。
そんな彼女をみて、直人が言った。
「ちょっとリラックスするか」
「リラックス?」
「茶を淹れるよ、笹の葉の茶」
「そうだ、今までは乾燥させてそこから鍋で炒っただけだけど、今回は乾燥させる前に、まだ葉っぱに水分が残ってる段階でレンジを使ってチンしてみた。味はわからないから味見してみようか」
「わ、わたしだけが飲むのか?」
炎髪がくすむ。
どういうわけか、ソフィアの警戒の度合いが強くなった。
質と方向性が違うが、より強い警戒だ。
「いや、オレも一緒に飲むよ?」
質の違う警戒を直人は気づかず、「変形」ボタンで縁側をあけた。
自分は運転席からキッチンシンクに向かい、湯を沸かして、自作の茶葉で茶を淹れた。
それをもって縁側に出て、ソフィアに手招きする。
ソフィアはやはり警戒したまま、ゆっくりと縁側にやってきた。
彼女に湯飲みをわたし、自分も縁側に座って、茶に口をつける。
直人が口をつけたのを確認してから、ソフィアも茶を飲んだ。
「どうだ?」
「……ちょっとだけ、甘みが増した、かもしれない」
「なるほど、言われてみればそうかもしれない。次はレンジでチンする時間を変えてみよう。今のが一分チンしたやつだから、30秒刻みで、5分くらいまでのを作ってみようか」
「そんなに様々な種類のを作るのか?」
「まあ、おれの癖だな」
直人は笑った。
「そういえば、次の街に着いたらまたあんたの父親からの補給を受けられるよな」
「ああ、そうなってる。それがどうしたんだ?」
「その人達に頼んでものを送ることってできるか?」
「送る? 王宮にってことか?」
「ああ、あんたの父親にもこれをお裾分けしたい」
「わかった、送らせよう」
「なら、それまでに完成させないとな」
直人とソフィアは縁側で、ひまわりを見つめながら茶を飲んでいた。
特に何かする事もない、のんびりとした一時。
ふと、視界の隅っこでユニコーンの姿が目に入る。
ユニコーンがうごいた、エロ顔のまま足元に魔法陣を展開させた。
そこから、建物が浮かび上がってくる。
「おお」
直人は思わず声を上げた。
魔法陣の中から現われたのは、前回の小屋とは違う、涼亭のような建物だ。
涼むために作られた、四本の柱と屋根だけがあるという建物だ。
中央にテーブルがあって、そこに小柄な少女、サローティアーズがいた。
彼女は椅子に座り、さも優雅そうにティーカップをもって、口をつけている。
直人とソフィアのそれは縁側でまったりしている枯れた老夫婦のような見た目だが、彼女のそれは屋敷の庭で優雅にアフターヌーンティーを楽しんでいるお嬢様のような姿だ。
家そのものじゃなくて庭も魔法陣で呼べるんだ! と直人が興奮しかけていると。
「うん、やっぱりいい茶葉は違うわ」
彼女が独り言のように言った。
「やっぱりお茶は茶葉で七割方きまるわね、いくら腕がいい人間でも、安い茶葉を使ってちゃどうしようもないよね」
「……」
隣でソフィアの気配が揺れた。
まずい、と思っていたら、サローティアーズが更に言った。
「でも、最高の茶葉を使って七十点しか出せないというものもったいないよね、やっぱり最高の茶葉は最高の腕を持つ人間にいれてもらわないとだめね」
そういって、ちらっ、と直人を見た。
「あー、どこかにそんな人間いないかなあ。もしいたら、わたしがありとあらゆる最高の食材を用意してあげられるのに」
更にちらっ。
「サザフ、トキア、ガラグラ……なんでも好きなだけ用立てしてあげられるのに」
ちらっ、そしてちらっ。
「のになあ」
明らかに直人に向かって言ってくる彼女。
直人は吹き出すのをこらえるので必死だった。
それを何とか我慢して、気をそらすためソフィアに聞く。
「なあソフィア、サザ……えと何だっけ」
「サザフ、トキア、ガラグラ」
「そう。それって何だ?」
「魔界三大食材と呼ばれるものばかりだ。奇跡の苗サザフ、星海魚の卵トキア、古龍の核ガラグラ。どれもこれも最高級の食材ばかりだ」
「味とかの想像はつかないけど……とにかくすごいって事だけはわかった」
とりあえず数カ所突っ込みどころがあったが、してもどうしようもなさそうなのでやめておいた。
「いないのかなあ」
その間も、相手はちらちらしていた。
直人はそれを無視した、彼女がどうこうではなく、二度と働きたくない、そう思っているだけだ。
料理人として雇いたい、そう言ってる間直人は断る以外の選択肢はない。
「お兄ちゃん!」
「ミミか、どうしたんだ?」
「これ」
ミミは赤くなったリンゴを直人に差し出した。
「うん? ああリンゴか。あの不思議空間の中にリンゴもあるのか」
「いっぱいあったよ」
「……あの中って牧場物語とかしてるのかな」
直人はいった。
ミミの遊び場のような感じになっている不思議空間だが、直人は一回も足を踏み入れたことはない。
「ねえお兄ちゃん、これ剥いて」
「剥くのもいいけど」
直人は少し考えて。
「それよりも一手間くわえよう」
「ひとてま?」
「ああ、ただ剥くよりより、もっと美味しくしてからたべよう」
「わーい、お兄ちゃんの料理だ」
ミミは目を輝かせた。
「ちょっと時間掛かるから、ミミはまた遊んでおいで。出来たら呼ぶから」
「わかった」
ミミはそう言って、再び不思議空間の中に飛び込んでいった。
そこに、ソフィアが話しかけてくる。
「ナオト、それをどうするんだ?」
「定番、焼くんだよ」
「焼くのか?」
ソフィアは驚いた、その事に直人も驚いた。
わからないのか、と。
が、説明するより実際にやって見せた方がはやいと直人は思った。
キッチンの前に立ち、リンゴを皮むきして、5ミリ程の薄さにスライスする。
それを皿に並べて、少し考えて、貯蔵室をあけて、ソフィアの父親からもらったちゃんとした茶葉を周りに添えて、オープンに入れて焼いた。
「そうやって焼くのか?」
「ああ、皮ごとの丸焼きもいいけど、せっかくお茶の話になったんだから、一手間かけて香りもつけようって思ってね」
「なるほど」
「ちなみに初挑戦だ」
「えっ」
「香りをつけるやり方はしってるけどな、普通はちゃんとした香料をつかうんだが、そういうのがないから紅茶の葉っぱで代用した。まあ、なんとかなるだろ」
「そうだな」
ソフィアはうなずいた。
「ナオトの腕を信用する」
しばらくして、リンゴが焼き上がる。
オーブンを開けると、紅茶の香りと、焼いたリンゴの甘さが広がった。
「ふわ……」
ソフィアが蕩け顔になった。
しんなりと焼き上がって、紅茶の香り漂うリンゴ。
直人はその一部を、小皿に取り分けた。
それをもって、キャンピングカーからおりる。
「ナオト? どこに行くのか?」
「ご近所にお裾分け」
「?」
首をかしげるソフィア。
直人はそのままサローティアーズの所に向かった。
彼女は拗ねたような、それでいてうらやましがっているような顔をしていたが、向かってくる直人をみて驚いた。
直人は皿を彼女のテーブルの上に置いた。
「こ、これは?」
「焼きリンゴ。あんたが飲んでるいいお茶に及ばないだろうけど、リンゴとの合わせ技でいい線いってるはずだ」
「こ、これをわたしにくれるのか?!」
「近所にお裾分け。それにいいものを見せてもらったからな」
もちろんそれは魔法陣の事。
彼女が今いる涼亭は、直人の目にはキャンピングカーの縁側みたいなものだ。
それをみた直人は純粋に興奮した。
だからこそのお礼である。
「……ふふん、やっぱりそうね」
「うん?」
「まったく、わたしの元で働きたいのなら最初から素直に――」
「ああ、働くのはなしだから、じゃ」
直人はそう言って、彼女の元から立ち去った。
その夜、キャンピングカーのドア横に置かれた皿に、魔法で書かれたらしき「ありがとう」の文字があった。
異世界版キャンピングカーの機能その2。
やり過ぎず、わくわくするようなものをつけていこうかなと。
余談ですがユニコーンは当然の如くメタファー入ってて、そういうことです。




