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後宮の縁切り女官 ~悪縁を断つ救国の巫女は皇弟に溺愛される~  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!


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桃義はひとりで歩き回っていた?

 

 おう賢妃けんぴを護衛する武官は二名いたが、一名は表門の消火活動を手伝っていたので、今回の騒動とは関係がなさそうだ。

 念のため後日、寺院の人間に『その武官一名は途中で表門から離れなかったか』確認を取るつもりだが、現時点では疑っても答えは出ない。

 とりあえず事件当時、何をしていたのか確認が取れていないのが三名――桃義とうぎ、宦官のでんたん、そして武官一名だ。


桃義とうぎさんは、宦官と護衛の武官一名を、部屋に足止めする係だったはずでは?」


 おう賢妃けんぴ冷宮れいぐう行きをちらつかせてまで、桃義とうぎがその役目を果たすよう、圧力をかけたのではなかった?

 それで雪華は、桃義とうぎが命令に従ったと考えていたのだ。

 彼女が宦官と武官を部屋に足止めしていたなら、飛頭蛮ひとうばんが出た時間に、三人は一緒にいたことになる。つまり三人は互いを監視していた状態なわけで、勝手に個人行動を取った者はいないことになるのだが……。

 ところが桃義とうぎがひとりで裏門のほうにやって来たとなると、彼女がいつからふらふらひとりで出歩いていたのか、そこが問題になってくる。


 たとえば――境内の端からこっそり山の中に入り、木立のあいだを突っ切って、裏門のすぐ下へ回り込むことも可能かもしれない。

 階段を下りて来た豊紈ほうかんから「誰かいるの?」と問われ、桃義とうぎは慌てて木立に飛び込む――そしてふたたび獣道を突っ切り、境内に出て、さも『今来ました』という顔で合流したのだとすると……?

 探るように桃義とうぎの綺麗な顔を眺めれば、彼女の口角が上がった。

 ……なぜこの場面で笑う?

 桃義とうぎが「は」と小馬鹿にしたように笑った。


「宦官と武官は、物置に閉じ込めてやったのよ!」


「なぜそんなことを?」


「あのね――おう賢妃けんぴは簡単に『足止めしておいて』なんて言ったけれど、そんなの無理に決まっているじゃない。すぐに武官に気づかれたわ――『おう賢妃けんぴはどこに行った?』って問い詰められた。私はなんとかして彼らを邪魔する必要があったの。だってそうしないと、冷宮れいぐうの管理人にされちゃうもの。おう賢妃けんぴの脅しは本気だったから、言うとおりにしないといけない。私は彼らに言った――『おう賢妃けんぴはこちらにいます』――それで厨房横の物置にふたりを誘い込んでね、外から扉を閉めて、かんぬきをかけてやったのよ。閉じ込めてやった。寺院の人たちは表門の小火ぼや騒ぎで出払っていたから、これでしばらく時間を稼げる」


「そんなことをして、あとで問題になるのでは?」


「知ったこっちゃないわよ、私に責任はない――おう賢妃けんぴの指示に従っただけだもの、罰を受ける筋合いはないでしょ」


 確かにそうだ。現状、おう賢妃けんぴは高位の妃であり、女官の桃義とうぎはその命令に逆らえない。

 考えを巡らせていると、大柄な豊紈ほうかんが右手の指で、左肘の下をこすっているのに気づいた。


豊紈ほうかんさん、腕、どうかしました?」


「あの……おう賢妃けんぴに爪を立てられた時に、引っかき傷ができまして。やっとかさぶたになったのですが、今度はかゆくなってしまって」


 そういえば飛頭蛮ひとうばんが出た時、おう賢妃けんぴが縋りついてきて、爪を立てたと言っていた。恐怖に駆られた人の力は強いので、血が出るほどに傷ついてしまったのか。

 待てよ……傷、か……。

 雪華はちらりと桃義とうぎを流し見た。

 もしも――桃義とうぎがあの晩、闇夜の中、山道を突っ切ったなら、あちこち擦り傷ができたのではないかしら?

 顔周辺は枝がぶつからないよう気をつけたとしても、尖った枯れ木でうっかり足を切ったり、根っこにつまずいて転んだり……危険は色々ありそう。


桃義とうぎさん」


 試しに質問してみることにした。


「あなたもあの夜は大活躍でしたよね。宦官と武官を物置に閉じ込めたり、その後ひとりでおう賢妃けんぴ豊紈ほうかんさんを探して歩いたり」


「そうですね」


「夜だったし、転んで怪我をしませんでした? 私なら慌ててつまずいてしまうかもしれないわ」


 雪華がそう言うと、桃義とうぎが小さな唇を捻じ曲げた。拗ねたような顔つきになったあとで、複雑な形に眉根を寄せる。


「ええとまあ……実はそうなの、怪我をして……」


「大丈夫ですか?」


 この話題が嫌なのか、桃義とうぎは唇を尖らせて俯いてしまった。すると横にいた豊紈ほうかんが心配そうに口を挟んだ。


「結構ひどい怪我だったわよね、くるぶしのところからジュクジュク血が出て……」


 豊紈ほうかんが心から気遣っているのが伝わったらしく、桃義とうぎがぼそぼそと喋り出す。


「あまり言いたくないけれど、そうね……宦官と武官を物置に閉じ込めた時、彼らがものすごく怒ったのよ。閂をかけた直後に、ドン! って扉を内側から蹴られて、仰天してしまって……慌てて後ろに下がったら、棚の角にくるぶしをぶつけたの。釘が飛び出ていたところに足が当たり、深く切ってしまったわ」


 話を聞き、雪華は違和感を覚えた。

 なぜ彼女は怪我の話題になると口が重くなるのだろう?

 今の話が全部嘘だから?

 あるいはこういう可能性もあるのか――桃義とうぎには『常に格好良い自分でいたい』という願望があり、どじを踏んだことを認めたくないのかもしれない。物置の扉を内側から蹴られ、怯える子兎のように飛び上がり、うっかり怪我したことを恥じている、とか?


 どちらの説もしっくりくる。この時点では判別できない。


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