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後宮の縁切り女官 ~悪縁を断つ救国の巫女は皇弟に溺愛される~  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!


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もうハサミを使ってはだめよ

 

「ではおう賢妃けんぴ殿舎でんしゃまで案内していただける?」


 もしかすると飛頭蛮ひとうばんを目撃してから、病んで寝込んでいるかもしれないが、本人から話を聞かないことには何も始まらない。

 そこで甜甜テンテンに案内を頼み、並んで歩き始めた。

 そういえば……先ほど見た『後宮の禁忌』ことハク女士ニュイシは、煙のように消えてしまったな……雪華は視線を巡らせ、周囲におかしな気配がないかを探った。

 ここは後宮の入口部分なので、門を管理する女官たちが行き来しており、怪しい者の気配を探るのが難しい。また故郷にはここまで高い版築はんちく壁は存在しなかったため、圧迫感から感覚が狂わされる。

 ハク女士ニュイシの姿は後宮に入る前、通桂つうけい門の外から一瞬姿を確認できたのが最後で、雪華が二重門をひとりで通過しているあいだに、木陰に佇んでいた彼女の姿はなくなっていた。

 朱翠影から「絶対に関わってはいけない人です。目を合わせず、近づかず、速やかに離れるようにしてください」と警告されたので、向こうが黙って去ってくれたのは、かえって良かったのかもしれないが……。


「見てください」


 隣を歩く甜甜テンテンが、前方を指して楽しげに告げる。


「前をふさいでいる朱色の壁――一部が大きく丸く切り取られていますよね? 今私たちがいるのが後宮の入口部分ですが、広場はあそこで終わりです。丸く切り取られた開口部を通過すると、その先は妃たちの居住区に入ります」


「月に向かって歩いて行くような、不思議な感じね」


 立ちふさがる朱壁は奥に何層か連なっているらしく、ぽっかりと開いた開口部の円環えんかんが、遠近感でそれぞれずれて見え、中心部の穴に引き込まれる。


「月――まさにそうなんです。あの開口部を通ることを『桂月けいげつ輪くぐり』と言いまして、後宮に入る者たちへの『祝福の願かけ』という意味があるそうですよ」


 甜甜テンテンの案内は分かりやすくて見事だと、雪華は感心した。そして感心すると同時に、頭の片隅で『けれど祝福の願かけは効いていないみたい』と考える。

 だって名家出身で、意気揚々と後宮入りしたはずのおう賢妃けんぴは、実家が没落してこれから出家する運命であり、おまけに飛頭蛮ひとうばんを目撃して恐怖に怯えているのだから……。


「ねえ甜甜テンテン……入口部分に『桂月けいげつ輪くぐり』というおまじないがあるのに、後宮の人たちは『飛頭蛮ひとうばんが入り込んだ』とおびえているわけね?」


 雪華が横目で甜甜テンテンを見遣ると、


「それはそれ、これはこれです」


 と身も蓋もない答えが返された。

 やれやれ……ため息をついた雪華は、話に気を取られすぎていたのだろうか。

 朱壁の丸穴をくぐったところで、左隣にいる甜甜テンテンのほうに視線を向けていた雪華は、うなじにゾクリとした寒気を感じた。

 死角に誰かいると気づいたのと、背後から声をかけられたのが同時だった。


「よくいらした、救国の巫女みこよ」


 ハッとして振り返ると、壁に寄りかかって立つ老齢の女官がひとり――。

 雪華は探るように瞳を細めた。

 後宮の禁忌、ハク女士ニュイシ――一体なんの用だ?

 ハク女士ニュイシはあだっぽく腕組みをし、こちらを横目で眺めている。その口元は優美に笑んでいた。

 彼女がよく響く低い声で告げた。


「――もうはさみを使ってはだめよ」


 短く警告したあとでサッと壁から体を離し、しなやかな身のこなしでその場から立ち去った。


 * * *


 はさみの件を知られている……ハク女士ニュイシの姿が消えたあとも、雪華はしばらくのあいだ動けずにいた。

 無意識に帯のあたりを手のひらでさする。

 家を出て行った姐姐ジェジェから鋏を託され、『肌身離さず持ち歩くように』と手紙で指示されたので、雪華はそれを守っていた。あれからいつも帯に鋏を挿している。

 しかし今は襦裙じゅくんの上から、丈長たけなが背子はいしを羽織っているため、帯に挿した鋏は外から見えないはず、なのだが……。

 慶昭帝は「不思議な鋏を持つ、救国の巫女がやって来た」というふうに噂を流したのだろうか……?

 いや――雪華はそれをすぐに否定する。

 神秘的な存在として皆の気を惹きたいなら、かえって詳細は伏せたほうが良い。慶昭帝の性格からして、『救国の巫女』という言葉の響きだけを効果的に利用し、鋏の件は伏せるはずだ。

 するとハク女士ニュイシは、なんらかの特別な手段を使って、鋏の件を嗅ぎつけたことになる……?

 考えを巡らせていると、甜甜テンテンが困惑した様子で声をかけてきた。


「雪華様……先ほど声をかけてきた女官と、お知り合いですか?」


 先ほど声をかけてきた女官、ね……雪華はいぶかしく感じた。


甜甜テンテンはあの人を知らないの?」


「ええ、初めて見ました。私はここへ来てまだ半年なので、全員と顔見知りというわけではありません。ただ……人の顔を覚えるのは、得意なほうなんですけどねえ……」


 それなのになぜ顔すら知らなかったのだろうと、甜甜テンテンは不思議に思ったようだ。

 それを聞いた雪華は、『ハク女士ニュイシは神出鬼没なわけね』と気味悪く感じた。

 朱翠影には「後宮の禁忌だから関わるな」と忠告されたけれど、向こうが興味を持って接触してくるのは止めようがない。

 それにしても、「もうはさみを使ってはだめよ」……か。

 この先も使い続けたら、一体どうなると言うのだろう。



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