私、犯人が分かったかもしれません
料理を待つあいだに、先ほど注文を取ってくれた娘が、盆に茶器を載せて近づいて来た。どうやら先に、お茶のおかわりを出してくれるらしい。
目が合ったので雪華が微笑んでみせると、相手もにこりと笑みを返してくれる。
「熱いお茶を淹れましたので、よろしければどうぞ」
その時、東の山間から、犬の遠吠えが響いてきた。
不意を突かれたらしく、娘がビクリと肩を揺らし、よろける。
「――大丈夫ですか?」
すぐ近くにいた雪華がさっと席を立ち支えると、娘の顔が赤くなった。
「ごめんなさい……犬が苦手で、いつもビクッとしてしまうんです」
「苦手なものは誰にでもありますよ」
話しているうちに娘の右手が下がっていき、今度はお茶を零しそうだ。雪華は盆の裏に手のひらを回し、水平になるよう調整した。
「やだ、すみません」
ますます恐縮する娘に『気にしないで』と微笑みかける。
「いいえ、あなたが火傷しなくてよかった」
盆が動いたのでチャプ……とお茶の表面に波紋ができる。
それを眺めおろしていた雪華はハッとして視線を巡らせた。
先ほど犬の遠吠えがした方角――東に見える山の稜線を眺める。
音の反響からして、犬がいる場所はそんなに離れていなそう。山の麓――少し先にある木立の陰あたりだろうか。
「寺院の熊犬はなぜ……」一拍置き、雪華の顔色が変わる。「ああ、そういうことか、可哀想に」
「お客様、どうかされました?」
「なんでもありません、お茶をありがとう」
娘から茶器の載った盆を受け取り、雪華がふたたび着席すると、なぜか朱翠影が呆れたようにこちらを見てくる。
「どうしてそんな目で私を見るのです、朱殿」
「雪華殿は人たらしですよね」
「ん? そんなことは初めて言われましたよ」
雪華はさっぱり分からんと思いながら適当にあしらい、「それより」と朱翠影のほうに身を乗り出した。
「私、分かったかもしれません――犯人」
犯人はひとつ、間の抜けた失敗を犯している――それに今気づいた。
ひとつ取っかかりができると、からまっていた糸が、するするとほどけていくかのようだった。ごちゃごちゃしていたものが整理されると視界が晴れ、頭の中で、点と点がはっきりと繋がる。
都に戻ったら、雪華がすべきことはひとつ――ぬくぬくと安心してくつろいでいる毒蛇を脅かし、巣穴から叩き出す。
許されざる悪党――お前は地獄行きだ。




