姫騎士と夏風邪
街道の上を徐行するキャンピングカー。
運転する直人の横、助手席にいるのは、オークとエルフのハーフである、幼い女の子。
二人を乗せて走るキャンピングカーは、ドライブコントロールで時速二十キロジャストに保たれた、安定したスピードである。
「街が見えてきたな」
「うん、おっきい街だね」
「そうだな、あそこならちゃんとした医者もいるだろ」
「うん!」
そんなやりとりをしているうちに、キャンピングカーはどんどん近づいていき、やがて街の入り口にたどりついた。
そこからは一角しか見えないが、平屋だけではなく二階建て三階建ての建物があったりして、行き交う人々は活気に満ちている。
そこそこの規模を持つ、賑やかな街のようだ。
とはいえその大きな街も、道は馬車程度の乗り物しか想定されていないようだ。どう見てもキャンピングカーが乗り入れるほどの道幅はない。
さてどうしようか、と直人が頭を悩ませていると。
「お兄ちゃん、誰かがこっちに来るよ」
「うん?」
そう言ってきたミミの視線を追いかけていくと、車体の右前方から身なりのいい中年男が、運動不足の大人にありがちな走り方で近づいてきた。
一直線でこっちに向かってくるので、直人はパワーウインドウを下ろして、顔だけだした。
「恐れ入ります、ナオト・オノ様とお見受けいたしますが」
「はい、そうですけど。あなたは?」
四十台の半ばくらいの男性だったので、直人は社畜時代の気分に少しだけ戻って、丁寧な言葉を意識して聞き返した。
「わたしはこの街の長を仰せつかっております、グッドフェイスと申します。国王陛下の勅命により、オノ様の補給をさせていただきます」
「補給」
直人はおうむ返しでつぶやいた。
視線を流すと、グッドフェイスが来た方向に何人もの使用人と、積み上げられた物資が見えた。
王都を発った時と同じように、食料をはじめとする物資の数々のようだ。
「なるほど、そうでしたか」
「言付けを仰せつかっております、王女様はおられますでしょうか」
「あー、うん」
直人は背後をちらっと見た。
キャンピングカーの中の、六畳間和室。
そこにソフィアがいるのだが、彼女は今、とても出てこれる状況ではない。
横からミミが心配そうな顔で言ってきた。
「お兄ちゃん……お姉ちゃんの風邪大丈夫かな?」
「まったく、こんな時に。だからあれほど気を付けろって言ったのに」
「クーラーをつけたのに、おへそを出して寝ちゃったもんね」
口々に言い合う直人とミミ。
昨晩は初夏にしては蒸し暑い夜だった。
高い気温と湿度が相まって、とても不快な夜になったので、直人はキャンピングカーのオプションの一つ、ルームエアコンをつけて一晩を過ごした。
文明の利器を起動した室内はたちまち快適な空間に変化した。しかしその破壊力を見誤ったソフィアがヘソ出しで寝入ってしまったというヘマをやらかして、朝から熱を出して、風邪でダウンしていた。
彼女のために、キャンピングカーはこの街にやってきて、医者を探そうとしているところだ。
そこに、父親である、王からの使者だ。
さてどうしようかと、直人とミミは同時に和室に目を向ける。
布団の中にいるソフィアは苦しそうで、とても動けそうな状況ではない。
「しかたないな。あの……」
直人がグッドフェイスに向き直って、口を開きかけた瞬間。
「まっでぐで……」
背後からかすれた声が聞こえてきた。
振り向くと、布団の中からしんどそうに体を起こすソフィアの姿が見えた。
髪はぼさぼさで、鼻水も垂れて、普段の凜々しい姫騎士とはまるで別人の様な姿だ。
「おい、あんたは寝てろ」
「問題ない」
「いやあるだろ」
「ゴホッ! ゴホゴホ……おうぎ」
咳き込みながらつぶやくソフィア。
直後、彼女の髪が燃えだした。
きらめく炎髪。気のせいか、瞳まで爛々と燃えさかっている様に見える。
炎髪になった瞬間、ソフィアはさっきまでとは別人の様な、はきはきとした動きで起き上がって、キャンピングカーからおりた。
気品あふれる所作で、グッドフェイスの前に立った。
「待たせたな」
そして、普段通りの声で言った。
直前までの風邪っぴきがまるでうそだったかのような、凜々しい姫騎士の姿そのものである。
「お姉ちゃん、風邪治ったの?」
驚くミミ、直人も「一体どうなってるんだ」と目を丸くさせていた。
そんな二人をよそに、ソフィアはグッドフェイスに問いかける。
「ご苦労。父上からの伝言だったな」
「はっ、これより先、街では補給を用意している、とのことです」
「そんなものはないらない、わたしが自力で何とかすると伝えてくれ」
「はっ、そういわれた時に答えよと陛下から仰せつかっております。『べ、べつにお前のためではない。これは夢を語った男同士のためだ。わたしは彼が気に入ったのだ』、と」
「……つまり、ナオトのためだ、と」
「はっ」
「わかった、ならばわたしがどうこういえる立場ではない。ナオト、貯蔵庫をあけてくれないか」
「ああ……」
直人はうなずき、キャンピングカーの貯蔵室のドアを開けて、場所を指し示してやる。
そこにグッドフェイスの部下が次々と物資を搬入していく。
ソフィアは炎髪をきらめかせたまま、悠然と佇んでそれを見つめている。
いったいなにがどうなっているんだ――という疑問が晴れないままだったので、直人は車を降りて、彼女の横に立って小声で聞いた。
「起きてても大丈夫なのか?」
「……」
「ソフィア?」
まっすぐと物資の搬入をみつめるも、返事をしないソフィア。
はてなという気分のまま、彼女の目の前で手をヒラヒラと振ってみる。
それでもやはり反応がなく、直人の疑問はますます深まってしまう。
しばらくして、使用人たちによる物資搬入が終わり。
「では、我々はこれで」
グッドフェイスがそう言い、深々と一礼してから、使用人を引き連れて立ち去った。
そして、街の中に戻っていく彼らの姿が見えなくなるのとほぼ同時に。
プシュー。
という、気が抜けた音が聞こえてきた。
音はソフィアの方からした。
みると、炎髪が普段の銀髪にもどり、その場でへなへなとへたり込んでしまった。
「ソフィア?」
「……」
聞くが、答えはない。
へたり込んだソフィアはさっきにもまして、ひどく苦しそうな様子になっていた。
「ゲホッ……ゴホッ……」
「お姉ちゃん大丈夫!?」
「もしかして……元気の前借りみたいなもんか? 今のって」
「そ、そんな事ない……」
地面で女の子座りしてしまうソフィア。
そんな事はないというが、声がそもそもか細く力のないもので、明らかにそんなことありありという様子だ。
具体的なことは分からない。しかし炎髪になってる時は元気になって、その直後に倍付けで揺り戻しが来るという現象は明かである。
直人にとってとてもなじみのある現象。残業に続く残業を栄養ドリンクでしのぎきった後にやってくる症状だ。
直人はあきれ果てて、ため息ついた。
「あんたなあ」
「だ、大丈夫だ」
立ち上がろうとするソフィア。
「……ツン」
「はぅ」
「ツンツン」
「にゃわ」
軽く額をツンツンしてやると、彼女はそのままへたりこんだ。
「やっぱりだめじゃないか」
「だから、そんなこと、ない……」
「ツンツン」
「はぅ」
「ミミ」
呼ぶと、ミミがうんとこたえて、やってきた。
子鹿の様に立ち上がろうとするソフィアに、ミミも額をツンツンした。
「ツンツン」
「ふにゃ」
当然、またへたり込んでしまう。
立とうとして、ツンツン。
立とうとして、ツンツン。
それを何回か繰り返していると、いよいよ限界まで消耗したのか、ソフィアはへたり込んだまま動けなくなってしまった。
「くぅーん」
そこに子犬がやってきて、心配そうな様子で彼女を見上げる。
「わんこ……」
「ほら、わんこも心配してるから、これ以上無駄な意地を張るんじゃない」
「……うん、わかった」
「いい子だ。まずは一回寝ろ、起きたらパンがゆを作ってやるから」
「ぱんがゆ?」
ソフィアは熱に浮かされた口調で聞き返した。
「そうだ、桃缶があれば一発なんだが、しかたない」
「ももかん……」
「とにかく寝ろ。寝て起きて、パンがゆを食ったら一発で元気になる」
「おいしい、の?」
「キャラメルプリンの三倍は美味い」
「三倍……わかった……寝る」
より熱が上がって、それで意識がもうろうとしているせいか、ソフィアはさっきに比べて、大分素直になった。
抱き起こす直人に体を預けて、ゆっくりとまぶたを閉じる。
「あのね、ナオト……」
「なんだ、いいからやすんで――」
「いつもありがとう」
熱に浮かされた様子で、ソフィアが言った。
まるっきり、不意を突かれたかのような一言。
子供の様な口調で、素直なお礼の言葉。
それはするっと、直人の胸に入ってきた。
「……っ」
「あれ? お兄ちゃんも風邪?」
「ち――」
横で見ていたミミに指摘され、直人はますます、顔を赤くさせてしまうのだった。
あれれれー、なんかお兄ちゃんもちょろいよー?
そんな話。
社畜という厳しい環境に長くいすぎたせいか、直人もそういうのに免疫がないんですね。
ちょろい人ってすごく書きやすいです、だって私自身をイメージすればいいわけですから(笑)。




