美味しい
離れで少し休むように言われ、半刻経過してから、雪華は主屋に行った。
朱翠影が優しく迎えてくれる。
「ちょうど準備が整ったところです。食事を運んで来ますので、縁側でお待ちください。庭の景色を眺めながら、いただきましょう」
庭の景色を眺めながら、とはずいぶん風流ね……まずそのことに気を取られたのだが、それよりも彼、今、変なことを言わなかった?
「食事を運んで来ますとおっしゃいましたか? 朱殿の身分だと、そういうことはご自身でやらないのかと思っていました」
皇帝の弟君だから、使用人が何人もいるのかと……。
「掃除や洗濯は通いでしてくれる者がおります。ただ食事は付きっきりで世話をされると煩わしいので、自分でやるようにしていまして」
「そうでしたか……ん? もしかして今夜の食事、朱殿が作られたのですか?」
「はい、お口に合うかどうか分かりませんが」
雪華は目を瞠った。もっと前に「食事は私が作ります」と言ってくださいよ! と叫び出したい気持ちだ。
「言ってくだされば、私も手伝ったのに」
「手伝いなどされては困ります」
「なぜ?」
「雪華殿は私のあるじですので」
違う。
「あの……もしかしてこれから毎日、ずっと、私の食事を作るつもりですか?」
「頑張ります」
頑張らなくていい。
「じゃあ交代で作るのはどうです?」
「却下」
いつもはなんでも言うことを聞いてくれるのに、たまに強めの「却下」が飛び出す。手強いぞ、朱翠影……。
私は腕組みをして一計を案じた。
「……先ほど朱殿は『食事は付きっきりで世話をされると煩わしい』とおっしゃいましたね。つまり私に世話をされると、あなたは煩わしいのね?」
「違います」
「じゃあ交代で作る、これで決まりです」
「………………」
あら、頷かない。
「交代制が不満なら、一緒に作りますか? 台所にふたりでいるのは、あなたにとっては煩わしいかもしれないけれど」
一緒に作りますか? という代案を提示したのは、先に出した交代制の案を通すためだ。二択にすることで、朱翠影はどちらか選ばないといけなくなる。
……どう? 二択でどちらが良いかといえば、交代制のほうでしょう?
「煩わしいわけがない。それでは一緒に作りましょう」
朱翠影がそう答え、これからは食事を一緒に作ることになった。
* * *
台所から協力して膳を運び、縁側に持って行く。
縁側の前には長方卓が置いてあり、そこに膳を置いた。
庭園は見事な眺めだった。すでに周囲は薄暗くなりかけていて、灯籠が淡い光を放っている。
「すごく美味しそうだわ」
雪華は料理を眺め、笑顔になった。
笋のあつもの、家鴨肉の揚げ物、点心、香の物、季節の野菜、季節の果物……故郷烏解にいた時は祭事でも、こんなに美味しそうな食事はお目にかかれなかった。
「味つけは薄めにしてみました」
「ありがとうございます。濃い味よりも、食材の味が分かるほうが好みです」
それから食事が始まり、雪華が微笑みながら「美味しい」と何度も言うと、そのたびに朱翠影は「良かったです」と嬉しそうに瞳を和らげる。
お世辞抜きに美味しいので、雪華は興味津々で作り方を訊いたり、景色を眺めて「あの木は故郷にはなかったわ」と感想を述べたりした。
朱翠影は怜悧な顔立ちをしているが、ふたり一緒にいる時は、不思議と物柔らかになる。雑談に応じる声音もやはり柔らかい。
食事もだいぶ進んだ頃、雪華は後宮で体験した出来事を話し始めた。




