隠蔽なんて許されません
黄賢妃に付いてきた護衛は二名――うち一名の程汧は、小火騒ぎの確認に向かった。
残ったのは、護衛一名と、お馬鹿な宦官の田丹、そして黄賢妃、桃義、豊紈。
その中に、魏祥の姿はなかった――。
桃義が続ける。
「私は確信しました――小火騒ぎは、魏祥の仕業だわ、と。外の人間にあらかじめ頼んでおいて騒ぎを起こし、寺院の警備を混乱させ、その隙に男を境内に引き入れて、暗がりで会っているに違いありません。私は黄賢妃のそばに行き、『ほら、魏祥がやらかしましたよ。この騒ぎのどさくさに紛れて部屋を抜け出して、境内のどこかで男と密会しているはずです』と囁きました。黄賢妃は青ざめた顔で『すぐに確認しなくては』と言い――そして私に命じたのです――『今残っている護衛の武官と、宦官の田丹殿、ふたりをこの場に引き留めておいて』と」
引き留める? なぜ?
雪華が眉根を寄せると、桃義の顔つきが険しくなる。彼女が吠えるように説明を続けた。
「ここで黄賢妃が散歩に出ると言えば、護衛の武官と宦官は一緒に付いて来ます。当然ですよね、それが仕事なんですから」
「彼らが一緒に付いて来るとまずいのかしら?」
黄賢妃がなぜそれを避けようとしたのかが分からない。
「まったく――黄賢妃はどうかしています! 魏祥が男と密会しているのを見つけたら、それを内密に処理するつもりだったようです」
「内密に?」
「そう――魏祥の悪事を見たのが黄賢妃だけなら、表向きは何もなかったことにできるでしょう? 本人に厳重注意するだけで、大事にしたくなかったようですわ。だけど武官や宦官に見られたら、そういうわけにはいかない」
「黄賢妃はなぜそこまでして、魏祥さんをかばおうとしたのです?」
この時点では魏祥が本当に男と会っていたかは不明だけれど、もしもそれが事実なら、大事になっても仕方がないと思うのだが……。
桃義の顔が怒りで歪んだ。
「魏祥をかばうというより、慶昭帝への気遣いでしょうね――黄賢妃はもうすぐ後宮を出て行くので、とにかく綺麗に去りたいわけです。最後の最後で、自分の女官が寺院で男と会うため小火騒ぎを起こした――そんなみっともないことを慶昭帝に知られたくなかったのでしょう」
なるほど……そういうことなら納得できる。
けれどよく桃義が言うことを聞いたな……彼女からしたら、大事になったほうが嬉しいはずだ。率先して魏祥を地獄に突き落としそうだけれど。
「桃義さんは抗議しなかったのですか?」
「強く抗議しました」
桃義がぐっと奥歯を噛み、長方卓の上で拳を握った。
少し前から、当初の可憐な印象は完全に消え失せている。まるで鬼女のごとしだ。
「隠蔽なんて許されませんと私が言うと、黄賢妃がぞっとするような冷たい声で私に言いました――『いいこと、あなたは武官と宦官をなんとかして足止めするのよ。失敗したら、私が出家する前に、あなたの今後の行き先を慶昭帝に頼んでおきます。あなたは冷宮の管理人になるの。嫌だったら言うことを聞きなさい』――そんなふうに脅したのよ!」
「それはひどいですね」
よりによって冷宮の管理人……そこは桃義がもっとも嫌悪している場所だ。憎き敵の魏祥をそこへ送り込もうとしたくらいだ。『管理人』という扱いでも、充分に屈辱的だろう。
「黄賢妃は人でなしです!」
小火騒ぎで寺院中がばたばたしている空気の中で、とんでもない駆け引きが繰り広げられたようである。
「ですが桃義さん」
雪華は疑問を伝えた。
「魏祥さんが外の人間に頼んで小火騒ぎを起こした、とのことですが……旅先なのに、彼女にそんなことが可能だったのでしょうか?」
「あら、そんなの簡単ですわ」
桃義がこちらを鋭い目で睨みながら答えた。
「だって魏祥は沶竟出身なのですから」




