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後宮の縁切り女官 ~悪縁を断つ救国の巫女は皇弟に溺愛される~  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!


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雪華殿が言う『ありがとう』は、この世で一番美しい響きだと思います

 

 その後、おう賢妃けんぴのもとを訪ね、寝込んでいる本人だけでなく、お付きの女官二名とも面談した雪華は、状況の複雑さに頭を痛めることになる。

 ――あとで朱翠影に詳細を報告しよう。

 誰かに話すことで、頭の中が整理される。


 * * *


 一刻前に通った道を逆に辿り、ふたたび後宮の入口に着いた雪華は、案内役を務めてくれた甜甜テンテンに礼を言って別れた。

 ――これにて本日の調査は、終了。

 ひと息つき、後宮と外を隔てる堅牢な通桂つうけい門を開けてもらい――……。


「そうか……これから朱殿を探さなければ」


 外に出る直前、雪華はひとり呟きを漏らした。

 後宮に入る前は、調査のことで頭がいっぱいだったので、彼の予定を確認していなかった。

 朱翠影は高貴な身分だ――一刻前、雪華を後宮に送り届けたあとは、旅の疲れを癒すためにどこかに行ってしまっただろう。

 別れる前に「住居にご案内いたします」と言ってくれたけれど、彼からすれば『今なら一緒にいるから、連れて行ってあげてもいいよ』くらいの軽い発言だった可能性はある。後宮前で別れたあとは『もう義務は果たした、あとは勝手にしてくれ。ひとりで安宿でも探せば?』と気持ちが変わっているかも。

 どうしようか……もしかすると門衛が朱翠影の居場所を知っているかしら? 試しに「朱殿に会うには、どこへ行けばよいですか?」と尋ねてみようか。


 そんなことを考えながら外に出ると、通桂つうけい門のすぐそばに建てられた東屋あずまやから、朱翠影が出て来るのが見えた。

 え……。

 あまりに驚き、雪華は目を瞠って立ち尽くす。

 端正な彼が対面に立ち、案ずるようにこちらをじっと見つめて口を開いた。


「――雪華殿、無事ですか」


 雪華は呆気に取られたまま、上の空で言葉を返した。


「ええ……おかげさまで」


「おかげさまでと言われると、耳が痛いな」


 苦悩に満ちた彼の佇まいは、しっとりしていてどこか耽美に感じられる。

 それで雪華はますます混乱してしまった。


「どうして耳が痛いのです?」


「あなたを後宮に送っただけで、私は何も力になれていない……故郷を離れ、心細いはずの雪華殿をひとりで行かせた。本当に無事ですか?」


 彼がこちらに手を伸ばしかけ、肩に触れる前にピタリと動きを止めた。

 宙に浮いた朱翠影の手の甲を眺めるうちに、雪華は胸の中をぎゅうっと締めつけられるような、くすぐったい心地になった。

 故郷を離れ、心細いはず……ずっとそんなふうに気遣ってくれていたの?

 だけどあなたはいつも隣にいてくれたじゃない――都へ向かう道中で、美しい羊躑躅レンゲツツジを見た時だって、あなたは隣にいてくれた。


「私に触れずに手を止めたのはなぜ?」


「女性に気安く触れるわけにはいきませんので」


 朱翠影の行儀の良さは驚異的だった。故郷で散々絡まれた女たらしのうつけ者、ゆう郎獲ろうかくなんて、何かというとベタベタ触ろうとしてきたけれど……。

 けれどまあ、朱翠影の場合は動機が違うか。


「そもそも……朱殿はなぜ私に触れようとしたのですか?」


「触れて、安心したかったのかもしれません」


「私に触れると安心できるの?」


 謎すぎて眉根が寄る。


「雪華殿が中で嫌な思いをしたのなら、触れたらそれを分かち合えるかも、と思って……」


 言っているうちに自分で馬鹿馬鹿しくなったらしく、朱翠影が苦い顔つきになり身を退く。

 それを見た雪華は、衝動的に彼の手を取っていた。


「朱殿――ごめんなさい」


「なぜ詫びるのです?」


「分からないけれど……私はあなたに悪いことをしたかも」


 少し泣きたい気持ちになっていた。許してくれますか、という気持ちで朱翠影を見上げると、彼が驚いた様子で固まる。

 ふたり手を取り合い……しばしの時間が流れた。

 やがて朱翠影の視線が物柔らかになった。


「……詫びられるより、ほかの言葉が聞きたいです」


「そう――ええとじゃあ――私は無事よ、これでどうかしら?」


「良い感じです」


 褒められ、雪華は笑みを浮かべた。

 心がほぐれて、彼にもっと気持ちを伝えたくなった。


「朱殿、門の前で待っていてくれてありがとう。あなたの顔を見たら、すごくほっとしたんです」


「雪華殿が言う『ありがとう』は、この世で一番美しい響きだと思います」


「え、それはさすがに……」


「なんですか?」


「……甘やかしがすぎますよ」


 言葉に詰まりながらなんとか朱翠影をたしなめたものの、なぜか急に恥ずかしくなり、雪華は耳まで赤くしながら俯いてしまった。



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