これから断罪を始めます
――翌日、日没時。
朱翠影には近くにいてほしいので、決着の舞台は、後宮内ではないほうが良い。
そこで事前に慶昭帝の許可を取り、外朝に建つ剡蒼殿の最上階に、事件の中心人物を呼び出すことにした。
――揃った顔触れは、黄賢妃、女官の桃義、豊紈、宦官の田丹――以上の四人。
縁起が良く邪を弾く、八角卓を中央に設置してある。
剡蒼殿の最上階は屋根が大きく外に張り出し、柱廊がぐるりと四方を取り囲む、開放的な造りになっている。
床から天井までの高さがある複数の格子窓は、柱廊側にすべて開け放たれ、闇にとけかけている夜空を眺めることができた。
部屋の四隅には、油に浸された燈心に火が灯され、高燈台がたゆたうような光を放っている。
一同、八角卓を囲んで着席し、油断なく視線を交わす。
口火を切ったのは黄賢妃だ。
「――それでは救国の巫女殿、始めてください」
黄賢妃はまだ頬がこけており、全盛期よりもかなり体重は落ちているはずだ。
しかしたった一晩で本来の気品が戻り、ぞくりとするような凄みを纏っていた。
これが名高い黄賢妃の本気か――雪華は心打たれながら、小さく頷いてみせた。
――それでは行くわよ。
これから断罪を始めます。
* * *
雪華は目を閉じ、唇の前に二指を立て、ふっと息を吹きかけた。
すると。
リィーン――……
リィーン――……
空から小さな鈴の音が響いてきた。
ここは三階の最上階だ――鈴の音が『上』から降ってくることは、本来ありえない。
宦官の田丹が「ひゃあ」と悲鳴を上げ、目を剥いた。小心者の田丹はがたがた震え出し、椅子から転げ落ちそうになっている。
勝気な桃義もこれには顔色を失い、「ひっ」と短く息を吸ったあとで、隣に腰かけている豊紈の手を握った。
豊紈は顔を引き攣らせ、椅子の背に体を押しつけて硬直している。
黄賢妃は顔色ひとつ変えず、凛とした表情で、静かに瞳を伏せてその時を待った。
雪華は目を開け、九字を切る。
これは昔、団子屋に立ち寄った、信心深い旅人から教わった。
音の響きと手で結ぶ印が面白く、何度か繰り返しているうちに覚えた。
臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前
リィーン――……
リィーン――……
そのあいだも鈴の音はやまない。
雪華が鋭い声で告げる。
「鎮魂の儀――一」
リリ、リィーン――……
音が不気味に歪む。
「鎮魂の儀――二」
ピチャ、ピチャ、ピチャ……北側の柱廊で水音が響いた。
田丹、桃義、豊紈は声も出ない。三人の瞳には凍えるような恐怖が滲んでいる。
「鎮魂の儀――三」
――ガン!
凄まじい轟音が南側の柱廊から響き、格子扉が揺れる。
音のほうに全員が視線を向けると、南東の角および南西の角に置かれた、高燈台の灯りが消えていることに気づいた。
――ガン!
今度は北側の柱廊で轟音が響き、一同が視線を転じた時には、北東の角および北西の角に置かれた、高燈台の灯りが消えている。
「助けて……助けて……」普段は勝気な桃義がめそめそと泣き始める。
「この世の終わりです……」宦官の田丹は目の焦点が合っていない。
「は……あ……あ……」豊紈は胸を押さえ、浅い呼吸を繰り返している。
雪華は畏まって下を向きながら、裏方のふたりに感謝した。
軽業を披露し、一番難しいことをこなしてくれたのが、朱翠影だ。
彼はまず屋根上で待機し、時を見計らって鈴を鳴らした。
一方、柱廊の北側――開かれた扉の陰には、後宮の禁忌こと白女士が潜んでいる。彼女は盥缶に張った水を杓で掬い、石床の上に撒き、水音を立てる係。
その隙に朱翠影は南側の柱廊に音もなく降り立ち、さっと室内に忍び込んで、高燈台の灯りを消す。その後ふたたび柱廊に出て、壁を思い切り蹴りつけた。
人々は音に反応して南を向き、灯りが消えていることに気づきぞっとする。
そして次は北側、白女士が同じ動きをする。皆、南を向いているので、北で誰かが好き勝手に動いても、まるで気づかない。




