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後宮の縁切り女官 ~悪縁を断つ救国の巫女は皇弟に溺愛される~  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!


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勇敢な熊犬

 

 ――豊紈ほうかんは致命的な失敗を犯した。

 彼女が下手へたを打ったのは、証言内容の矛盾だ。


 豊紈ほうかんは『自分とおう賢妃けんぴがいた場所は、裏門から離れていた』と前置きした上で、「遠くのほうで犬の鳴き声がしました。私たちがいる位置からはやっと聞き取れた程度でしたが、断末魔のような悲しくおそろしい声でした」と語った。


 そして同じ場所に留まった状況で、続いて彼女は「奇妙な音が聞こえてきました」と証言している。「ピチャ、ピチャ、ピチャ……水がしたたるようなその音は、牌坊はいぼうの向こう側――階段下から聞こえてくるようでした」――と。


 しかしこれはありえない。

 豊紈ほうかんがいた場所は裏門からかなり離れていたため、犬が絶命する瞬間の大きな鳴き声ならば、やっと聞き取ることができたのだ。それなのに裏門の向こうから響いてくる、微かな水音なんて耳で拾えるわけがない。


 これに気づいた瞬間、雪華は豊紈ほうかんが犯人なのだと分かった。

 つまりおう賢妃けんぴと一緒に『宙を飛ぶ女の首』を見たところまでが実際の体験談で、そのあと水音を聞いたあたりからは、彼女の創作なのである。

 ――ではなぜそんな作り話をしたのか?


 * * *


 観念し、豊紈ほうかんが自白した。

 仕事は手を抜かずに仕えていた豊紈ほうかんは、あるじのおう賢妃けんぴから厚遇こうぐうされており、年に数回も帰省の許可をもらえていたそうだ。

 ところが豊紈ほうかんは毎回実家に戻らず、近くの歓楽街にしけこんで、恋仲の男と休暇を楽しむのを習慣としていた。


 ある日、男から「何か金になる話はないか」と尋ねられ、豊紈ほうかんは同僚の魏祥ぎしょうから聞いたことを思い出す。

 社交的な魏祥ぎしょうは故郷・沶竟いけいに友人がたくさんいたらしい。子供の頃、誰とどんなふうに遊んだかを、魏祥ぎしょうはよく話してくれた。「あの家は北側に小さな窓があるんだけど、鍵をかけないの……だから私はそこから忍び込むようにいつも言われてね」――それは他愛ない思い出話であるのだが、悪心のあるものが聞けば、金になる情報にほかならない。


 豊紈ほうかん魏祥ぎしょうから聞いた話を男に伝えると、「そいつは良いことを聞いた」と目の色が変わった。元々素行の悪かったその男は「すぐに旅立つぞ」と豊紈ほうかんを誘い、まだ休暇は七日残っていたので、沶竟いけいに移動――試しに話題に挙がった娘のひとりを誘拐してみようという話になった。

 家の配置、家族構成など、必要な情報はすでに入手している。

 さらうのに、なんの苦労もなかったという。


 男は攫った娘をすぐに殺し、死体から指を切り取って、それを実家に送りつけた。

 両親宛の脅迫状を書いたのは、読み書きができる豊紈ほうかんのほうだ。

 上手く運び、結果、大金が転がり込んだ。


 半年黙っていろと期限を設けた理由は、ただの時間稼ぎである。

 裕福な家の娘を続けざまに狙う計画なので、稼ぎ終わるまで、詳細は世間に知られないほうが良い。

 魏祥ぎしょうから仕入れた、沶竟いけいに住む金持ち娘たちの情報は、まだいくつかあるのだ。


 そうこうするうちに、おう賢妃けんぴが出家先の下見をするため、沶竟いけいに行くことになった。後宮を旅立つ前、豊紈ほうかんは男が根城にしている安宿に手紙を出し、寺院の近くで落ち合って楽しみましょうと誘いをかけた。


 ところが現地で、手違いが起きる。


 豊紈ほうかんと男があらかじめ計画しておいた小火ぼや騒ぎは上手くいったのだが、その混乱に乗じて、魏祥ぎしょうが先に部屋を抜け出してしまったのだ。おそらく故郷にやって来たことで親が恋しくなり、衝動的に裏門に向かってしまったものと思われる。


 ひとりで裏門に辿り着いた魏祥ぎしょうは、牌坊はいぼうの裏でばったり男と出くわす。

 ちなみにこの時、魏祥ぎしょうは髪を下ろしていた。彼女はひとりになるとすぐに結い髪をほどいてしまう癖があるのだ。

 風体ふうていの荒っぽい男と対峙たいじし、魏祥ぎしょうは怯えた。


 男は荒事あらごとにためらいがないため、すぐに魏祥ぎしょうを襲うことに決めた。このまま逃がすと誰かを呼んで来そうだし、面倒なことになりそうである。

 じりじりと詰め寄ったところで、寺院で飼われている熊犬が駆けて来て、戦闘態勢に入った。

 しかし男に慈悲の心はない――邪魔な熊犬に狙いを定め、顔色ひとつ変えずに大剣を振り下ろす。

 熊犬は断末魔の叫びを上げて死んだ。

 寺院で可愛がられていた熊犬は、人懐こく優しい性格をしていた。怯えている寺院の客人を助けようとして、果敢かかんに賊に挑みかかり、敗れた。

 熊犬は男よりもだいぶ体が小さく、もちろん剣も持っていない。それでも体ひとつで立ち向かい、一歩も退かず、魏祥ぎしょうをかばって戦った。勇敢な死だった。



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