春餅
雪華たちは沶竟でひと息つくこともなく、すぐに蜻蛉返りで都に戻ることにした。
帰路、休憩で立ち寄った茶屋にて、ふたりで作戦を立てた。
「何から手をつけますか?」
朱翠影に尋ねられ、雪華はよく考え、答えを出した。
「黄賢妃に立ち直っていただきましょう。飛頭蛮の恐怖で病んだあの方が、最後を見届けるべきだと思います」
「賛成です。それが良い」
それから状況を整理していく。
飛頭蛮についてはふたりとも専門外なので、ひとまず置いておくことにした。
まずは魏祥が姿を消した事件に、焦点を絞る。
こちらは両親宛に指が送りつけられていることから、犯人は『人間』で間違いない。飛頭蛮は腸を食うだけで、手紙を書かないし、金銭の要求もしないだろう。
そうなると容疑者は五人――三人女官と、宦官の田丹、そして武官の馬蓼。
検討の際は感情や思い込みを排除し、あくまでも冷静に可能性を挙げていく。
あの夜寺院にいた者の中で、真っ先に容疑者から外したのが、残るひとりの護衛武官、程汧だった。
彼は飛頭蛮が出た際に、人目のある表門で消火活動をしていた。小火騒ぎで寺院の人たちがまごつく中、彼が率先して場を指揮したらしい。目立つ場所にいたため、終始誰かに見られている。
外部に仲間がいて、そちらにすべて任せていたという可能性もあるが、それでもさすがに裏門のほうを気にして、少し場を離れることくらいはあったはずだ。けれど程汧は懸命に消火活動に当たり、ほかのことを気にしている素振りはなかったそうである。だから容疑者から外しても構わないだろう。
では残る面子の中で、誰が怪しいだろう?
宦官の田丹――事件翌日、彼がすぐに魏祥の実家を訪ねたことが引っかかる。「魏祥が逃げ出した」と父母を厳しく責め立てたそうだが、これは田丹自身に後ろめたいことがあり、両親を攻撃することで何かを誤魔化そうとしていた可能性がある。
彼が屋敷を去ったあと、裏口に指の入った木箱が置かれていたとのこと。これは田丹が帰り際、ぐるりと通りを迂回して、こっそり置いて去ったのかもしれない。
田丹が犯人の場合、自動的に、護衛武官の馬蓼も共犯となる。彼らは魏祥が消えた夜、一緒にいたからだ。
この場合、馬蓼はただの使い走りだろう。俯瞰すると、魏祥の両親への接触など、田丹が重要な役目を果たしているので、馬蓼のほうは小金で買収された小悪党ということになろうか。
彼らふたりは、女官の桃義にまんまとしてやられ、物置に閉じ込められた。ただ、頑健な武官ならば、扉を蹴破るなどして、自力で脱出が可能だったのでは? ふたりが犯人だとすると、自由に動ける時間を作りたかったはずなので、あえて桃義に騙されたふりをして、自主的に物置に入った可能性すらある。だとするとあとでふたりは、ほくそ笑んだだろう。
――そして三人女官。
桃義は当日の夜、奇妙な動きをしている。一番気になるのが踵に負ったひどい怪我だ。
一方、豊紈は飛頭蛮を目撃し、黄賢妃に爪を立てられ、やはり怪我をしている。
それから行方をくらませた本人である、魏祥――彼女も被害者として除外することはできない。
魏祥に付き合っている男がいたなら、あの晩、駆け落ちしたのかもしれない。
生活資金が必要だったため、自分が誘拐されたという筋書きにして、脅迫状を両親に送りつけた。
五百貫という大金が転がり込むのなら、指を一本犠牲にする価値はあると考えたのだろうか? あるいは別人の指を送ったという可能性もある。死者から拝借したか、気の毒な誰かを襲ったか……特徴的な指の傷が一致していたそうだが、それは偽装であり、色づけなどで加工した可能性も否定できない。木箱の中の指は、すでに腐敗して骨だけの状態になってしまったので、今さら確認はできないが。
* * *
――雪華と朱翠影は茶屋で話し込み、思いつく限りの可能性を挙げていった。
疑い出すとキリがなく、段々と頭が疲れてくる。
「長居しているので、追加で何か頼みましょうか」
朱翠影がそう提案し、
「そうですね」
雪華は頷いた。
給仕役の娘を呼び、果物を使った甘味と、軽食の春餅を注文する。
春餅は小麦粉を使った生地をパリッと薄く焼いたもので、好みの具材をそれに載せて丸めて食べるという、手軽なわりに奥深い味を楽しめる料理である。こちらの茶屋では香味野菜、甘辛のたれ、焼いた鴨肉の細切りをつけてくれるそうだ。




