お前が魏祥を死に追いやった悪党だ、地獄に堕ちろ
シン……いつの間にか鈴の音がやんでいる。
雪華は節をつけ、澄んだ声音で詩を詠み始めた。
石苔雨に沐し
滑りて攀じ難し
水を渡り 林を穿ちて
往きて又還る
処処の鹿声尋ね得ず
白雲紅葉千山に満つ
これは故郷烏解発祥の詩だが、今、八角卓を囲う人々はそれを知るまい。
また知っていたとしても、救国の巫女が詠えば、何かしら呪術的な意味が込められているように響く。
生暖かい風が吹き込んできた。
雪華が厳かに告げる。
「今詠んだのは、腹虫を暴れさせる呪詩です」
「ふ、腹虫? なんですかそれは!」
田丹が喉を絞められた雌鶏のような声で叫ぶ。
雪華は淡々と答えた。
「あの晩、寺院の裏門にて、飛頭蛮が目撃されています。飛頭蛮は熊犬の腸を食らったそうですが……」
雪華が気まぐれに視線を上げ、田丹、桃義、豊紈を順に見遣る。
「仮定の話です――もしも飛頭蛮があの場にいなかったとすると、どういうことになるでしょう? 現実に、熊犬は腸をまき散らしていた――ということは、誰かが木立の中から手頃な棒きれを拾い、それを使って熊犬の死骸に残酷な仕打ちをしたことになります」
「な、何を言っているんですか、あなたはぁ!!!」
田丹が目を剥いて叫ぶ。
雪華はそれを無視して、懐から小瓶を取り出した。それを八角卓に置く。
「先の詩で、熊犬の腹に住んでいた腹虫という名のあやかしが活性化しました。沶竟に生息するあやかしはね、飛頭蛮だけじゃないんですよ。もっとまずいやつがいる。腹虫は肉眼で確認できないほど小さく、犬を宿主としてその腸に住み着きます。そして宿主が死んだ際、腸が外気に触れていれば、短い距離なら自由に移動することができるのです。ただし空は飛べないので、誰かが腸に直接触れているか、棒などを介して間接的に触れている必要があります。腹虫は血の匂いを好むため、腸に接触した誰かが怪我をしている場合、その傷口から体内に入り込むのです。犯人は今回、棒を介して熊犬の腸に触れたはず――だから腹虫はその者に取り憑くことができた。さあ――先ほどの呪詩がそろそろ効いてきたのでは? ぞわ、ぞわ、ぞわ……皮膚の下を何かが這い回っているでしょう……どうです? 感じませんか?」
雪華は冷徹に犯人を見据えた。
「腹虫を殺す神水がここにあります――今すぐに飲まないと、全身の血が噴き上げて、激痛の中で死ぬことになりますよ」
雪華は左手の二指を小瓶に添え、反対の右手で、腰帯に挿し込んでいる鋏を抜き取った。
しゃんしゃん――……持ち手に挿し入れた指を軸に、器用に鋏を回しながら、目を閉じ、開く――すると視界いっぱいに色とりどりの糸が交差し、一瞬で収縮して消えた。
あとに残されたのは一本――小瓶に巻きつく白い糸のみ。
その糸の先を視線で辿ると、八角卓の上を真っ直ぐに走り、犯人の手首に繋がっている。
――ぱちん!
鋏の回転を止め、勢い良く白い糸を断ち切った。すると……。
豊紈が半狂乱で叫んだ。
「嫌、助けて、助けて!」
彼女は死に物狂いで八角卓に乗り上げ、小瓶を掴んで中身を一気に呷る。
はあ、はあ……荒く息を吐く豊紈は、その場にいた全員が、氷のような目で自分を眺めていることに気づいた。
雪華が強い言葉で引導を渡す。
「豊紈、お前が善良な魏祥を死に追いやった悪党だ――地獄に堕ちろ」
それを聞いた黄賢妃は雪華に頷いてみせ、黙したままさっと席を立った。
そして手を高く振りかぶり、豊紈の頬に容赦なく叩きつけた。




