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後宮の縁切り女官 ~悪縁を断つ救国の巫女は皇弟に溺愛される~  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!


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最善の一手を見つけることができる

 

 縁側で朱翠影に報告するうちに、段々と月の位置が高くなってきた。

 都の中心地に建つ屋敷であるのに、広い庭園の片隅からリリリ……と蟋蟀こおろぎの鳴く声がする。

 闇夜に灯籠の灯りが浮かび、辺りの静けさが虫の声を風流に響かせていた。


「――朱殿は、キョウ道士と会ったことがありますか?」


 キョウ道士は皇后お気に入りの道士であるが、生活の基盤は外にあるようだ。案内役の甜甜テンテンが「道士は後宮内では身分を与えられず、用が済んだら速やかに退去しなければならないので」と言っていたから。

 優秀な道士であるのなら、後宮で活躍するだけでなく、外朝のまつりごとにも参加しているかもしれない。厄祓やくばらいや、日時方角の吉凶占いなど、道士や巫女は昔から政治に深く関わってきた。


「慶昭帝から『お前、キョウ道士と会っておけ』と命じられ、一度だけ会いました。慶昭帝は道士のたぐいを嫌っているので、皇后に取り入る存在を少し警戒しているようでした」


 雪華は『慶昭帝らしい判断だ』と感心した。

 そういえば慶昭帝が烏解に来た時、言っていたな――「前皇帝がべったり頼り切っていた道士がいてな? 胡散臭い爺なんだが」と。前皇帝――つまり父君がひとりの道士に心酔していたことを、面白く思っていないのが口調から読み取れた。

 その老道士は亡くなったらしいが、権力者が誰かに頼り切りになることを、慶昭帝は危惧きぐしていたのかもしれない。

 占いだの厄祓いだの、うさんくさい、道士がなんでも解決できるなら、乱世なんて来ないし誰も苦労しないだろ、という現実的な考え方をする人なのだろう。

 けれどそれが便利に利用できるならば、慶昭帝は自身の主義主張を平気で曲げられる。雪華を『救国の巫女』として皆に紹介したくらいだ。その辺の割り切り方は非常に合理的である。


キョウ道士はどんな方でした?」


 雪華はまだ会っていないので、興味がある。


「難しい人だという印象を受けました。年が四十半ばで、私の倍以上生きているというのもありますが……妄信的な怖さがありましたね。自分が絶対的に正義で、自分と違う考えは悪――判断基準があまりに極端だと感じました」


「そこまで強硬に出られるということは、詐欺師ではないから?」


 権力者を騙そうとする者は、もっと当たりが柔軟で、損得で物事を考えそうだ。


「金銭目的の詐欺師なら、よほど扱いやすい。しかしキョウ道士は自身に神通力があるのだと、本気で信じているようでした。だから厄介です」


 なるほどそれは確かに厄介だと雪華も思った。神通力がある場合、ない場合、どちらにせよ厄介。

 自分自身を過大評価している狂信的な人間が高い地位に着き、独善的な正義を振りかざした場合、国を破滅させる危険性がある。本人が強いと、それに周囲は引きずられるものだ。


 以前、姐姐ジェジェがこんなことを言っていた――「阿呆と一緒にいると、優秀な人間も阿呆に成り下がるんだよ。なぜだと思う? 阿呆は自信満々で自説を曲げないことが多い。視野が狭いから、自分が見落としている点に気づけないんだ。そして頭の良い人間は常に自分自身の常識を疑っている――そうすると、正しいかどうかは関係なく、強いほうに引きずられてしまう」


 雪華自身も話し相手から自信満々に「絶対こうだ!」と言い切られ、「そこまで断定するなら、そうかもね」と考えが変わってしまった経験がある。実際に相手の主張は間違いだったため、あとになって雪華は、『私はなぜあの時、簡単に流されたのだろう?』と不思議になった。

 たとえば人が「賛成か反対か」を判断する時、「賛成が七割」、「反対が三割」のように、真逆の意見を同時に持つことが多い。それぞれに利益、不利益があるので、両方を吟味して、適切なほうに決める。

 ところが判断の過程で外部から強い力が加わると、この割合が容易に変化してしまうわけである。元々自分の中に両方の考えがあったので、なおさら変化が起きやすい。


 一方、思考が単純な人は、自分の頭の中で、真逆の意見を同時に持つことができないのかもしれない。『こちらだ』と直感したら、その人にとってはそれがすべてで、たとえ反証が出てきても、それを自分への個人攻撃とみなしてしまう。だから主張も強くなるし、断定で言い切ることが多くなる。


 皇后がどんな方か存じ上げないが、強い思想を持つキョウ道士と繋がりを持つことで、価値観が歪んでいくかもしれない。


「朱殿――キョウ道士は本当に神通力を持っていると思いますか?」


「分かりません」


 朱翠影の判断は慎重だった。


「私には霊感のたぐいがなく、相手が本物かどうか見抜けないので」


「私も同じです。救国の巫女とは、名ばかり」


 ふたりは視線を交わした。

 神通力のないふたりが、力を合わせて、後宮に巣食う怪異と戦わなくてはならない。

 それは困難なことかもしれないが、もしかすると、このふたりだからこそ、最善の一手を見つけることができるかもしれない。

 過去、神通力のない者が、この手の調査をしたことはないはず。お祓い以外の方法を誰も試したことがないのだから、雪華たちは新しい視点を怪異調査に持ち込むことになる。

 それは強みだ。


 あとは、そう――姐姐ジェジェから託された不思議なはさみを、どう有効活用するか――その点も重要。



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