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フロンティアの王  作者: 魔桜
ラクサマラ編
22/42

XXⅡ.牙城は不死鳥と時を同じくして崩壊する

「それで? どーすんだコレクベルト。あんたご自慢の《精霊獣》はもう飛べない。戦力半減だが、まだ戦うつもりか?」

 ウーゼニアは勝ち誇った表情で、姿なき敵を挑発する。

 《ポイニクス》は悲痛な叫びを訴えながら、傷だらけの羽をばたつかせている。

 特に胴体や羽の部分の損傷が激しい。爆破のダメージにより陥没していて、もうもうと白煙が吹き出ている。

 これで一気に形勢逆転だ。

 そのはずなのに、傍らで支えているドトリナスの顔が晴れない。深手を負って反撃らしい反撃もできないであろう《ポイニクス》を凝視している。

「フ……ククッ」

 絶望の予兆を感じさせる、コレクベルトの漏れ出た笑い。

 金属をこすり合わせたような《ポイニクス》の絶叫が廃墟に反響すると、周囲に離散していた灰が一点に集合し始める。

 我先にとばかりに、細かな灰が傷口へと侵入していく。欠損している箇所を、灰が完全に包み込むと、あっという間に復元する。まるで映像を逆再生しているかのように、もうどこにも傷跡があったとは思えない。

 他にも穴の開いた箇所があるが、その傷が癒されるのも時間の問題だ。

「《ポイニクス》は、ラクサマラにいる限り何度でも蘇ることができるんですよ」

 コレクベルトの言葉通りのようだ。

 《ポイニクス》は豪快に羽を広げて、その健在さを顕示する。

 確かにこれは骨が折れるどころの話ではない。

 無敵の強さだ。

「こんなの……」

 勝てるわけがない。

 ウーゼニアが一瞬諦観しようとすると、ドトリナスは真横から、

「確かに《ポイニクス》はラクサマラの灰で瞬時に傷を回復することができる。だがなあ、お前が持ってきてくれたこの爆弾のお陰で、一筋の光明が見えた。俺様に作戦がある。《ポイニクス》をどうにか左の建物に誘導できないか」

「左……?」

 ドトリナスの言う方向には、見覚えのある建物がそこにはあった。

 だが、どんな場所なのかはトラウマしか残っていおらず、それ以上思い出すのを脳が拒絶した。

「ああ……なるほどね」

 だが、これから何をすべきかは想像がついた。

 とんでもなく派手な花火を上げるつもりらしい。さっきまで死にかけだったらドトリナスだったが、瞳に光が宿っている。

 とことん諦めが悪いのは、お互い様ってところだ。

「だったら右に回り込みつつ、二人で……ぶっ飛ばす!」

 ウーゼニアは鬨の声を上げながら駆ける。

 《アルラウネ》に命じて作らせた蔓を幾重にも絡ませた弓。それを、ギリギリと張り詰めさせながらも、それを放つことはなく、《ポイニクス》までの距離を強引に詰めていく。

 ブワッ、という音と共に霊長は空を翔ぶ。

 《ポイニクス》の翼による暴風が吹き荒れる。

 まるで風のカーテンのように一定の空間を支配しようとする。ウーゼニアには強烈なステップで動きを静止して、風の動きを見極める。永遠に翼をはためかせることなど、どんな《精霊獣》であってもできることじゃない。

 ほんの少しだけ、一瞬だが、暴風が止む瞬間が確かに存在するはず。汗を流しながら、風の波状攻撃のせいでジリジリと後退してしまう。追い込むはずだったのに、このままでは逆に、こちらが建物の壁に追い込まれてしまう。

 どうする。

 もう、射ってしまおうか。

 そんな疑念が生じるが、今は忍耐の時。建物すら抉れる風の猛攻を紙一重で受け切りながら、ただ真っ直ぐ《ポイニクス》を見据える。

 絶対に来る。

 それだけを信じた。

 ここで破れかぶれになってしまったら、それこそ全てが破綻する。ドトリナスが信じて作戦を伝えてくれたのだ。それをおしゃかにしてしまったら申し訳ない。

 独りきりだったならば、焦れて射ることもあった。

 だが、今はドトリナスがいる。

 絶対に失敗することはできない。

 そして――攻撃の間隙を見極めた。

「うおおおおおおおおおおおお!!」

 ウーゼニアは大声を上げながら、矢を射出する。

 防護壁の如き風が形成される直前、矢が残像を残しながら爆発的に加速する。

 それもそのはずで、矢尻に絡めていた爆弾が本当に爆発したからだ。虚をつかれた《ポイニクス》に、加速した矢が突き刺さる。

 《ポイニクス》を穿つ矢から伸びた蔦は、生物のように蠢いて肉体を絡め取る。完全に動きを封じることはできなかったが、これで鈍重になった。倒すことが困難ならば、まずは相手に枷をつく。一気に倒せなくとも、ジワリジワリと弱らせれていけばいい。

 曲がりなりにも狩人として経験値を積んできた。

 自分よりも格上への詰めより方は心得えている。

 追い討ちをかけるように、流れる動作で爆弾を搭載している矢を放つ。手から離れた弓矢はしっかりと警戒している《ポイニクス》の風によって阻まれる。だが、爆破した爆弾を煙幕替わりに、少しばかり遅れて放っていたもう一つの矢がポイニクスへと迫る。

 二本の矢による時間差攻撃。

 今まで単調なリズムで放っていただけに、この緩急にはついてこれなかった。これでもまた枷が増え、身動きを少しでも封じることができた。

 また仕掛けを施した弓矢を放つが、先程までの《ポイニクス》とは違って、チラリと瞳に逡巡が孕んでいるようだった。どうやら、思い通りに攻撃が通らなかったことに戸惑っているらしい。

 今まで完封してきた経験しかなかったのだろうか。だからこそ隙が生じた。このまま推し進められると確信した――が――

「焼き尽くしなさいっ! 《ポイニクス》っ!!」

 コレクベルトの指示を受けて、《ポイニクス》の逡巡は吹き飛ぶ。

 一瞬で全てを灰に帰す炎が、蔓で構成させる矢を霧消させる。

 《アルラウネ》の蔓では防御ならならまだしも、《ポイニクス》に対して有効打を与えることができない。ドトリナスの爆弾だって然りだ。

 遠くからマグマの炎で射撃してしまえば、こちらのどんな攻撃も届きはしない。

 完全に詰んだ。

 できることならば、慢心している時に片をつけたかった。

 だが、それを阻んだのはブレーンのコレクベルト。実際、あいつの的確な指示のせいで、《ポイニクス》の戦闘能力が飛躍的に上がっている。ただでさえ《ポイニクス》の能力値は高いのに、コレクベルトとの組み合わせは凶悪だ。

 よく、《精霊獣》の力はその《使役者》に比例するというが、ここに来てより痛感した。

「もう終わりですか? 独りきりじゃ、結局その程度……。どうすることもできないでしょう」

 《ポイニクス》の眼球がギョロリとウーゼニアを捉える。

 蛇睨まれたカエルのように、身じろぎ一つ出来ない。《ポイニクス》は目の前の哀れな標的を嬲り殺すことを確定したように目尻を緩めながら、烈火を吐こうと――


「はあ? 独りじゃないだろ」


 ドトリナスが《ポイニクス》の死角から駆け寄る。

 《ポイニクス》にって屈辱の一撃を与えたのは、ウーゼニア。未知の力を持つウーゼニアを警戒する余り、かなりの意識を割いていた。足を引き摺るようにしていたドトリナスを戦力外だと、無意識下で断定するのは当たり前だ。

 だからこそドトリナスの気配に気がつけなかった。

 遠距離からの攻撃が無効化されるのならば、近づくしかない。

 そうだ。

 こうしてウーゼニアが囮となって、ドトリナスの爆弾を近距離で叩き込むことに光明を見た。

 遠距離からの真空波でも、あれだけドトリナスはズタズタに切り刻まれていた。その威力を身をもって体験しているからこそ、相当な恐怖心があったはずだ。もうとっくに限界を超えている肉体に鞭を打って、それでも恐怖に打ち克ってドトリナスはあそこにいる。

「ああ、そうだ! 俺様はずっと独りきりで戦っていた。だけど今、背中を預けてもいい奴が現れた! だから俺様もこうして安心して突っ込んでいける!」

「さっきの特攻と一体何が違うんですか? ただ自分から二の舞を演じているようにしか私には見えませんが?」

 コレクベルトの言う通り、ただ突進しているだけのドトリナス。

 《ポイニクス》のマグマが襲いかかってくるが、避ける動作すらしない。

 それは何故か。

 それは――ウーゼニアのことをきっと信頼しているからだ。

 地中を潜っていた蔦がドトリナスの足元に形成されて、土台となって押し上げる。

「なっ……」

 《ポイニクス》のマグマは蔦を溶かしきるが、中空に躍り出たドトリナスが重力に従うのはまだ先だ。爆弾を詰め込んでいるずた袋を、ドトリナスは振りかぶる。どうやら、ずっと持っていたらしい。

 マグマ袋をポンプのように吐き出すマグマの放出は、一度放ってからでは次の攻撃までタイムラグが生じる。この刹那だけは、こちらの攻撃が《ポイニクス》に致命的な攻撃を与えることができる。

「今までの恨みの分、ここでまとめて請求してや――」

「まだです。《ポイニクス》!! 風を!!」

 だが、《ポイニクス》の引き起こした突風によって、ドトリナスは手を弾かれる。中空に置き去りにされた爆弾。最後の最後で爪を誤ったドトリナスに、コレクベルトの嘲笑が浴びせられる。

 そうだろう。

 状況を瞬時に把握できない場所から監視しているであろうコレクベルトからは、こちらはただの絶体絶命。何をしようとしているのか見えていない。

 最後の最後まで自分の手を汚すことを嫌った。

 確かにコレクベルトは優秀な支配者だ。

 ここまで《ポイニクス》のポテンシャルを引き出せる人間は、コレクベルトしかいないのかもしれない。

 だが、高みに立って、ウーゼニア達のことを見下し続けた。すぐさま空転した状況を打破できるだけの場所――最前線に赴くことがなかった。

 それがコレクベルトの敗因だ。

 ウーゼニアが弓矢を構えていることの意味を見い出せなかった。

 もしも自分が矢面に立って、自らの身体が傷つくことを覚悟していたなら、結果は違っていたのかもしれない。だが臆病にも《精霊獣》を盾にしながら戦うような人間に、いつだって灰まみれの戦場で戦い続けてきたドトリナスが負けるはずがない。

 だからこれは、ただのアシスト。

 大敵に止めを刺すのは、まさにドトリナスが今まで積み上げてきたものだ。

 《アルラウネ》の力を仮りて、巨大な弓矢を創造する。メキメキッとネジ曲がった矢を支える弓は、地面を擦るほどの大きさ。

 この一撃で最後だ。

 覚悟を決めて、空間を穿つ矢を射出する。

 弓矢は拘束回転し、荷物を貫きながら爆弾を運ぶ。羽を広げきっている《ポイニクス》の肉体を穿つと、断続的に爆弾が炸裂する。爆破の残光を残しながら、《ポイニクス》は爛れた羽を広げようとする。だが、絡みついた蔦のせいで思うように動きが取れずに、建造物に倒れこむ。

「それで? この程度の傷、《ポイニクス》だったらすぐに――」

 コレクベルトは知らない。

 あの廃墟がどんな場所かを。

 ドトリナスが根城にしていた、爆弾満載の建物であるということを。

「だれが、それぐらいで済ませるって言った?」

 高い場所から落下したドトリナスは、背中を強打していた。

 激痛に耐えるように唇を噛みながら、自分のアジトの一つが木っ端微塵に壊れるのを眇めた眼で見据える。やがて、網膜を灼くような光が迸る。


「骨の髄まで粉々に爆ぜろ」


 何百という数の爆弾が《ポイニクス》に猛威を振るう。

 そして――ラクサマラの灰塵となった霊鳥は、数多のコンクリート片の下敷きとなった。

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