黄賢妃、覚醒
朱翠影と共に都に舞い戻った雪華は、ひとりで後宮に入った。
殿舎に至る道順は覚えているため、今回は甜甜に案内を頼まなかった。
人払いをした上で、黄賢妃の寝所に入る。
相変わらず臥せっており、顔色も優れない。
雪華は黄賢妃の手を取り、静かに促した。
「あなたは大丈夫――起きられます」
それを聞いた黄賢妃の瞳が揺れる。
「そうかしら? でもわたくし……力が出ないの。本当は、慶昭帝との別れがつらくて耐えられない……後宮を出て行くことが決まってから、落ち込むことが増えた。それが寺院で飛頭蛮を見た時、心の支えが完全に折れてしまったのよ。生きていると嫌なことばかり」
「想像してみてください――今もどこかで慶昭帝があなたを見ている――どうですか? 気高い黄賢妃、ほかの人には無理でも、あなたならできます」
慶昭帝の名に反応し、黄賢妃が泣きそうな顔になった。勢いがつきそうで、でも尻込みして……『無理よ』と言いたげな、あどけない表情を浮かべ、雪華のほうをじっと見上げる。
それからひと呼吸、そしてもうひと呼吸――……やがて表情にわずかな変化が起きた。
かつて後宮で大輪の華を咲かせた、偉大な黄賢妃――あなたならできます。必ずできます。雪華は彼女の手を握ったまま、祈りを込め続けた。
すると黄賢妃の瞳に力が宿った。
「そうね……わたくし、もう起きるわ」
「ええ、そうなさってください」
不思議なことに、雪華が少し支えただけで、黄賢妃は体を起こすことができた。
「何か消化の良いものを少し召しあがって、体調を戻しましょう。後宮を去る時、これまで以上に美しい黄賢妃でいてください」
黄賢妃が澄んだ瞳でこちらをじっと見返す。
「なぜわたくしを励ましてくれるの?」
「あなたは後宮の華だからです。あるべき姿に戻ってください。美しく、気高く去るのが、黄賢妃の役目です。そうすれば慶昭帝は、一生あなたを忘れない。あなたは慶昭帝の中で永遠になる」
「ありがとう……感謝します」
黄賢妃は静かに涙を零した。
そして「後宮で泣くのはこれで最後にするわ」と雪華に微笑みかけた。
最後に雪華は黄賢妃に耳打ちし、「決着をつけるので、必ず立ち会ってください」とお願いした。
黄賢妃はしっかりと頷いてみせた。
決行は明日――日没と同時に。




