雪華、馬に乗る
さて――以上で女官たちから聞いた話は、すべて朱翠影に報告し終わった。
「次は何を調査しますか?」
朱翠影にそう尋ねられ、雪華は隣にいる彼の瞳を見返した。
ありがとう朱翠影……気づきをくれたあなたに、私はお礼を言わなければならない。
「解決に至る道標が見えました。あとはそれに従って進むだけです」
「おや、いつの間に?」
闇の中、彼の声はなぜか楽しげに響いた。
朱翠影は武官であり、本来は体を動かすのが得意なはずだが、知的な会話をしている時も、なんだか楽しそうにしている。
彼が強い理由が、こういうところにも表れている気がした。武芸が達人の域に達している人は、思考も明朗である。
「先ほど朱殿が、助け舟を出してくださいましたので」
「私が、ですか?」
「あなたはおっしゃったでしょう――『消えた魏祥が沶竟出身だったことは、重要な情報だ』と」
そして朱翠影はこうも言っていた――「過去、沶竟で若い女性が何人か消えている件も、すべてが判明した時、綺麗に繋がるはずだ」と。
今では雪華も同じことを確信している。
話が通じたらしく、彼が同意してくれた。
「なるほど、それはおそらく最善の一手ですよ」
ええ――我々は解決のため、そうする必要がある。
「沶竟に行きましょう。明日、発ちます」
* * *
都・広安から東北部の沶竟までは、馬車で三日ほどの旅程である。
今回は少しでも早く着きたかったので、雪華と朱翠影は一人ひとり乗馬して、身軽に移動することにした。
とはいえ大仰な馬車移動と比べても、二、三刻ばかり短縮できるくらいだろうか。跳躍させる駆歩で移動すると、馬が疲れてしまって長時間の移動は無理なので、どのみちのんびりした常歩で進むことになるからだ。
ちなみに雪華はひとりで馬に乗れる。こういったことも故郷で姐姐に習わされたのだが、子供の頃に色々体験しておくと、いざという時に役に立つものだなと雪華はしみじみ思った。
出発前に、
「――雪華殿、盤領袍がとても良く似合っています」
朱翠影が端正な物腰でさらりと褒めてきたので、雪華は一瞬目を瞠った。
「そうですか? ありがとうございます」
……彼は非凡な人だからこそ、他人に対して寛容な気がするわ……雪華はこっそりとそんなことを考える。自身の劣等感を紛らわすために相手を貶す必要がないので、言動がチクチクしていない。
彼のように情緒が安定した人が相棒だと、すごく助かる。
「乗馬する時は、男装が一番ですね」
雪華は自身の格好を見おろしてから、朱翠影に笑いかけた。
盤領袍は元々、北に住む騎馬民族の衣装だった。丈長のしっかりした上衣に、下衣は脚が二股に分かれている褲を合わせ、実用的な長革靴を履く。身軽に動けるし、馬にもまたがりやすい。
宿敵の騎馬民族が身に着けていた衣装であるが、良いものは良いということで、近年中央部にも爆発的に広まった。
今では盤領袍が朝廷の官服にも採用されている。とはいえ少し前まではさすがに女性が着ることはなかった。けれど最近では性別関係なく、盤領袍を普段着にするのが流行している。
女性が着る際は凹凸のある体型に合うように、襟を倒して着崩すことが多いようだ。馬に乗る時楽なので、雪華もそうした。
「では行きましょうか」
雪華は白馬に乗り、朱翠影は黒馬に乗った。
馬上で彼が、
「……あなたがいるだけで、日々が色あざやかだ」
そんなふうにひとり呟きを漏らしたのだが、先を行く雪華がそれを聞くことはなかった。




